Life 144 僕は何者なのか?
結局、呉のシステム会社が導入予定だった250台のPC発注は、現状、この広島の工場の敷地に置かれた100台で打ち止めとなった。
すでに前回話を付けているが、予め250台分の代金が呉のシステム会社からうちの会社に支払われていた問題は、発注元の一声で全て白紙となり、契約は破棄された。
で、うちの会社はというと、納品した100台分の金額を、発注元より改めて受注され、受け取ることになった。これは直取引なので、利益がいくらか知らないが、当時の契約時の金額になるらしい。
そして残りの150台は、僕と、当初より作業スペースが確保されていた四国側の今治にあるシステム会社で契約書を交わすこととなった。金額は今の相場。そう、僕がフロントマンになっているのである。そして、今後は僕とだけしか契約しないと言い始めた。気楽にドロップアウトすることができない立場になってしまったのである。
「で、会社にはどう報告する?」
「どうすればいいんですかね?私も困惑してます。」
「ぶっちゃけ、僕はこの仕事を降りたいけど、どうも僕を御指名らしいし、今後定期的に広島に来ることになると考えると、本格的に手当が必要だよね。」
「そうじゃないです。この件、私は社長にどうやって報告したらいいんですか?」
「どうしたらって...。う~ん、先方がそう言ってきてるとしか言えないと思う。僕だって横取りしたとは思っていないし、そもそもに営業ではないんだから、別に案件に固執するようなことは考えていない。だけど、あんまり言いたくないけど、僕との違いがあるとすれば、向こうに信用されたかどうかだと思う。素直に言うしかないよ。」
「私の売上は消えるんですか?私、クビですか?」
「あんさ、そういうところなんだよ。今回、僕は素直に相手側に事実関係を認めて謝罪した。対して、君はやれお金だ、やれ契約だと、どこか責任逃れをしていた。僕は営業ではないから、お金のことも契約のことも今になって知ることばっかりだった。それを僕に隠してたんじゃないの?クビとかそういう話じゃなくて、現実としてどうなのか?を知らせなかった君の責任だよ。」
「......そうかもしれないです。」
「事実だろ?じゃあ、必死に君が結んだ契約を死守するように動いた?動けなかったから、僕が説得をした。違う?」
説得なんかしてないんだよね。要は、僕の信用値が、彼らの信用値を上回ったから、僕が呼び出されただけって話だ。双方ともにデメリットはないが、彼の立場と、ウチの社長の判断だけが問題ってだけ。そして、赤字を被ることなく、ギリギリながら利益は出る。それだけで任務としては十分全うした。彼に関しては、僕はどうすることもできない。
「...家族になんて言えばいいんですかね?」
「家族の心配よりも取引結果を社長に報告することを優先しなさいよ。」
思わず怒鳴ってしまった。彼の母国の人間であっても、上の人間は責任逃れなどはしない。まあ、彼が信用されない理由がよくわかるって話か。
「というわけなんですよね。」
「とりあえず、あなたと取引したいっていうのであれば、もうそうするしかないですよね。」
「んじゃ、出張手当。実費のほかに、いくらか上乗せしてください。利益率を考えると、それぐらいしか要求できないですよ。」
「赤字を出さなかっただけ、あなたに感謝してます。本当に営業しません?」
「しませんよ。捕まえてきた同志の見る目をもっと養ってください。あ、彼、ずっとクビにされるって怯えてますから。」
「......面目ないです。やっぱり、営業にしっかりとした日本人を入れるべきですかね?」
「入れるべきでしょ?営業より社内SEが交渉事で上回っている商社なんてあるわけないでしょ?」
相変わらずのんきな社長だよなぁ。ま、これだけゆるければ、僕は十分なんだけどな。
「面白い会社ですね?」
「笑い事じゃないです。大体、御社みたいな超大手と、ウチの会社みたいなのが取引しているって事実に、僕は驚きしかないです。」
「とは言え、彼がきっかけで、我々が知り合えたと考えれば、比較的気が楽だったりします?」
「事実を言いましょうか?僕はこの立場から降りたいです。ただ、任せられる営業が、弊社の代表を含めて、誰もできないないから、僕がやるしかないと思っています。」
「その責任感があなたの強さであり、弱点でもありますね。あ、私は大歓迎ですけどね。」
「ま、こればっかりは仕方がないです。せめて、毎回グリーン車なり、来年から出来る個室だったりで移動出来たらいいんですけどね。」
「なんなら、広島空港までお迎えに上がりますよ?」
「毎回羽田で搭乗検査を受けて、わざわざ1時間半掛けて迎えに来てもらうより、広島駅で待ち合わせしたほうが効率的ですよ。自宅から羽田だって90分かかるんですから」
「弊社は昔の広島西空港に近かったんですけどね。残ってれば、快適だったでしょうに。」
「......飛行機、嫌いなんですよ。あのふわっと上がる感じ。人間の動きにないじゃないですか?」
「なんとなく理解できます。とは言え、今後は今治にも行きますからね。場合によっては松山ですかね?」
「...来るんですか?」
「責任者なんですよ。当然じゃないですか。」
「まいったなぁ。本当に逃げ場を塞いでくるんですね。」
「弊社は形式上、間の会社を挟みますけど、実質的にあなたと契約するようなものです。御社との契約に、あなたを名指しで入れましたから。その代わり、私も同行する。まあ、中年同士ですし、仕事そこそこで楽しみましょう。」
「...会社、辞めないでくださいよ。僕は担当者が変わったら、一切かかわりは持ちませんから。」
「女房に尻を叩かれる生活ですから、その点は安心を。あ、ようやく出てきましたね。」
「いやぁ、すみません。ちょっと、色々ごねられてしまって、エキサイトしちゃいましたよ。」
呉のシステム会社も気の毒というか。いや、そもそもに訳のわからない契約書を後出しするような会社だから、そりゃ相手にするほうも大変か。
「飛行機は嫌なんですって。一応、旅費見積もりをグリーン車の料金にして、稟議を通してもらえます?」
「それは無理です。でも、諸経費ってことで上乗せなら大丈夫ですかね。あ、2食は我々のほうで負担するんで、新幹線の中でおつまみでも食べながら、お酒でも飲んでください。」
「さっきいいましたけど、僕はお酒を飲まないんですよ。本当に大丈夫ですか?経費の私的流用にあたりますよ?」
「しっかりしてらっしゃるなぁ。接待費ですから、安心してください。で、どこに行きます?」
「う~ん、代行頼めるところがいいですけどね。お住まいって海田のあたりでしたっけ?」
「ああ、タクシーか終電で海田市まで行ければ大丈夫です。...さんは大町のほうでしょ?」
「それじゃ、駅前あたりにしておきましょうか。今回もホテルは駅の近くですか?」
「なんでしたっけ?前回も止まった地元のビジネスホテルっぽい場所です。」
「あの辺ならなんでもありますし、まあ、好きに飲み食いしましょう。我々も色々頼みますから。」
「22時までならお付き合いします。残念ですが、明日は午後から代表に呼び出しを受けていますので。」
「「「カンパーイ」」」
結局こうなったわけだった。まあ、流れ的にもね。仕方ないというか。
「毎度ですけど、徹底して一人ですね。」
「何度も言いますけど、引きこもりですから。」
「引きこもりの方が、ボロクソに自社の社員を怒鳴る。社外でやる人がいるんですね。」
「お恥ずかしいです。本来、ああいったミスを注意する時は、本人のプライドをある程度尊重しなければいけないと感じて、だいたい裏に呼び出すんですけど、ここだと呼び出せる場所もないですし。挙句、そんなにクビが怖いなら、なぜ契約書通りのことが出来なかったのか?という話に行き着く。隣の国の営業とはいえ、日本以上に契約社会、汚職や賄賂はあるにせよ、契約が守れないことには信用されません。あ、海外に投資して、国家プロジェクトを潰してる国だからそうでもないのかな?」
「恨みでもあるんですか?」
「恨みはないですし、むしろ中国という国の技術を買っている。技術者として、あの国はまだまだシリコンバレーのような一攫千金を見られる土壌があるんです。もうお二人も忘れてるかも知れませんが、例えばスマートフォンの世界、ファーウェイは今でも中国市場では高いシェアがあって、自社で半導体工場を持っている。ファブレスメーカーであるAppleが脅威に感じるのも無理ないと思いますよ。」
「耳の痛い話ですね。技術者の中国への流失もたまに聞きますし、なにより日本は内需だけでは生きていけない市場規模ですから。ウチの会社でも、結局瀬戸内海を挟んで広島と今治に工場を持っているとは言え、8割は輸出です。円安と原料高のダブルパンチが効いている感じです。」
「あ、今回、接待費は1万5000円ぐらいしか出ないですからね。...さん、奥様と二人で暮らしてるのに、禁酒でもさせられてるんですか?」
「ビールが発泡酒になって、今度はどうしようかなって感じです。まあ、生が1杯600円。東京だと1杯で1000円超えるんでしょ?」
「あると思いますよ。妻に聞いてみましょうか?」
「えっ、奥様のほうがお酒を飲む家庭なんですか?」
「あいにく、僕と妻は晩婚でして、まだ4年目なんです。お互いの生活が出来た中で結婚してますから、マイペースに生きていられるんです。」
「ふ~ん。で、それをあなたが可愛い後輩に奢ってるんだ?」
「なによ、あなただって広島でおいしいお酒を飲んでるんでしょ?お互い様よ。」
「お生憎様。僕は明日朝イチの新幹線で東京に戻らなきゃいけない。それに、滅多なことでお酒は飲まないのを知ってるでしょ?」
「......明日は、定時退社して待ってる。」
「その前に家に帰ってると思うよ。それじゃ。」
「初々しいというか、若いというか。43でしたっけ?」
「ああ、44歳になったんですよ。44歳児ってやつです。」
「えっ、44歳?私、てっきり30代かと思っていました。」
「18歳の時に、35歳だって言われたことがあるんですよ。そこから何も進歩していないってことです。気づけば44歳ですか。」
「あ、どうせだから、奥様の自慢でもしてくださいよ。あんなに仲睦まじい会話、久々に聞きましたよ。どこかの高校生みたいですよ。」
「高校生ですか......、まあ、あながち間違ってないんですよね。これが、今のウチの妻です。」
最近、後輩さんが来た時に、なんかツーショットを撮られたんだよなぁ。それを僕に送ってくるんだよね。
「......お金で買ってます?」
「...やっぱりそう見えますよね。彼女、正真正銘の43歳。今の会社に勤続21年目。人事部長をやってます。一家の大黒柱ですね。で、娘がこれです。」
「晩婚ってことは連れ子ですか?奥様にそっくり、いや、奥様より年上に見える。」
「来年就職するんです。この娘は色々あって高卒認定を取ったうえで、大学に通っています。就職先もある程度固まったんで、安心はしてます。」
「...さんの息子さん、東京で仕事してましたよね?」
「まあ、それなりにやってるみたいですよ。息子は息子で、しっかり家庭を持ってほしいとは思いますけどね。」
「東京で22年暮らして、中学の同級生と結婚している僕がいう話ではないですけど、案外出会いは多くとも、目移りする世界ですから。人口密度の問題ですよ。」
「たまに聞きますね。地方ほど結婚適齢期に身を固めるって。あれ、それでは、奥様とは何の縁で再会されたんですか?」
「ちょっと諸事情あって、娘...一応娘なんですけど、妻の妹になるんです。20歳離れた妹。そっくりなのもそういう理由です。」
「お二人のご両親はどうしたんですか?普通ならそんなことはないと思うんですけど。」
「2度失踪しています。妻を17歳まで育てて失踪、そして娘もなぜか17歳まで育てた時に失踪しているんです」
嘘は言ってない。事実、同じタイミングで二人は両親がいなくなっているのだから。
「そんなことあるんですか?それに、娘さんは高齢出産ですよね?」
「聞いたことなかったなぁ。多分、今の妻ぐらいの年齢だと思います。」
「しかし...奥様は何者なんですか?東京では40代でもこんなに美しい方がいらっしゃるんですか?」
「いやいや、路面電車に乗ってると、綺麗な方も多いですよ。」
「それは本物の20代のお嬢さんでしょ?本当に、お金で買ってません?」
「......買ってたら、娘がいますか?」
「冗談ですよ。不思議なことがあるもんですね。これじゃ、ウチの娘と見た目が変わりませんよ。」
「そういえば、娘さんは大学受験でしたっけ?どこの大学へ行くんですか?」
「広島大学に絞ったみたいですね。でも、あんな山奥、どうやって通うんだか?」
「すぐに免許を取って、クルマを買って上げるまでがセットですな。」
「しかし、今は国立大はいいとしても、私立大なんかはやっていけてるんでしょうかね?」
「地方では私立の学校が一貫校のように小中高一貫教育から、ダイレクトに大学に行けるような仕組みを作っています。慶應義塾大学みたいなもんですよ。だけど、そこまでお金が持ちませんね。」
「うちの息子みたいに東京の大学に行きたいとワガママを言ったのも、そういう理由なんでしょうね。広島は大手企業、ましてここはマツダの城下町ですし、雇用はある程度あります。しかし、私の住んでいる大町ってギリギリ広島の市街地に近い部分だと、もう車社会ですよ。それでもマツダ様々とも言えますけどね。」
「あれ、そう言えば可部線でしたっけ?数年前に廃止した区間を再整備したって。」
「......どこからそういう情報を持ってくるんですか?まあ、もともと広島との結びつきが強い地域でしたし、海田や呉もそうですけど、雇用はありつつ、広島のベッドタウンの側面もある。だから意外に広島都市圏って広いんですよね。って、本当にPCの卸売をやっている会社の社内SEなんですか?地域学や都市機能の話なんかも出来てますよ?」
「不思議な方なんですよ。私のクルマに関する話題も全部拾える。それでいて、自分はIT技術者だっていうんだから、末恐ろしい存在ですよ。」
「もともと出張族だったんです。今の会社でのうのうと生きている。御社には失礼かもしれませんが、僕には大きな会社で縛られ、自殺しようとした過去もありますし、今でも半分うつ病のような状態です。あ、これはナイショにしておいてくださいね。そういう人間は、常に何かしらの知識を得ることで、自分を保ちながら、ゆっくりとライフワークバランスを整える必要があった。そのときに興味がありそうなことを片っ端から調べたり、知識を得たりして、出張でこうやって訳のわからない話をするんです。」
「失礼ですけど、そういった大学のご出身?」
「世の中で一番使えない経済学部出身です。だからなんでしょうね。最初はPCで飯を食えればよかった。けど、飯を食うためにはシステムを作らなければいけなくなった、そしてそのシステムを使う人はどうやって働いていて、どういうシステムを求めているのか、ニーズを汲み取るようになった。そうやって、様々な職業の業務フローを得て来た。単なる興味を仕事につなげる必要があった。僕は幸せなことに、それが噛み合って仕事が出来ていた。まあ、それも1回のうつ病ですべて台無しになり、そこからは先程の通り、いらない知識だけをなんとなくうる覚えしながら、こういった話が出来てしまえるようになってしまった。不思議なもんです。」
「......人間の進化を聞いているような気分になりますね。連れ子とは言え、娘さんに好かれるでしょう。」
「あの娘はもっと僕より理路整然と話が出来ます。足りないのはこういう話が出来ないことぐらいです。僕は、連れ子とはいえ、あの娘が僕の進んでいった、壊れる結末になってほしくないんです。理論的な女性は思想とくっつきやすい。フェミニストであれば厄介ですが、今の彼女は、就職先で、聞いたことのないポストを用意されている。それに向けて、まだ勉強しているといいます。素直で真面目な娘だから、親として幸せになって...というんですえけど、僕と妻と三人で暮らしていることが一番幸せなんですって。」
「ははは、こりゃ、当面浮いた話は出そうにないですな。」
「今どきめずらしい娘さんですね。私は娘と口を聞かない日だってあるぐらいですし。」
「あの娘は、両親が失踪し、さらに妻の場合とは異なった複雑な経緯で僕が引き取ることになったんです。それで最初は僕に恋心を抱いていたぐらいですしね。でも、やっぱり僕にとっては娘なんです。ま、ウチは僕は結局家事をすべてやってますし、今の会社もパート感覚。だけどこうやって広島に来ているというわけです。ご理解いただけました?」
「「いや、全く理解出来ませんが」」
つづく




