第103話「四系統」
手の中に、何かがあった。
形がない。
でも確かに、ある。
温かかった。
俺は目を閉じた。
一秒だけ。
灰島から流れ込んできたものを——確かめた。
過去回帰能力。
使い方が——わかった。
教わったわけじゃない。
流れ込んできた、その中に——全部あった。
どうやって使うか。
どこに使うか。
何のために使うか。
全部、あった。
「……あいつが」俺は静かに言った。
誰にも向けていない言葉だった。
「そうあいつが——全部残してくれたんだ」
白瀬が俺を見た。
何も言わなかった。
でも——目が、全部理解していた。
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学園長が俺を見ていた。
「準備ができましたか」学園長が穏やかに言った。
「ああ」
「過去回帰能力を受け取った。でも——使い方を知っていますか」
「知っている」
学園長が少し止まった。
「……なるほど」学園長が静かに言った。「灰島は——使い方まで残したのですか」
「さあ」俺は答えた。「どうだろうな」
学園長がしばらく俺を見た。
それから——穏やかに笑った。
「面白い」
「始めるぞ」
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まず——Formula:0を展開した。
絶対消去。
学園長に向けた。
前回は通じなかった。
でも——今は違う。
過去回帰能力とFormula系と式系を同時に展開しながら、学園長の存在を全ての時間軸で定義した上で消去を放った。
学園長が——少し動いた。
霧散しようとした。
でも——遅かった。
消去が、学園長の左腕をかすった。
左腕の輪郭が、一瞬だけ——揺らいだ。
「……!」学園長が左腕を見た。「Formula:0が、通じた」
「時間軸で定義した上で消去すれば通じる」
「なるほど」学園長が静かに言った。「全ての時間軸で私の存在を定義すれば——消去できる。灰島の過去回帰と、お前のFormula系を組み合わせた」
「そういうことだ」
学園長が左腕を押さえた。
完全には消去できなかった。
でも——確かに通じた。
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学園長が能力を展開した。
霧が広がった。
俺は——過去に戻った。
コンマ五秒前の自分の位置に。
霧が俺を包もうとした瞬間——俺はそこにいなかった。
学園長が止まった。
「……消えた?」
俺は学園長の背後にいた。
式系・絔を展開した。
糸が学園長に絡みついた。
Formula系と式系と過去回帰能力の同時展開で——学園長の存在を全ての時間軸で定義していた。
糸が——切れなかった。
「……っ」学園長が動きを止めた。
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俺は彙武を詠唱した。
「乱」そう叫んだ。
両手に刃を持った。
学園長に踏み込んだ。
学園長が霧散しようとした。
でも——絔の糸が繋がっていた。
完全には霧散できなかった。
刃が——学園長の肩をかすった。
深い。
今まで当たった中で、一番深い。
学園長が——痛みで顔を歪めた。
「……!」
「痛いか」
「……久しぶりですね」学園長が静かに言った。「この感覚は」
「慣れろ」
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中盤。
俺はFormula:1を展開した。
学園長の頬に——走った。
切り傷が入った。
学園長が少し止まった。
「またこれか」学園長が頬を押さえた。「前回も使いましたね。でも——大した効果は」
「これだけじゃない」
続けてFormula:2を展開した。
因果逆転。
学園長が霧散しようとした因果を——逆転させた。
霧散しようとした力が、学園長自身に向かった。
学園長が——大きくぐらついた。
「……っ!」
Formula:2が——通じた。
今までは展開前に潰されていた。
でも今は——過去回帰で位置を変えながら展開した。
学園長が追いつけなかった。
「Formula:2」学園長が静かに言った。「因果逆転。霧散しようとした因果を逆転させた。私の能力が——私に向かった」
「そういうことだ」
学園長が体勢を立て直した。
傷が増えていた。
でも——まだ立っていた。
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俺は過去に戻った。
別の位置に移動した。
学園長が俺を追おうとした。
霧が広がった。
でも——俺はもうそこにいなかった。
また戻った。
別の位置に。
学園長が止まった。
「……どこにいるかわからない」学園長が静かに言った。「過去に戻るたびに位置が変わる。軌跡が読めない」
「そういうことだ」
俺は学園長の左から踏み込んだ。
彙武「貫」。
槍だ。
踏み込んだ。
学園長が霧散しようとした。
柊の実が固定していた。
奥津の遮断が霧を薄くしていた。
絔の糸が繋いでいた。
槍が——学園長の胸に入った。
「——っ!!」
学園長が——声を上げた。
今まで一度も、声を上げなかった学園長が。
白瀬が息を呑んだ。
咲が「入った!!」と叫んだ。
朝霧が静かに目を細めた。
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学園長が後退した。
胸を押さえた。
血が滲んでいた。
今まで以上の傷だ。
学園長が俺を見た。
穏やかな笑顔が——少し崩れていた。
「……本当に」学園長が静かに言った。「想定外です」
「まだあるぞ」
「そうですね」学園長が息を整えた。「過去回帰で瞬間移動。Formula:0で消去。Formula:1、Formula:2。式系・絔で捕まえる。彙武で攻撃する」学園長が俺を見た。「全部組み合わせている」
「四系統だ」
「四系統」学園長が繰り返した。「灰島が求めていたもの。その完成形が——お前だったのですね」
「灰島が作った」俺は言った。「でも——灰島が思っていたものとは、少し違う形になった」
「そうですね」学園長が静かに言った。「灰島は——道具を作ろうとしていた。でも出来上がったのは——人間でした」
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学園長が——少し、首を傾けた。
俺を見た。
今まで見たことのない目だった。
分析している目だ。
「一つ、気になることがあります」学園長が静かに言った。
「何だ」
「あなたの能力の出力が——おかしい」
俺は答えなかった。
「Formula系と式系と過去回帰を同時展開しながら、彙武まで使っている。それだけの出力を、人間が出せるはずがない」学園長が俺を見た。「何かを——犠牲にしていますね」
後ろが、静かになった。
「Formula:0が通じた瞬間から、気づいていました」学園長が続けた。「出力が上がるたびに——あなたの存在が、わずかに薄くなっている。消えているわけじゃない。でも——削れている。削られているのは——能力じゃない。もっと根本的な何か。それはつまり——」
「やめろ」俺は言った。
「寿——」
俺は踏み込んだ。
学園長に向かった。
Formula:0を展開した。
学園長の右腕に消去を叩き込んだ。
学園長が大きく後退した。
戦闘が再開された。
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後ろで白瀬が動かなくなっていた。
朝霧も止まっていた。
咲が「師匠……」と小さく言った。
俺は振り返らなかった。
学園長に向き直ったまま言った。
「戦闘中だ。余計なことを考えるな」
誰も答えなかった。
でも——動いた。
全員が、また動き始めた。
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少し後ろで、白瀬が朝霧の隣に来た。
小声だった。
でも——俺には聞こえていた。
「朝霧」白瀬が静かに言った。「学園長が言いかけたこと」
「聞いていた」
「あいつ、何かを削って戦っている。出力がおかしい。以前、ある古びれた本で読んだことがある。何ものとの契約といいのを——」白瀬が少し止まった。
その本には「天神という存在について書かれていた。」
「天神、、、?」
「簡単な話、アニメや漫画でよく出ててくる何かを犠牲、差し出すことで力を授けてくれる悪魔のようなものがいるだろう。それに近い。代償は、、、」
「代償は、、、
寿命なのか?」
朝霧が黙っていた。
「俺の考えすぎか」
「……考えすぎじゃない」朝霧が静かに言った。「桐島も気づいている。表情を見ればわかる」
白瀬がしばらく黙った。
「……知っていて、隠していたのか」
「知っていても——17は言わない」朝霧が静かに言った。「心配させたくないから」
白瀬が息を吐いた。
「……馬鹿野郎」白瀬が小さく言った。「本当に——馬鹿野郎だ」
俺は前を向いたまま言った。
「聞こえてる」
白瀬が少し止まった。
「……知ってて言ってる」白瀬が言った。「馬鹿野郎」
「うるさい」
「うるさくない」
俺は答えなかった。
学園長に向き直った。
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学園長が俺を見ていた。
「大切にされていますね」学園長が穏やかに言った。
「うるさい」
「羨ましいとは思いません」学園長が静かに言った。「でも——面白いとは思います」
「どうでもいい」
「ええ」学園長が構えた。「続けましょう」
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俺は過去に戻った。
学園長の左側に移動した。
絔の糸を走らせた。
繋いだ。
彙武「射」と「乱」を同時に詠唱した。
弾と刃を同時に放った。
学園長が霧散しようとした。
絔が引っ張った。
柊の実が固定した。
奥津が遮断した。
弾が——学園長の腕に入った。
刃が——学園長の背中をかすった。
学園長が——膝をついた。
初めてだった。
学園長が——膝をついた。
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静寂。
全員が息を呑んだ。
学園長が地面に手をついた。
傷が多い。
血が滲んでいた。
俺は学園長の前に立った。
「……膝をついたな」
「そうですね」学園長が静かに言った。「久しぶりです。この感覚も」
「慣れていないか」
「ええ」学園長が俺を見上げた。「でも——」
学園長が立ち上がろうとした。
俺は式系・笪を展開した。
能力の完全封印だ。
でも——
「通じません」学園長が静かに言った。「この程度では、まだ封印できない」
笪が——霧散した。
学園長が立ち上がった。
傷は多い。
でも——まだ立っていた。
「まだ立つか」
「まだです」学園長が穏やかに笑った。「私は——まだ負けていない」
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俺は白瀬を見た。
白瀬が頷いた。
目が——いつもと少し違った。
心配している目だ。
でも——前を向いていた。
朝霧が構えた。
咲が菌根菌を展開した。
柊が根と実を再展開した。
奥津が遮断を維持した。
全員が——まだ戦えた。
俺も——まだ戦えた。
手の中に、温かいものがあった。
まだ、温かかった。
「続けるぞ」俺は言った。
「ええ」学園長が答えた。「続けましょう」




