第101話「拮抗」
学園長の霧が、さらに広がった。
奥津の遮断が——限界に近づいていた。
「……もう少し」奥津が歯を食いしばった。「もう少し、持ちます」
「無理するな」
「無理じゃないです」奥津が言った。「17の近くにいると、能力が安定する。今もそうです」
俺は奥津を見た。
震えていた。
でも——遮断を維持していた。
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学園長が動いた。
霧が全方向に広がった。
白瀬が吹き飛んだ。
朝霧が体を張って止めた。
咲が菌根菌を展開した。
学園長の足元を固めようとした。
学園長が霧散した。
咲の菌根菌が空を掴んだ。
「……さっきより動きが速いです!!」咲が叫んだ。
「本気を出し始めた」桐島が後方から言った。「さっきまでは——まだ余裕があった」
学園長が別の場所に現れた。
穏やかな笑顔が——少し変わっていた。
まだ笑っている。
でも——目が、違う。
「楽しくなってきました」学園長が静かに言った。「こんなに長く戦ったのは、初めてです」
「そうか」白瀬が立ち上がりながら言った。「それは光栄ですね」
「ええ」学園長が頷いた。「でも——そろそろ終わりにしましょう」
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学園長が能力を全力展開した。
霧が——質を変えた。
今まで存在を曖昧にするだけだった霧が、周囲に干渉し始めた。
蚜が感知した。
周囲の存在が——揺らいでいた。
全員の存在が、学園長の霧に侵食されていた。
「……これは」朝霧が静かに言った。「存在が、薄くなっていく」
「そうです」学園長が穏やかに言った。「私の能力の本質は——存在を曖昧にすることです。自分だけでなく、周囲の存在も曖昧にできる」
白瀬の輪郭が——わずかに揺れた。
「白瀬」
「大丈夫」白瀬が笑った。「まだいる」
でも——笑顔が、少し薄かった。
咲が「師匠!!」と叫んだ。咲の声が、少し遠くなっていた。
柊が根を全力展開した。
地面に繋がることで——存在を固定しようとしていた。
「……根で存在を固定している」学園長が少し目を細めた。「賢い子ですね」
「柊!!全員に根を繋げ!!」俺は叫んだ。
柊が頷いた。
根が地面を走った。
白瀬の足元に。朝霧の足元に。咲の足元に。奥津の足元に。桐島の足元に。瑞樹の足元に。
全員に根が繋がった。
存在の揺らぎが——止まった。
「……」学園長が少し止まった。「面白い対処ですね」
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俺はFormula系と式系の同時展開を維持したまま、学園長に向かった。
学園長が霧散した。
蚜で感知した。
奥津の遮断が学園長の霧を薄くしていた。
学園長の実体が——少し固まった。
柊の実が展開された。
学園長の足元に育ち始めた。
固定された。
俺は踏み込んだ。
Formula系と式系の同時展開を——深化させた。
学園長の存在に、定義が生まれた。
輪郭が見えた。
式系・蚜が——学園長を捉えた。
初めて、完全に捉えた。
「……っ」学園長が動きを止めた。
俺は式系・絔を展開した。
糸が走った。
学園長に絡みついた。
今度は——すり抜けなかった。
「……捕まえましたか」学園長が静かに言った。「Formula系と式系の同時展開で、私の存在を定義した。だから式系が通じる」
「ああ」
「でも——」学園長が糸を引っ張った。「まだ足りない」
糸が——切れた。
学園長が霧散した。
また、どこかへ消えた。
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全員が疲弊していた。
白瀬が膝に手をついていた。
朝霧が腕を押さえていた。
咲が息を切らしていた。
柊が根の維持に集中していた。
奥津が遮断の限界に近づいていた。
桐島が後方で状況を見ていた。
瑞樹が——俺の隣にいた。
「限界が近い」瑞樹が静かに言った。「全員」
「わかってる」
「17も」
「……わかってる」
瑞樹が俺を見た。
「灰島と——話せたか」
「少しだけ」
「和解できたか」
俺は少し考えた。
「……できたと思う」
瑞樹が頷いた。
「そうか」瑞樹が静かに言った。「よかった」
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学園長が再び現れた。
今度は——全員の中心に現れた。
霧が、全方向に爆発した。
全員が吹き飛んだ。
柊の根が——一瞬切れた。
全員の存在が揺らいだ。
俺も吹き飛んだ。
地面に叩きつけられた。
起き上がった。
全員を見た。
全員が——立ち上がっていた。
柊が根を再展開した。
全員の存在が固定された。
「……しぶといですね」学園長が穏やかに言った。「本当に」
「まだ終わっていない」白瀬が言った。
「終わりにしましょう」学園長が静かに言った。「これ以上続けても——」
「終わらせるのは、こっちだ」
俺は言った。
学園長が俺を見た。
「17君」学園長が穏やかに言った。「あなたは今——本当に限界です。過去回帰能力もない。灰島から受け取っていない。今のあなたでは、私を倒せない」
「わかってる」
「なら——」
「わかってる上で、立っている」
学園長がしばらく俺を見た。
「……灰島も、同じことを言っていました。あなたに対して」俺は言った。
「そうですか」学園長が少し目を細めた。「灰島が」
「お前の知らない灰島だ」
学園長が——少し、黙った。
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白瀬が俺の隣に来た。
小声で言った。
「灰島のところに行け」
「全員が——」
「俺たちに任せろ」白瀬が真っ直ぐ俺を見た。「お前がやるべきことをやれ。俺たちがやるべきことは——時間を稼ぐことだ」
俺は白瀬を見た。
朝霧が頷いた。
咲が「行ってください師匠!!絶対戻ってきてください!!」と言った。
柊が俺を見た。「大丈夫。ここは任せて」
奥津が遮断を強化した。
桐島が「行け」と短く言った。
瑞樹が——俺を見た。
「終わらせて」
俺は全員を見た。
全員が前を向いていた。
俺のために、前を向いていた。
「……ああ」
俺は——灰島に向かった。




