第107話「魔剣、命を経て」
式系の全てが——展開されていた。
絔。瘈。笪。蚜。祓。籲。刹。繙。
全部、同時に。
全部、使い切った。
俺の中で——何かが、動いた。
温かくなかった。
熱くもなかった。
ただ——深いところから、何かが来た。
名前のない何かが。
形のない何かが。
俺の手に——集まってきた。
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全員が止まっていた。
白瀬が俺を見ていた。
朝霧が目を細めていた。
咲が息を呑んでいた。
柊が根を維持したまま、俺を見ていた。
瑞樹が——俺を見ていた。
目が、揺れていた。
奥津が遮断を維持したまま、動かなかった。
桐島が後方で——静かに見ていた。
全員が、黙っていた。
何かが来る、とわかっていた。
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学園長が俺を見ていた。
穏やかな笑顔が——消えていた。
初めて、完全に消えていた。
代わりに出てきたのは——純粋な警戒だった。
「……式系を全て使い切った」学園長が静かに言った。「それが——何を意味するか」
俺は答えなかった。
手の中に、何かが形を成しつつあった。
刃だ。
刃が——現れていた。
普通の刃じゃない。
色がない。
光を反射しない。
でも——確かにあった。
存在していた。
命の代償で顕現した刃が。
「魔剣・變【黄泉戸喫】、完全顕現」
そう誰もに聞こえるように、誰もが理解できるように叫んだ。
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白瀬が——小さく声を出した。
「……17」
俺は振り返らなかった。
「その刃を使ったら——」
「わかってる」
「わかってて——」
「わかってる」
白瀬が黙った。
咲が「師匠……」と呟いた。
声が震えていた。
柊が——根を維持したまま、目を赤くしていた。
瑞樹が——何も言わなかった。
ただ俺を見ていた。
俺はそれを——感じていた。
全員の視線を。
全員の気持ちを。
でも——振り返らなかった。
振り返ったら——使えなくなる気がした。
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魔剣變・黄泉戸喫。
式系を全て使い切ると顕現する。
代償は命。
でも——今の俺には、命しか残っていなかった。
寿命は削られていた。
Formula:Xで残りの力は使い切った。
残っているのは——命だけだ。
命を使い切って——学園長を倒す。
それだけだ。
それだけが——今、できることだ。
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俺は学園長を見た。
学園長が俺を見ていた。
Formula:Xで完全に定義されていた。
柊の根が張っていた。
封印されていた。
どこにも逃げられない。
でも——死なない。
存在し続ける能力。
どんな状況でも存在し続ける。
ならば——存在ごと、断ち切る。
この魔剣・變【黄泉戸喫】は——存在への刻み込みの全てを使い切った代償で顕現する。
式系の全てが集まった刃は——存在そのものを断ち切れる。
どんな存在も。
存在し続ける能力も。
関係ない。
存在を——断ち切る。
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学園長が——動こうとした。
封印されていた。
根が張っていた。
動けなかった。
「……来るのですか」学園長が静かに言った。
「ああ」
「止められませんか」
「止められない」
学園長がしばらく俺を見た。
穏やかな笑顔が——戻ってきた。
でも今度は——作った笑顔じゃなかった。
本物の、穏やかな顔だった。
「……そうですか」学園長が静かに言った。「では——来てください」
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俺は踏み込んだ。
体が——重かった。
命が、削れていくのがわかった。
でも——足が止まらなかった。
灰島が残してくれた温かさが、手の中にあった。
まだ、温かかった。
全員の視線が、背中にあった。
白瀬の。朝霧の。咲の。柊の。瑞樹の。奥津の。桐島の。
全員が——俺の背中を見ていた。
俺は——踏み込んだ。
光の刃を——振った。
それまるで、光が集合し存在を織りなす銀河の如く
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静寂。
風が止まった。
音が消えた。
刃が——学園長の存在を断ち切った。
存在し続ける能力が——意味をなさなかった。
存在ごと、断ち切られた。
学園長が——揺らいだ。
穏やかな顔のまま。
揺らいだ。
ゆっくりと。
静かに。
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学園長が——倒れなかった。
揺らいだまま、立っていた。
でも。
目が——少し変わっていた。
穏やかな笑顔のまま。
静かに、俺を見ていた。
「……そうか」学園長が静かに言った。
全員が聞いていた。
「負けたのか」
分析していた。
感情じゃない。
ただ——状況を、確認していた。
「式系を全て使い切った刃で、存在を断ち切られた。Formula:Xで完全に定義された。柊という子の根が張っていた。封印されていた」学園長が静かに続けた。「全部が重なった。逃げ場がなかった。完璧だった」
俺は答えなかった。
「あなたは——命を使い切った」学園長が俺を見た。「わかっていますね」
「ああ」
「それでも——使った」
「ああ」
学園長がしばらく俺を見た。
それから——少しだけ、目が変わった。
穏やかな笑顔の下に——子どもの顔が、一瞬だけ出た。
窓の外を見ていた子どもの顔が。
「……誰かと笑いたかった」学園長が静かに言った。「それだけだった。それだけが——全ての始まりだった」
「ああ」
「でも——なれなかった」
「ああ」
「……そうか」学園長が目を閉じた。「負けたのか」
もう一度、言った。
今度は——確認じゃなかった。
受け入れていた。
静かに、受け入れていた。
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学園長の存在が——霧散し始めた。
今まで意図的に霧散していたのとは違う。
自然に、溶けていくように。
ゆっくりと。
穏やかな顔のまま。
最後まで——穏やかな顔のまま。
消えていった。
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静寂。
誰も動かなかった。
風が吹いた。
朝の空気だ。
学園長がいた場所に——何も残っていなかった。
霧も、存在も、何も。
ただ、朝の空気だけがあった。
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俺は——立っていた。
でも。
体が——動かなかった。
命が、限界だった。
魔剣の代償が——来ていた。
膝が——折れた。
地面に手をついた。
空が見えた。
青かった。
颯太が笑っていた頃の空に——似ていると、灰島が思っていた空に。
似ていた。
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白瀬が駆け寄ってきた。
「17!!」
俺を支えた。
膝をついた。
俺の顔を見た。
白瀬の目が——揺れていた。
「……17」白瀬が静かに言った。「おい」
「……ああ」
「しっかりしろ」
「……ああ」
朝霧が来た。
咲が来た。
「師匠!!師匠!!」咲が叫んだ。
柊が来た。
柊が俺の手を握った。
何も言わなかった。
ただ、握っていた。
瑞樹が来た。
俺を見た。
「……馬鹿」瑞樹が静かに言った。
「ああ」
「また、馬鹿なことを」
「ああ」
奥津が来た。
桐島が来た。
全員が俺を囲んでいた。
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俺は全員を見た。
全員の顔が見えた。
白瀬が泣きそうな顔をしていた。
笑顔を作ろうとしていた。
でも——作れていなかった。
朝霧が——目を伏せていた。
咲が——泣いていた。
勢いも今度は、お得意の天真爛漫さすら表にはでていなかった。
ただ、泣いていた。
柊が——俺の手を握ったまま、目を赤くしていた。
瑞樹が——俺を見ていた。
まっすぐ、見ていた。
俺は——全員を見た。
全員の顔を、確かめた。
「……終わった」俺は言った。
「ああ」白瀬が答えた。声が、少し震えていた。「終わった」
「全員、無事か」
「無事だ」朝霧が静かに言った。
「そうか」
俺は空を見た。
青かった。
「……よかった。終わったんだな。
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意識が、遠くなった。
白瀬の声が聞こえた。
「17、おい、17」
咲の声が聞こえた。
「師匠、師匠——」
柊の手が——まだ握っていた。
瑞樹の声が聞こえた。
「……戻ってきて」
俺は——目を閉じた。
灰島が残してくれた温かさが——まだ手の中にあった。
颯太に届けばよかった。
そう思った。
でも——俺には、全員がいた。
それだけで——十分だった。
意識が——消えた。
最後に柊のみた17の表情は、この世で最も心地良さそうな、普段の17からは想像できないほどに包容力に満ち溢れた笑顔であった。




