Life 144 僕は何者なのか? 3
翌日、早朝に1本の連絡が来た。おもてなしとやらは、もう少しだけ続くらしい。
広島駅、AM 8:10
「まさか、最後まで付き合って頂く必要はなかったですよ。」
「朝食がてらってやつです。どっちにしろ、また2週間後にこちらに足を運んで頂くのですから、話しておくことは取っておくつもりでしたけど、昨日の話を聞いていて、あなたが御社の担当者として来てもらえない事態がありうるのかなと思っていただけです。」
「脅しですよ。僕じゃなくても対応出来るようにしたいだけです。でも、契約条項に加えられてしまったら、僕がこないわけにいかないでしょうから。しかし、広島駅でこんなに優雅に朝食を取っていて、大丈夫なんですか?」
「会社には昨日のうちに、明日は接待の見送りがあるって言ってありますから。本来はNGですが、味方を付けてあるんで、単なる遅刻で処理してくれますよ。それに、ボンゴも駐車場ですしね。」
「あれ、代行使わなかったんですか?」
「一応、あの時間帯ならまだ電車で帰れましたから。代行を使うと自腹ですけど、ここで領収書を切る分には出費はないですから。」
「......私的流用による懲戒解雇にならないでくださいよ?」
「大丈夫です。昨日、こっそり3000円渡されてますし、これはもう接待ですから。」
「...したたかというか、人情味があるというか。でも、広島に限らず、日本はまだまだ親切な国だと思いますよね。無機質なのは都市圏だけですよね。」
「ね、いいでしょ?2週間後、広島駅でまたお待ちしてますよ。」
「その時は、また交渉相手として伺います。しかし、広島駅の中に、和食の朝食が取れる場所があるとは思いませんでしたね。」
「私も知らなかったです。やっぱり、あなたと行動してると、色々な事が分かってくる。面白いものですね。」
新幹線って、便利なんだけど、ひたすらに退屈だ。
なんかもうちょいならないものかな。時間つぶしには難しいよね。
外神田、AM 11:53
「...というわけです。いいですか、今度はヘマ出来ないですからね?」
「そう言われても、果たして入手がうまく出来るかどうかが疑問ですよ。」
「今すぐ発注して揃えてください。そしてクライアントへ送ってください。それで十分です。少なくとも、今と契約締結後で、価格が上昇するのであれば、今のうちに確保しないと、利益はでません。」
「でも、お客さんは少し載せていいって話してましたよね?」
「その少しっていくらですか?仮に5%なり10%なりでも、1台に3000円のコスト増だった場合、150台で影響する金額はどうなります?ウチの会社が見せられる誠意はそれぐらいしかないんです。出来ないのではなく、やってください。足りないなら、次のロットの分を最低限確保してください。幸い、置き場所はあるし、直接メーカーからクライアントへ送ることも出来る。ウチにとって、至上命題にして、最優先事項です。RTX5090を10本買ってくれるホワイトボックス業者を営業が開拓出来る自信があるなら、あとでも構いませんよ。」
「分かりました。午後から発注手配をしておきます。......私、社長なんですけど?」
「その社長が、まんまと間に挟まった会社の言いなりになって契約を捻じ曲げちゃったから、こういう状況になっちゃったんでしょう?250台って言われて、100台しか納品しない契約にすり替えていたら、そりゃ信用出来ますか?って。」
「......言い訳出来ませんね。その代わり、この案件は、あなたに任せますからね。」
「イヤですけど、契約条項に僕が相手じゃないとダメだと組み込まれるらしいんで、責務は果たしますよ。社長だったら、優柔不断にならずに、それぐらいのことを話しておいてください。頼みましたよ。」
「いやあ、なかなかの激論だったな。」
「当たり前のことを言ってるだけだよ。でも、君のウマ娘生活は守ったよ。」
「どうなることかと思ったけど、ま、そういうことらしいな。しかし大将、広島通いはそんなに楽しいものかい?」
「イヤじゃないかな。仕事は仕事なんだけど、まあ、年上の友人といろいろ話が出来るっていうのは面白いかもね。」
「友人が出来たわけだ。仕事相手ではなく、友人か。まあ、考え方は面白いと思うが、相手は手強いって感じ?」
「手強いねぇ。僕が試される場面なんてあんまり想像してなかったから、どうしたらいいか分からなかったんだ。2週間後にはまたタフな交渉がある。さすがに手ぶらでいくわけにいかないかなって。」
「なあ、大将。変なことを言っていいか?」
「会社でウマ娘やってるようなやつは変なことしか言えないだろう?」
「まあ聞けって。奥さんにも言われてるけど、お前さん、お金にならないこと、本当に好きなんだろう。」
「お金を稼ぐことというのは、責任を持つことだと思ってる。無責任でいたいだけ。だから、別に見返りを求めようとは思わない。とは言え、夜に飲みに連れてってもらって、さらに朝飯までごちそうになった相手となれば、僕は動く必然性がある。僕はどうなってもいいが、もし僕がここで降りることになったら、あの人の会社の立場がまずくなる。それは絶対にしたくない。」
「一宿一飯の恩義ってやつか。まあ、こだわるのがいいとは思わないが、相手に入れ込みすぎるのも、失敗を招きやすいぞ。」
「もともと失敗を前提でここに戻している。だから、ここからがスタートになる。これがどんなに辛いことか。だから、最初は意地でも信頼を勝ち得なければいけないと思ってる。」
「......そりゃ、潰れるわけだよ。お前さん、お金にならないと言いながら、完全に厚意でやっていることが多すぎる。お人好しなのはいいが、大将の奥さんからは見張りを頼まれてる以上、俺も少しは背負ってみるか。」
「...無理はしなくていいよ。僕は、会社としての誠意もそうだけど、個人的に誠意を持って対応したいと思ってる。」
「いや、その気持ちが強いんだよ。入れ込み過ぎなんだ。潰れる人間の典型的な例だよ。だから、俺が何か手伝う。」
「......悪い。それじゃ、納品スケジュールと、必要な作業工程の洗い出しをお願いできる?これから250台、現地の業者にマスターイメージを作ってもらうとしても、こちらで行う作業がいくらかあるだろう。」
「あいよ、だけど、社長を恫喝出来るのは、大将の仕事だぞ。納品スケジュールをまとめても、その通りに動けるかなんてわからんよ。」
「なあ、恐ろしいことを思ったんだけどさ?」
「あん?どうしたよ?」
「そもそもに、Intel N100のミニPCなんて、今入手出来るの?」
「......ま、N97でも、N150でもいいんじゃね。予算に収める方法を考える。そして基本スペックは16GBメモリと256GB SSDだ。この辺は、現地の買付可能リストから全て調べておく。」
「最悪、分解かな?」
「まあ、そのときはその時かな。っても、8GBメモリで1万近いからなぁ。どうするかな。」
田端一丁目、PM7:22
「ただいま。」
「おかえりなさい。私のほうが早かったわよ。」
「そうだね。これから戦う相手が強すぎるから、下準備で残業みたいなことをやってる。」
「珍しいのね。定時退社が当たり前だと思ってたわよ。」
「相手に恥をかかせるわけにいかない。だからだね。」
「ふ~ん、やっぱり、あなたは不思議な人よね。メンツや立場にはこだわらない割に、無理をなんとか出来るところまで押し上げようとする。平社員の考え方?」
「さぁ?それは新米の人事部長のほうが詳しいんじゃないの?」
「組織の考え方ではダメよね。無理なものは無理と突っぱねる勇気も必要よ。でも、あなたにはそんな無茶を実現可能な範囲までギリギリこじ開ける力があると思う。」
「僕に?そんな力はないよ。だけど、無理だと思うことを無理だと決めつけるのはよくないと考えてるかな。今回広島まで飛んだのは、そういう理由だと思ってる。」
「ほら、やっぱりなんとかしようとしてる。そのあたりが強いのよね。」
「ねぇ、僕らのやり取りって、初々しいんだって。」
「事実じゃないの。40歳で結婚して、まだ3年と半年よ。それ以前は、たった2ヶ月だけの恋で終わってる。初々しいに決まってる。」
「そんなものか。で、昨日は何してたの?」
「ねぇ、聞いてよ。後輩の旦那さんがね、全然子作りに興味ないとかなんとかって聞かされてたのよ。」
「へぇ~。そろそろ、あの子も若くないだろ?30代半ばだと、子どもを育てていくべきか、悩む年齢かもしれないよね。」
「そうねぇ、私たちみたいに、もう出来ちゃっても堕ろすって決めていれば、案外気楽なものなんだろうけど。」
「悩みどころだよ。ただ、君のポストを考えると、ここでキャリアを終えて静かに暮らせるほど、余裕はないって感じる。」
「そうなのよね。もう少しだけ、無理をしてでもしがみつくべきよね。まあ、代理によれば、私の任期は3年。あと1年らしいから。」
「そのあとは?」
「しばらくは人事部に在籍かしらね。私は今後メンターみたいな存在になるらしいわよ。」
「客寄せパンダの次は、社内の母親か。色々大変だな。」
「あ、客寄せパンダは続けなきゃダメよ。この辺が大変よね。ま、食品卸として厳しい時代だから、FAXからメール、請求書はグループウェアへと変化させるようにすると。」
「正直、君が背負っているものと同じぐらいの内容を背負わないと、釣り合わないよね。そういう意味で、広島の大手企業との交渉は、ある意味挑戦みたいなものなのかもね。」
「挑戦か...。あの娘も、これから挑戦していくのよね。私たち、みんな挑戦していくのね。」
「え、僕は挑戦するって感じには思ってないんだけど。」
「......じゃあ、なんで挑戦って言ったのよ。」
「挑戦みたいなものってだけ。僕は本気ではない。恩に報いるために、全力で動くだけ。」
「じゃあ、あなたの本気ってなんなのよ?」
「う~ん、あんまり本気を出すってことはないからなぁ。80%ぐらいで解決することを100%でやろうとは思わないだろ?ただ、80%ぐらいで解決することを、倍返し...とはいかないまでも、少し色を付けて100%にすることぐらいはする。それが全力。そして、それが120%になることは絶対にない。確率論から逸脱するし、人間が限界を超えた先に見える景色は、真っ白で自分だけしか認識出来ない、虚無だということがわかるから。」
「う~ん、また、訳のわからないことを言い出したわね。よく、スポーツ選手がいう、ゾーンに入るってやつみたいなものなのかしら?」
「決定的に違う点がある。120%になった人間は、自壊する。僕が壊れた理由は、そういうことだよ。」
「それって、死ぬってことに等しいじゃない。あ、そういうことね。あなたが倒れたり、ひどく怯えたりするようになるのは、ある意味自衛本能ってわけね。それが、120%で動く代償ってことなのね。」
「今日の能力を明日超えることは出来ると思う。でも、突然100%を120%に上げることは出来ない。だけど、不思議と人間はそれをやってしまう。だから、無理だと感じても、そのまま動ける。そして壊れる。壊れていくことすら分からなくなる世界に入るってこと。」
「......じゃあ、なぜあの時、急に壊れたの?私たちのために無理をしてたってこと?」
「今思うと、どこか夫であること、父親であることへの限界を持ちながら、どこか平気そうな顔をしていたのかもしれない。自分自身が気づかずに壊れていく。それが現実に起こった。そういうことだった。だけど、今は君の夫でいることに無理がなくなった。逆に、君が無理をしていることにも気づけた。そうやって、人はただ慰め合うように生きることが本能なのかもしれないね。」
「...で、今は私に釣り合う夫へ挑戦しようとしているのね。」
「まあ、理由は大したことじゃない。君のためでもない。ただ、僕の会社が問題を起こしてしまったにもかかわらず、取引先が僕を信頼してくれた。信頼されたからには、やれることは全力でやる。それだけの価値はあると思ってる。」
「ま、100%でも、80%でもいいけど、無理だけはしないでね。私も無理はしないつもりだけど、性分みたいなもので、弱気になることも多くなってるから。」
「ああ、その点は大丈夫。あの娘より、後輩さんたちがこぞって情報をくれるから。いい部下、いい後輩というより、いい娘みたいな存在だね。君がよくやっている証拠だと思う。」
「そっか...。あの子達も、一端の大人だもんね。見る目も変わってくるわね。」
「あと、君の場合は減らず口が多いほど、機嫌がいいらしいって。今日は、機嫌がいいんだね。」
「それ、誰発信よ?」
「よく来る後輩さん。なんだかんだで、あの子の話は一番的を得て信頼出来る。君も、あの娘も、不思議と馴染んでいく理由があるとすれば、そういうところなのだと思うよ。」
「お母様にも頼まれてる間柄だしね。まあ、母親にはなれないにしても、悪い見本の姉ぐらいにはなって見せようかしら。」
「そうだなぁ。悪い見本になれるような人間じゃないよね。君は。」
「そうなのかしら。口が悪いって言われるけど、それは悪い見本じゃないの?」
「それは素が出てるってことでしょ?悪い見本にはならないかな。」
「あら、それじゃあ、私はずっと口が悪いって言ってるようなものよ?そういうものなんでしょ?」
「気にしたことすらなかった。あの娘と話してるとそんなことないんだけどなぁ。」
「......やっぱり、私たち、少し大人になりすぎたのよね。口が悪いことすら、特に気に留めてないものね。」
「そういうものなんじゃないの。僕は、おしとやかな君のほうが、よほど恐ろしく感じるよ。まあ、うまく使いわけてて、すごいと思う。」
「慣れるものよね。でも、全然気づかなかった。減らず口や口が悪い時ほど、機嫌がいいように見えるものなのね。」
「彼女の場合、本当にしんどいときの君を見てるからじゃない。実際、君の後輩さんたちが伝えてくるんだよ。今日は君が一切話さず、虚ろな目をしてるって。」
「えっ、そんなことあったのかしら?」
「僕も詳しくは分からないけど、帰ってきたらそうでもないことも多いから、なんとも言えないね。」
「ま、そういうことにしておいてあげるわよ。ねぇ、疲れてるところわるいんだけど、今日もお願い出来ない?」
「......初々しいって、そういう意味もあったのかな?うん、まあ、ちょっとだけ頑張るよ。」
妻に話してしまったが、これは確かに挑戦の領域なのかもしれない。出来ることを確実にこなすのではなく、出来るようにするためにはどうすればいいか?それを考える領域に手を出してしまうのか。
また、壊れてしまうのだろうか?僕はまた二人に迷惑を掛けるのだろうか。いや、それはない。まだ、前向きに仕事が出来る。そっか、誰かのためだったら、僕は動こうとする理由に出来るんだな。
つづく




