第100話「本領発揮」
学園長を見た。
全員が前に立っていた。
俺は息を整えた。
体の痛みを確かめた。
腹、肩、脇腹、背中。
全部痛い。
でも——動く。
動けると、確認した。
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白瀬が学園長に向かった。
朝霧が同時に動いた。
二方向からの同時攻撃だ。
学園長が霧散した。
別の場所に現れた。
咲の菌根菌が足元から絡みついた。
学園長が止まった。
一瞬だけ、実体が固定された。
柊の実が——その一瞬に展開された。
学園長の足元に、何かが育ち始めた。
学園長が——また動きを止めた。
「……この感覚」学園長が静かに言った。「実体を固定される」
「そうです」柊が言った。「存在が曖昧でも——根と実で育てれば、固定できる」
学園長が能力を展開した。
霧が広がった。
奥津が遮断した。
霧が止まった。
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俺は動き始めた。
全員が学園長を足止めしている間に——灰島に向かった。
白瀬が気づいた。
目が合った。
白瀬が頷いた。
何も言わなかった。
でも——わかってくれた。
俺は灰島の傍に膝をついた。
灰島が——目を開けた。
まだ生きていた。
でも——時間がない。
体が、もう動かない状態だ。
「……来たか」灰島が静かに言った。
「ああ」
「戦いは」
「まだだ。全員が足止めしている」
灰島が少し目を細めた。「仲間が、いるんだな」
「ああ」
「そうか」灰島が空を見た。「俺には、いなかった。水瀬が——いなくなってから、ずっと一人だった」
俺は灰島を見た。
「水瀬透のことは——聞いた。榎本から」
「そうか」灰島が静かに言った。「水瀬は——止めようとしてくれた。俺を。でも俺は聞かなかった」
「後悔しているか」
「している」灰島が目を閉じた。「全部、後悔している。水瀬のことも、瑞樹のことも、お前のことも」
俺は灰島を見た。
「でも——止まれなかった」
「ああ」
「息子に、届きたかった」灰島が静かに言った。「それだけだった。それだけのために、全部を間違えた」
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俺は少し間を置いた。
「灰島」
「何だ」
「お前の息子の名前は何だ」
灰島が——止まった。
しばらく、何も言わなかった。
それから、静かに言った。
「……颯太だ」灰島が言った。「灰島、颯太」
「颯太」
「十五歳だった。能力の暴走で死んだ。俺が間に合わなかった」灰島の目が、少し揺れた。「笑う子だった。よく笑う子だった」
俺は灰島を見た。
三十年。
笑う子どもを失って、三十年。
それだけのために、全部を間違えた。
「届かなかったな」俺は言った。
「届かなかった」灰島が静かに言った。「お前を作っても、届かなかった。学園長に利用されて——颯太には、結局届かなかった」
「そうか」
「……すまなかった」灰島が俺を見た。「お前に、謝る資格はないかもしれない。でも——すまなかった」
俺はしばらく灰島を見た。
許せるか。
許せないか。
わからなかった。
でも——
「颯太に、届けばよかったな」俺は言った。
灰島が——目を細めた。
目が、少し赤くなった。
「……ああ」灰島が静かに言った。「届けばよかった」
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後ろで戦闘の音がした。
白瀬が叫んだ。
咲が菌根菌を展開する音がした。
柊が何かを言っていた。
全員が、戦っていた。
俺のために。
灰島が俺を見た。
「お前は——学園長を倒せるか」
「倒す」
「過去回帰能力が必要だ」灰島が静かに言った。「学園長の存在の曖昧さを定義するには——時間軸から存在を固定する必要がある。過去回帰で、学園長が存在した全ての時間軸を辿って——固定できる」
「お前の能力を使えば」
「ああ」灰島が俺を見た。「お前にはFormula系がある。俺の過去回帰と組み合わせれば——学園長の存在を、全ての時間軸で定義できる。そうすれば式系が通じる。学園長に、全ての能力が届く」
俺は灰島を見た。
「渡せるか」
「渡せる」灰島が静かに言った。「お前はFormula系を持っている。俺の能力を受け取れる器がある。だから——渡せる」
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灰島が手を伸ばした。
俺は——灰島の手を掴もうとした。
その瞬間。
霧が来た。
学園長だ。
俺と灰島の間に、学園長が現れた。
「ここにいましたか」学園長が穏やかに言った。「17君、仲間に任せてこんなところで何をしていますか」
俺は学園長を見た。
「灰島さんと話していたのですか」学園長が灰島を見下ろした。「……まだ生きていたのですね。しぶといこと」
「学園長」俺は言った。
「何ですか」
「どけ」
学園長が——少し笑った。
「嫌ですよ」学園長が静かに言った。「灰島さんはもう用済みです。それに——あなたに過去回帰能力を渡されると、困ります」
全部、わかっていた。
灰島が俺に能力を渡そうとしていること。
それを学園長は——見ていた。
「17」灰島が言った。
「ああ」
「下がれ」
「下がらない」
「下がれ」灰島がもう一度言った。「お前が死んだら——全部終わりだ。お前だけは、死ぬな」
俺は——動けなかった。
体が限界だった。
学園長と灰島の間に入ろうとした。
でも。
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後ろから白瀬が来た。
朝霧が来た。
咲が来た。
柊が来た。
全員が——学園長に向かった。
柊の実が展開された。
学園長の足元に育ち始めた。
実体が固定された。
一瞬だけ。
その一瞬に、白瀬と朝霧が同時に攻撃した。
学園長が——大きくぐらついた。
今まで見たことのない反応だった。
「……!」
学園長が全力で霧を展開した。
全員が吹き飛んだ。
でも——一瞬だけ、学園長が止まっていた。
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俺はその一瞬に動いた。
Formula系を展開した。
天神との契約で増えた力
……
Formula系と式系が——同時に展開された。
今まで同時に使えなかった二つが、一つになった。
学園長が——止まった。
「……何をした」
俺は答えなかった。
学園長の周囲の霧が——少し、変わった。
完全じゃない。
でも——輪郭が見え始めた。
学園長の存在に、わずかに定義が生まれ始めた。
「……面白い」学園長が静かに言った。「でも——過去回帰がなければ、完全ではない」
「わかってる」
「なら——」
「だから」俺は灰島を見た。「灰島に近づかせろ」
学園長が俺を見た。
穏やかな笑顔が、少し固まった。
「……嫌ですよ」
「なら——全力でお前を止める」
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俺は動いた。
体が限界だった。
でも——動いた。
Formula系と式系の同時展開を維持したまま、学園長に向かった。
学園長が霧散した。
俺は追った。
蚜で感知した。
奥津の遮断が強化された。
霧が薄くなった。
学園長の実体が、少し固まった。
柊の実が再び展開された。
固定された。
俺は——学園長に向かった。
拳を入れた。
当たった。
学園長が——後退した。
「……っ」
学園長が顔を歪めた。
初めてだ。
学園長が、痛みで顔を歪めた。
「Formula系と式系の同時展開」学園長が静かに言った。「存在への刻み込みと数式の干渉を同時に行う。私の存在を——部分的に定義している」
「ああ」
「でも——まだ足りない」
「わかってる」
俺は灰島を見た。
灰島が俺を見ていた。
目がーーまだ生きていた。




