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Life 144 僕は何者なのか? 2

しかし、まあいつものことではあるが、シラフでこの場にいながら、ある程度話を合わせていくのはきついように感じる。

「普通は家事、それでいて交渉窓口となる。やっぱり共通しているものとかがあるんですか?」

「まあ、多少はあると思います。僕は引きこもりなんですが、昔は時々放浪することがあったんです。で、地元の方に何かと声を掛けられる感じなんですよ。危ういんですかね?」

「自殺するなんて話を聞かされると、やっぱりそういった危うさはあったんじゃないですか?今は堂々としてらっしゃる。会社を背負って交渉しに来た人間の顔ですよ。」

「だから...ああ、もうそれでいいです。あとは、システム開発をする上で、やっぱり業務内容を知ったうえでシステム化することを多々行ってたんです。システムを作るに当たって、業務内容に合わせた使い勝手に合わせて構築できるシステムメーカーがなかった。僕の所属していた会社はとことんその辺に寄り添うカスタムメイドなメーカーだったんです。その経験からか、業務にどんな意味があるのか、それを知りたくて、懐に入ることが出来るようになった。まあ、地方ですから3日も同じ食堂に行けば、だいたい声を掛けられる。そして5日もすればちょっとした会話もする。そして1週間もすれば、愚痴の言い合いです。そんなことが出来たんですよね。結局、僕はそういった点で、人に恵まれた。しかし、それが大きな負担になったと。」

「うつ病なんですか?」

「今でもうつ病だと思っています。実際、診断されてますしね。だけど、そうやって壊れた人間だから、無理も出来ないし、心も晴れない。じゃあ、どうするか?結局は無理のない仕事をするしかない。僕の会社には、僕よりも優秀な大手のソフトウェアメーカーにいた人間が、社内SEとしてソシャゲで遊びながら仕事をしている。僕も基本的に真面目じゃないから、気分で仕事をする。要は、定時までにタスクだけこなせば問題ない仕事に落ち着いた。その余った時間でどうでもいいことを調べている。壊れた人間の末路とは、こういうものなんです。」

「聞きました?ソシャゲしながら仕事ですよ。その方もそうですけど、どうしてそんなことを器用に出来るのかが不思議でならない。」

「会社に所属している以上、本来であれば真面目に本業をこなすだけで精一杯だと思うんですよ。以前、どうやったら部下がついてくるかなんて話をしたじゃないですか。やりやすい環境とは何なのかを考えると、結果論ではあるんですが、自分から弱点を晒し、懐に入り込むことが一番信頼を得やすくなると思うんです。その時に、僕を信頼出来ない人間には、僕から離れてもらう。派閥じゃないですけど、僕は自ら自分の使い方をさらけ出すわけです。そこをみんなで改善出来て、無事プロジェクトを達成できればそれでOK。信用出来ない人間ばかりになったら、プロジェクトは失敗。だから、優秀であっても、僕と波長が合わない人間は見放して、違う場所で活躍してもらったほうがいい。そこで100%の仕事をしようと考えるほうが難しい。なら、安定して85%程度の結果を求め続ける。結果、遊び半分、仕事の集中力半分という面白い状況で、仕事をしてるわけです。さすがに拘束時間に休憩があるとは言え、仕事のことだけを考えたら、人間は働こうと思いませんよ。その辺のさじ加減みたいなものが、僕ら二人は狂っている。」

「......面白い考え方だと思います。しかし、これだけの交渉が出来て、さらに本業の営業を差し置いて、説得をする姿は、とても集中力半分とは思えませんでしたよ。」

「人間は非情になるべき場面より、情に流されやすい場面が多いんです。しかし、僕はそれをあえて『利用』させてもらったんです。呼び出していただいて、予定調和まで取って頂いた。その点で僕は『情に流されるだろう』という予測の元、説得を始めてしまった。僕は負け戦だと思っていたから、そこに賭けるしかなかった。ただそれだけのことなんです。」

「結果、会社を代表して、ですか。それで半分なら、とんでもない集中力だと感じますよ。」

「あのときは100%でしたよ。人間は情に流されやすい。会社で真面目に働いている人たちを道連れに出来なかった。だから、御社から温情を掛けて頂いた時、罪悪感を感じた。これも情というやつです。」

「誠実なんでしょうね。だから、懐にも入れる。そして輪の中心にいられる。しかし、自らは主役にならない。面白いですね。」

「やっぱり、営業じゃないですよね。失礼かもしれませんが、ただ話を楽しむこと、駆け引きを楽しむことが本質的に好きなんじゃないかと思ったりしますよね。」

「そうなんでしょうか?僕は誰かと会話出来ていれば、ある意味幸せを感じるぐらいの人間ですけど。」

「それが強いんでしょうな。今回みたいに自社の代表だと言いながらも、全面降伏の上で、リスクヘッジをしようと駆け引きしつつも、誠実にしか受け答えが出来ない。あなたの強さと弱さが一度に出たわけですよね。」

「だから、我々は試すような真似をしながらも、あなたを信用できる人間だと考えた。まあ、こちらもそれを利用して、ある程度強引にはなりましたけど、契約破棄が出来た。御社の営業さんがどうなるかまでは保証できませんが、あなたとなら仕事...いや、会話が出来るのかな。意思疎通の重要さもそうですけど、相手の意図を汲める人間と、一緒に仕事が出来ることがいいと判断したんです。」

「褒めすぎだと思います。それに、始発にはのりますけど、僕はのぞみの自由席で帰るような人間です。1号車のE席。リクライニングを思いっきり倒して、ゆっくりと暇を持て余す感じです。働くことはしたくないんですよ。」

「ははは、仕事中の移動も仕事のうちとは言いますよ。ま、我々は広島で生きてきた人間です。他の土地のことはよく知りません。でも、さすがに、気に入ったでしょ?」

「まあ、もう数回はここに伺うことになるんですし、嫌いとは言えません。」


「思うことがあるんです。さっき、私の娘が大学へ進学するって話をしましたけど、あなたのような方を知ると、学歴とは何か?と考えてしまいます。私も福山大学に通って、工学関係の勉強をしていました。ウチの会社に入ったのも単純にもの作りがしたいって一心だったと思います。けど、現実はそれほど甘くなく、設計書を読めるけど書かせてもらえない、職人的な作業は出来ない、挙句、今は総務部で働いている。こうなると、学歴と学んだことが全く活かせないまま、社会へ放り出されることになります。今はウチの会社も新卒向けに教育が実施されていて、今年の新卒は真面目に聞いていますけど、その内容を見て驚いたんです。とても社会人に教えるような基礎知識とかではなく、一般的なマナーや教養が書かれているんです。まあ、Xやインスタで社内撮影禁止とか、そういうのも書いてありますけどね。」

「私も部下に対して、現場に配属されている人間が迷っているときは、迷わず声を掛けろと一応指示をしています。聞くことは悪いことじゃないですけど、これは日本人の気質というか、奥ゆかしさというか、同調圧力というか、分からないことを何も思わない、あるいは恥ずかしいと感じているらしいんですよね。私たちぐらいおじさんになってしまうと、そのへんの感覚はすべて消えてしまうからしつこいほど確認しますけど、出来ないことや分からないことは悪ではないんです。学歴とはニュアンスが異なりますけど、学んできたものが社会人生活で活かせると思って、学生は勉強をする。でも、その先で役に立たないと知った時、彼らはどう思ってしまうんでしょうね。」

「僕らの時代って、昭和末期だから、当たり前のしつけとか、一般教養的なものがほぼ画一化されていた。それを今の教育現場では教えられないとも聞いたことがあります。友人に小学校の教員をやっているやつがいるんですけど、今の生徒って、基本的に先生とタメ口だそうですから。で、彼の話を聞いていると、生徒に同調する一方で、最低限の線引をして、これは悪いこと、これは良いことと教えるのだそうです。さすがに呆れた話ではあるんですが、小学生になってもお金の概念が分からない子も多いそうで、そもそもおつかいが出来るほど、近所に買い物が出来る場所もないから、そういう体験が出来なくなっているからだと言います。真偽を疑いますけど、結果として、僕らの世代では当たり前に知っていたことが、今の新卒の世代では分からない、あるいは本当に知らないから、そうせざるを得ないところまで来ているんでしょうね。」

「そこで、学歴まで疑問に思わせるのは、親心ではないってことですかね。」

「僕は、お金があって、もっと生きることに余裕が生まれたら、大学で学び直すこともしたいと思っています。昔、ある取引先の嘱託社員さんが非常に僕を買ってくれて、よくごちそうになっていたんです。その方は、大手コンビニチェーンの大本で最終的に広報室長をしていた方でして、あとから知ったんですが、食品卸業に関する論文を書いて、初めて経営学博士号を取った人物だったんです。そんな方と10年近くお仕事が出来て、色々な話をしてくださった。しかも、その方は嘱託社員になってから大学へと入学をし直しているというんです。ちょっと驚きましたね。」

「その方って、仮にも定年退職をされた後に、大学に入り直し、卒業論文を書き上げたってことですよね。つまり、学歴だけではなく、職歴までも、論文に込めたってことですか。」

「そうです。後に共作とはなるんですが、本を出版されたりしています。僕には年齢の割にハキハキとした、非常に明晰な方だと感じていました。残念ながらうつ病で会社を去った後に、その事実を知った。悔やみましたね。個人的に携帯電話の番号を知っています。しかし、あくまでクライアントとしてお付き合いをしていたから、そういった間柄ではなかったですが、今の僕は、あの方に聞きたいことが山程ある。年齢を重ねるごとに色々な物事を理解しようと思った時、そういった機会を逃してしまうのは、非常に痛いと思いました。」

「学歴で一度会社に入社し、40年近い職歴を経て、さらに学歴を積み重ねて、確かな論理にする...。すごい人生ですね。」

「我々、気楽に会社を定年退職したあと、嘱託を経てゆっくりとした老後を送りたいと思っていましたけど、そういう方の話を聞くと、まだ先は長いって思えてしまう。」

「最初の話に戻りますけど、学歴というものは、日本における会社選びのパス、切符みたいなものなんだと思います。問題を起こそうが、青学卒なら電通に入れてしまう。政治家の息子が世襲で政治を行うにも、学歴で馬鹿にされないために一流大学へ行く。まあ、そこまで来ると見栄でもあると思います。その一方で、日本の若い才能はすでに海外へと流失している現実もある。プログラミング分野みたいに、PCが1台あれば、あとはセンスでプログラミングコードを書くだけでエンジニアになれる。あ、まあ最近はAIでも出来ますけどね。でも、こう言うとおかしな話かも知れませんが、プログラミングにも美しいコードの書き方という、個人のセンスが問われるものがある。それをかじったものでも理解が出来るぐらい、簡単にコードを圧縮するんです。こればっかりはセンスでしかないと考えます。こういう人材を海外が知り、15歳には立派なプログラマーでお金を稼いでいる。プリント基板なんかもそうですけど、回路設計図は美しくても、実際にプリントされた基板はいまいちってことがあると思いますが、一般の設計者がそれでいいと感じても、おそらくその一握りの技術者には、許せない領域になる。試作から手直しされた基板を見て、驚愕したことがお二人にもあると思うんです。」

「確かに、真似できない領域だったりしますよね。説明を聞くとなるほどって思いますけど、回路設計図をプリント基板にすることへの難しさは、なんとなく理解できます。」

「私はどうしても昔気質ですから、あんまり気にしないんですけどね。後々端子がついて、納入先で形になったものを見せてもらった時、緻密とは言わないまでも、おそろしくシンプルに出来ているって感じることはあります。なるほど、そういうものって、経験よりもセンスなのか。」

「もちろん経験も重要だと思いますよ。でも、学歴では経験は得られない。だから、学歴が何なのか?という疑問を感じるのは、ある意味必然だと僕は思うんです。そんなことを言ったら、スティーブ・ジョブズはなんなんだって話ですから。」

「あれ、大学卒業してないんでしたっけ?」

「中退だったと思いますよ。しかし、今、世界中で彼が基礎を築いたiPhoneという製品が使われている。僕が最初に中国の技術を買っているという理由は、現代の世界各国では生まれない独特な発想を自国に封じ込めてしまって、結果として技術大国になっていっていることなんです。国の政策上、海外の技術を盗むことを行うが、それを自国向けに改良を施し、ついには他国も欲しがる技術を得る。そういうセンスの塊が、単純計算で日本の10倍、アメリカとの比較でも5倍いることになるんです。まあ、その技術であっても、中国は日本ほどビルドクオリティが高くないから、結果的に信用されないわけですけどね。」

「年齢じゃないって言葉は、我々の世代ではピンとこないですけど、日本のベンチャービジネスでも、高校生や中学生が起業している時代ですもんね。」

「彼らはまさに学歴で戦っていない。己の技術で戦っている。ますます学歴はいらなくなるってわけですか。」

「ただ、彼らを持ってしても、経営者の目線は若くして得ることは出来ない。ブレーンがいないから、日本のベンチャービジネスはどこか怪しさをはらみ、ただの資金稼ぎにしか見えなくなっている。資本金こそ最低であっても、事業拡大するために融資の申し込みをしようとする。しかし、若くして起業したがゆえに経営戦略などないから事業計画書が書けないし、さらにその本人はただその領域で仕事ができればいいだけ。そこにお金の匂いを嗅ぎつけるコンサルタントという、実体のない真偽すら怪しい連中がお金稼ぎに取り付いてくるわけです。ま、若くして起業し、資金繰りが悪化してサラリーマンになるのも、僕は能力を発揮するうえでは重要になると思いますけどね。中途採用は、職歴が重要ですから。」

「......こうなると、学歴というものは、本当に無意味なのかもしれないですね。」

「無意味なことはないです。日本では、学歴はまず信用を勝ちうる実績になります。さらに卒業時に就職先を探すうえで、重要な要素となる。今の人事は、新卒には期待していない一方で、一度入社させてしまったあとは、人材流出を恐れている。ようやく日本も労働力の使い捨てから脱却出来るかもってところに来ていると思います。妻の会社がそのような感じですね。まあ、その日ぐらしの僕みたいなIT系では、まったく通用しませんけどね。」


「......なんか、ふとした疑問だけで、あなたが色々話すのを聞いていると、時代の流れにうまく合わせて生きているんだなって思えちゃいますね。」

「ね、伊達じゃないんですよ。こういう話がしたくなる人なんです。わざわざご足労いただいて、ウチの社内に理解者を少しでも増やしておきたいと思ったのも納得出来るでしょ?」

「本当に営業向きじゃないってことを理解出来ましたよ。営業では、こんなに他分野の話を色々かいつまんで言語化できない、そして見事に納得させられてしまう。なんで、社内SEをやっているんですか?」

「僕はそんなに出来た人間ではないんです。そして、知識と経験の積み重ねを得ても、僕にはまだ知りたい世界がある。けど、その世界よりも日常に幸せがある。だから、日々社内SEという名目ですが、不出来な営業の手伝いをさせられつつ、妻と娘との生活を生きていることだけで、十分満足なんです。娘と一緒です。」

「最後はのろけですか。でも、幸せという物差しは、人間が生きるうえで重要ですからね。我々も、そんな人が取引相手になってくれているというのは、実に強いと思える。」

「そうですね。...さんがめちゃくちゃ推してくるから、どんな人かって試しちゃいましたけど、あの行為ですら、お恥ずかしく思える。」

「いやいや、自社の長年の同僚が『コイツめちゃくちゃ信用出来るやつだから』って、昔のヤンキーとか、族のような信用のさせかたですから。そこを慎重に捉えてもらえただけで、僕は信用に足る人間だと思っていただきました?」

「......総務部って、出張は誰に承認を得ればいいんでしたっけ?...さんだけ同行するのは、なんかずるい気がしますよ。」

「役得だって思ってくださいな。それに、まだまだこれからタフな交渉があるでしょ?会社にどうやってこの不始末を報告して、改めて予算を出されるか。口頭ベースで話がついてるとは言え、書面化しないと許されないでしょ?」

「やっぱり複雑な気持ちですね。あなたの人となりを知れた引き換えが、不履行となった契約の報告と、来年度予算の獲得ですからね。さて、どうしたものか。」

「僕はさすがにそこまで知恵は回りませんよ?」

「御社は御社で、人が一人クビになる世界なんでしょ?むしろ、彼のケアに回ってあげるべきでは?」

「めんどくさいです。それに、会社ぐるみで隠蔽と偽装を行った事実は変わりません。被害者であり、加害者の責任を両方背負っている。だから、僕はあなた方に、会社を代表して謝罪し、御社の好意に甘えることが出来た。ラッキーだっただけです。まあ、僕がこの場で話していないのであれば、僕は来週あたり、職探しをしてたでしょうね。」

「規模が釣り合っていないって話でしたよね。御社との直取引は、会社間では非常に厳しい。ああ、そこも口頭ベースだったな、どうしよう。」

「ははは、総務部ってのは大変ですな。私が技術部の調達課をやりながら、オペレーターを育ててるほうが、よほど気が楽ですよ。」

「あ、じゃあ人事に掛け合って、...さんに辞令を出させますよ。総務部にようこそってね。」

「それは本当に勘弁していただきたい。比較的自由な立場ですし、後進が育ってきている今だから許される行為だと思って、あと数年は見逃してくださいよ。」

「ボンゴを取り上げましょうか?自由に動けなくなる。」

「その時は経費でレンタカーを借りますよ。」

「あの、お二人は、お願いですから、納品が終わって、保証期間内まではお辞めにならないでください。僕の目が届かなくなったら、彼らは何をするか分かりませんから。」

「十分、会社を背負って来てる人の発言ですな。さっきも言った通り、定年どころか、嘱託の定年まで、我々はここにいるつもりです。」

「え、そうなんですか?私はある程度ケリがついて、退職したら福山に帰ろうと思ってたんですけど。」

「僕は新幹線に乗ってきてますけど、地味に広島から遠いですよね。おまけに福山って、どうしても岡山寄りの経済圏ですし。」

「...ポンとそういう発言が出来ちゃう頭の構造、見せてもらいたいです。まあ、娘次第ですよ。あの子がここで暮らしたいというなら、そのときは家族で検討する。なんだかんだで今の家も25年前に買ってますしね。ローンもあと10年か。」

「長いようで、あっという間に過ぎるんでしょうね。我々、60代で嘱託社員になれてるかな?」



つづく

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