第107話「一日」
17が——もうこの世にはいなかった。
白瀬はそれを、ちゃんと確認した。
脈がない。
呼吸がない。
体が冷たくなっていた。
確認した。
でも——動けなかった。
17の隣に座ったまま、動けなかった。
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桐島が全員を拠点に連れ帰った。
17を運んだ。
部屋に寝かせた。
全員が、その周りに集まった。
誰も何も言わなかった。
しばらく、全員が黙っていた。
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最初に動いたのは朝霧だった。
「……今夜は、ここにいる」朝霧が静かに言った。
全員が頷いた。
それだけだった。
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夜になった。
白瀬は17の部屋から出られなかった。
壁に背を預けて、床に座っていた。
17を見ていた。
動かない17を。
「……馬鹿野郎」白瀬が小さく言った。
誰も聞いていなかった。
でも——言わずにいられなかった。
「命を使い切るなよ。そんなこと——言ってくれれば、止めたのに」
止められなかった、とわかっていた。
でも——言った。
「お前が隠してたこと、全部わかってた。寿命が削れてること。天神との契約のこと。全部——うすうすわかってた」
白瀬が膝を抱えた。
「それでも止めなかった。止められなかったじゃなくて——止めなかった。お前の判断を信じたから」
部屋が静かだった。
「……だから、戻ってこい」白瀬が静かに言った。「戻ってきて、また馬鹿野郎って言わせてくれ。直接言いたい」
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廊下で、朝霧が立っていた。
17の部屋のドアを見ていた。
桐島が隣に来た。
「……朝霧」
「ああ」
「入らないのか」
「入っている」朝霧が静かに言った。「さっきまで。今は——外にいる方がいい気がした」
桐島が頷いた。
しばらく二人で黙っていた。
「心配するより隣にいればいい」朝霧が静かに言った。「ずっとそう思ってきた。でも——隣にいられない時間が来た」
「……ああ」
「こういうときに、何をすればいいかわからない」
「俺もわからない」桐島が静かに言った。「でも——待つしかない」
「待つか」
「17は——戻ると思う」
朝霧が少し止まった。
「根拠は」
「あいつが、戻ると言っていたから」桐島が静かに言った。「言葉じゃないが——そういうやつだ」
朝霧がしばらく黙っていた。
「……そうだな」
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咲は台所にいた。
テーブルに座って、何もしていなかった。
菌根菌を展開しようとして——やめた。
修行をしようとして——やめた。
何をしていいかわからなかった。
瑞樹が台所に来た。
咲を見た。
隣に座った。
「咲ちゃん」
「……はい」
「泣いていいよ」
咲が——少し止まった。
「泣いてないです」
「そう?」
「……泣いてないです」咲がもう一度言った。声が震えていた。「師匠は戻ってきます。絶対戻ってきます。だから泣かないです」
瑞樹が咲を見た。
「そうだね」瑞樹が静かに言った。「戻ってくるね」
「はい」
「でも——泣いてもいい」
咲が——俯いた。
しばらく動かなかった。
それから——泣いた。
声を上げて泣いた。
師匠、と何度も言いながら。
瑞樹が咲の背中に手を置いた。
何も言わなかった。
ただ、手を置いていた。
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柊は17の部屋の前に座っていた。
ドアの前だ。
入らなかった。
でも——離れられなかった。
棘を展開していた。
17の気配を、探していた。
ない。
どこにもない。
棘が——何も感知しなかった。
今まで、ずっとざわついていた棘が。
今日だけは——静かだった。
静かすぎた。
「……ざわついてよ」柊が小さく言った。「ざわついてくれれば——まだいるって、わかるから」
棘は静かなままだった。
柊が膝を抱えた。
「いつか、ちゃんと話して、って言った」柊が静かに言った。「17は——ああって答えた。だから——まだ終わってない。まだ話していない。だから——戻ってこないといけない」
ドアを見た。
「絶対戻ってこい」
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瑞樹は咲が眠った後、17の部屋に入った。
白瀬がまだいた。
白瀬が瑞樹を見た。
何も言わなかった。
瑞樹が17の隣に座った。
17を見た。
眠っているみたいだった。
穏やかな顔だった。
「……ちゃんと名前がある場所に、いてほしいって言った」瑞樹が静かに言った。「終わったら。覚えてる?」
17は答えなかった。
「覚えていてほしい」瑞樹が続けた。「終わったんだよ。全部終わった。だから——ちゃんと名前がある場所に戻ってきて」
白瀬が瑞樹を見た。
目が赤かった。
「……瑞樹さん」
「何」
「17、戻ってきますよね」
瑞樹はしばらく17を見た。
「戻ってくる」瑞樹が静かに言った。「あいつはそういうやつだから」
「そうですよね」白瀬が小さく笑った。泣きながら笑った。「そうですよね」
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奥津は窓の外を見ていた。
17の近くにいると、能力が安定していた。
今は——揺れていた。
でも。
「……大丈夫」奥津が静かに言った。「17が戻ってきたら、また安定する」
自分に言い聞かせるように。
でも——本当にそう思っていた。
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夜が明けた。
朝になった。
全員が、ほとんど眠れなかった。
でも——全員が起きていた。
台所に集まった。
桐島が珈琲を入れた。
誰も何も言わなかった。
珈琲を飲んだ。
全員で、飲んだ。
白瀬が——珈琲を持ったまま、窓の外を見た。
「……一日か」白瀬が静かに言った。
「ああ」朝霧が答えた。
「長いな」
「長い」
また沈黙が落ちた。
咲が珈琲を両手で持っていた。
目が腫れていた。
でも——前を向いていた。
柊が窓の外を見ていた。
棘を展開していた。
まだ——静かだった。
瑞樹が珈琲を飲んだ。
何も言わなかった。
奥津が隣に座っていた。
全員が——待っていた。
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昼過ぎだった。
全員が台所にいた。
白瀬がぼんやりしていた。
朝霧が本を開いていたが、一ページも読めていなかった。
桐島が書類を見ていたが、内容が入ってこなかった。
咲が菌根菌を少し展開して——やめた。
柊が棘を展開したまま、テーブルを見ていた。
瑞樹がお茶を入れた。
誰も飲まなかった。
冷めた。
全員が——静かだった。
しんみりとした空気が、拠点全体に漂っていた。
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白瀬が——ふと、17の部屋の方向を見た。
何となく、見た。
特に理由はなかった。
ただ——見た。
朝霧も、同じ方向を見た。
柊の棘が——わずかに、動いた。
柊が顔を上げた。
「……」
何かを、感知していた。
「柊?」瑞樹が言った。
「……ざわついた」柊が静かに言った。「棘が——ざわついた」
全員が静まった。
全員が——17の部屋の方向を見た。
扉がガチャリという音を立てるとともに
—————————空いた、




