Life EX6-1 妻の場合1
「いた、やっと見つけた。会いに来た。卒業おめでとう。」
翌日には自分の卒業式があるというのに、僕は彼女の高校を調べだし、3年前のあの約束を守るために、迎えに来た。校門の前に、他校の制服を着ているやつがいるってだけで、アウトな光景だろう。
「うそ、ホントに...来てくれたんだ。ありがとう。」
彼女は、気恥ずかしそうに僕を見ていた。そして、なにか決心をしたみたい。
「あの時の約束。私とお付き合いしてください。3年間、待たせてごめんなさい。」
「うん、待ってた。ようやく、君と恋人になれる。ずっと好きだった。もう、絶対に離さないから。」
18歳の春、僕は約束を守った。自宅しか連絡先を知らないから、この3年間は一回も連絡を取らなかった。お互いに大学に行けること、一緒に上京すること、すべてに笑いあった。
それから10年の月日が経った。僕と彼女は24歳で結婚した。まあ、正確には授かり婚ってやつ。今の僕は、大学の研究員として、日本の地理と文化に関連する研究をしている。家に帰れば、4歳の子供の父親。ゾッとする。
「パパ、おかえりなさい。」
「うん、ただいま。ママは?」
「お風呂掃除してる。今日はパパと一緒にお風呂入る。」
「そうしようか。それじゃ、ママにただいま、してくるね。」
お風呂のドアを開けると、シャワーを流したまま、座って泣いていた彼女がいた。
「えっ、どうしたの?」
その表情には悲壮感が漂っていた。どこか、虚ろな目をしていた。
「ごめんなさい...二人目、流れちゃった...。」
シャワーを止めて、妻の濡れた服を脱がせる。泣いている妻すら愛おしいと思う僕がいる。
「...まだ僕らは若いから大丈夫だよ。女の子、産みたいって言ってたでしょ?」
「......私、産めるかな?妊活しないと駄目かな?」
「あの子の両親は僕らだろう。だから、二人目も一緒に子育てする。さすがに三人目は、ちょっと僕らの稼ぎでは厳しいかな。」
「うん、ありがとう。」
バスタオルを差し出したものの、透けている下着から見える身体に、思わずいやらしさを感じてしまった。
本当ならば包んで上げられるのが夫なのだと思う。でもまだ20代。やっぱり身体が反応してしまう。きっと、こういうシチュエーションがそうさせてしまう。
息子が寝付いた頃、息子を挟んで、僕らはさっきのことを話し始めた。
「気づかなくてごめん。」
「いいの。私も頑張りすぎちゃった。幸い、まだ4週目だったし、授かった子には申し訳ないけど、私の身体の負担はなんとか最小限に抑えられた。きっと、守ってくれたんだと思う。」
「......いつも、辛い役回りは君にさせてる。謝るしか出来ないことが情けない。」
「あの子が可愛いから私達は頑張れる。でも、やっぱり若いうちに兄妹にしてあげたいね。」
「そうだね。僕も...なんでもない。」
「どうしたの?私に気を使って言えない?」
「うん...、言ったら、僕らが崩れちゃいそうな気がして。」
「私達はそんなに弱い関係じゃないでしょ?」
「...そっか。研究者じゃ、食べていけないのね。」
「ここまでかなって思ってる。でも、研究者として受け入れてくれる場所を探しながら、当面は塾講師をしようかなって。誘われてるんだ。」
「うん...私は信じてる。君があの子と私に同じ景色を見せてくれる日が来るって。その時は、4人だったらいいね。」
「...そろそろ寝よう。明日も早いし、その...なんか、こういう時に言うのはよくないんだけど...。このままだとしちゃいそうで...。」
「......いいよ。私も抱いて欲しい。...この2か月間、私は君に抱かれたかっただけかもしれない。そんな気持ちも汲み取られてそう。」
頑なに守っているミディアムボブを可愛く揺らす今の彼女は、最初に身体を合わせた時から女性らしく成長し、でも、どこかあの頃のままの空気があった。全体的にスラッとしたまま、ふっくらと柔らかい印象。地味な印象だった顔は表情に応じてコロコロ変わる。無邪気な少女のような表情をすれば、息子をきちんと叱る母親の顔も出来る。そして、今目の前にいる彼女は、流産したとは思えないほど、誘う表情だった。
「......どうしたの?」
「綺麗だなと思って。なんで、こんな人が、僕の妻なのかなって。」
「いつまでも君と一緒にいたいから、私がそばにいるだけ。私も、君に愛されてると思ってるし、あの子と今を生きてることが幸せ。」
暗い中、彼女のが薄明かりに照らされる。こんな時でもいやらしく見える唇。デコルテラインは滑らかに反射し、パジャマの胸元には寝てても分かるほどふっくらとした膨らみを蓄えている。
「ここですると、この子が起きちゃう。続きは、お風呂でしましょう。」
「うん...、静かに出来ればいいんだけどね。君は声が大きいんだよなぁ。反応は嬉しいけどね。」
しかし、意外と僕たちの子供は、その後出来なかった。大きい声で言えないけど、ゴムを付けることもせず、二人で妊活すらした。産婦人科の先生からは、こればっかりは運だと言われてしまった。32歳、今でも妻を抱く生活は続いている。不思議と円熟味が増しているというか、妻を抱けば抱くほど、僕は妻を好きになってしまう。凛とした彼女が、普段は綺麗に揃えたミディアムボブを目の前でフワフワと揺らして乱れ、艶っぽく喘ぐ姿に、年々惹かれてしまう。
「相変わらず、変にいやらしいわよね。」
「いやらしいって言われるのは心外かな。君のほうがよほどいやらしい。」
「それでもいやらしいわよ。だいたい、今日だって平日なのよ。明日も二人揃って仕事じゃないの。」
「そう言いながら、なんで嬉しそうな顔してるわけ?気持ちよかったんでしょ?」
「言いくるめられるのがずるいのよ。そのうえで、またお風呂でしちゃうんだから。」
「......自分でも不思議なことがある。若いうちのセックスって、なんか作業のような感じがしてた。あの頃って、二人でどうやったら気持ちよくなれるかって、結構考えてたよね。」
「私もよく分からなかったのよ。今と違って、身体の全身が愛されてるって思いに満たされるような感じが、あの頃はなかったわ。でも、あの子を産んで、子育てをしているうちに、どこかで疲れていることを隠してたのかもしれない。」
「そんな中で、僕に付き合わせてしまってたんだね。ごめん。」
「付き合わせてたのは、私のほう。今は、もう二人目を完全に諦めてるけど、その分あの子にも、君にも優しく出来ている気がするの。それに、お金がかかる時期になってきたけど、あの子にはやりたいことをやらせてあげたいなって思ってる。君は、もう好き勝手に生きてくれていいかな。」
「相変わらず、僕には辛辣。」
「でも、好き勝手に生きてもらえるから、私は同じ景色を見たいと思える。今の君が、地理学や社会学を学びながら、いろいろな土地を巡っているけど、私も許されるなら、一緒についていきたいって思うもの。」
「学問はお金にならないんだよなぁ。一応、小さいとは言え研究所の職員として生活してる身、妻である君のほうが稼ぎが多いことは、やっぱり気になるよ。」
「当たり前じゃないの。私は大企業で勤続10年、大卒に比べて、毎年のようにベースアップもされてるし、仕事も覚えてきた。子育てもしてるし、君にも愛されてる。女として充実してて、お金ももらえる。こんなおいしい立場はないわよ。」
「じゃあ、喜んでもらえるうちが華かな。シャワーを浴びながら、もう一回、いい?」
「一回だけでいいの?3回ぐらいする?」
「......そこまで頑張れるかな?」
別の日、息子とお風呂に入ってると、色々話をしてきた。
「ねえ、パパ。」
「ん?どうしたの?」
「パパとママって、夜、裸で何してるの?」
「教えていいのかな?本当は、君の兄弟を産むために色々してるんだ。兄弟がいたら、嬉しい?」
「嬉しいけど、僕は8歳だよ?なんか、弟や妹がいたら、パパとママが離れていっちゃいそうで怖い。」
一人っ子らしい答えなのかもしれない。確かに、この子だけだから、僕たちの生活は充実しているのかもしれない。まあ、授かり婚だったからには、授かりものだし、そのときはそのときか...。
「でもね、どうせなら、弟が欲しい。パパは色々詳しいけど、なんか学校の授業みたいなんだよね。」
「ごめんね。どうしても研究者って職業だからさ、学校の先生みたいになっちゃうね。もっと、君にもわかるように話すよ。」
「でさ、パパ、お願いがあるんだけど...。」
「......どうせ、ママにお小遣いをおねだりして、断られたんだろ。何に使うの?」
「ゲームが欲しい。3DSのモンハンがやりたいんだよね。」
「う~ん、モンハンか。パパがPSPじゃなければと思ったけどさ、まあ、ちょっとママと相談して、買ってもらえるようにする。でも、今年はずっとモンハンやる感じになると思うよ?」
「大人になると、ゲームって買い放題になる?」
「買い放題って言うほど買えるわけじゃないけど、ゲームで遊べる時間が少ないかな。君が友達とゲームで遊んでいる時間、僕らは働いてるからね。君が2時間遊べたら、僕は30分ぐらいかな?」
「もっと遊んでるのかと思ってた。僕が早く寝るのに、二人が遅くまで起きてるから、大人なら夜ふかしして遊んでるのかなって思ってた。」
「次の日に寝不足で仕事にならない日もあるよ。子供のうちから、そういうことを覚えちゃいけない。でも、パパは夜ふかししてても、君が次の日に学校に行ってくれるなら、別に夜中までゲームをやっててもいいと思ってるよ。」
「ママ、きちんとしててすごいよね。」
「綺麗なママで嬉しい?」
「嬉しい。友達のママも綺麗だけど、ママってずっと変わってない気がする。」
「パパもそう思うよ。ママと会ってから、もう15年以上経つけど、今のママは、一番綺麗だと思う。」
「パパは、ママのこと好き?」
「ママが嫌いって言っても、パパはママのこと、ずっと好きだろうなぁ。そのうち、君もママを守れるようになったり、ママを支えられるようになった時、ママを好きでいてくれると嬉しいな。」
「......ママ、ああ見えて、クラスの女子みたいなこと、言う時あるよね?」
「気持ちが若いんだろう。僕も見習わなきゃダメだね。さ、そろそろ上がろう。その可愛いママが待ってるよ。」
「夜中に裸で何してるの?って聞かれるなんて、この子も大きくなったのね。」
「息子が隣で寝てるのに、僕らは裸でしてるんだけどね。しかし、いい加減、空き部屋をこの子の部屋とかにしなくてもいいのかな?」
「あなたはどれぐらいから自分の部屋って与えられてたの?」
「う~ん、僕は10歳ぐらいかな。部屋というより、押し入れで寝てた。夏は地獄、冬も地獄ってね。」
「ドラえもんじゃないの。それって、部屋って言えるのかしら?」
「パーソナルスペースとして与えられた空間って意味での自室は、ほぼ1畳分の押し入れが最初。夜な夜な深夜ラジオを聞こうとすると、電波が入らなくてさ。」
「あら、私が好きになってた頃って、もう深夜ラジオの話をしてたじゃないの。」
「その頃はちゃんとした部屋があった。だいたい、父方の両親とも同居してたから、絶対的な部屋数が少なくてさ、増築したぐらいだから。」
「今のあなたの部屋って、増築部分だったのね。あそこも物置みたいになってるけど。」
「3人で泊まるには少し小さい部屋だよね。ま、二人はベッドで寝てくれれば、僕はどこでも大丈夫だよ。」
「そうなると、そろそろこの子にも自分の部屋があったほうがいいわよね。」
「まあ、君の喘ぐ声が息子にとって悪影響かもしれないしね。」
「なによ、この子だって、そのうち彼女と付き合うようになったら、相手の声を聞くことになるのよ。下手にAVを盗み見るより、親のエッチでも見せたほうがいいんじゃない?」
「......冗談だよね?」
「声ぐらいは許容って感じよ。でも、さすがに週2回も聞かせてたら、勝手に検索して、エッチな動画とか見ちゃいそう。」
「どっちがいいか分からないけど...。ま、でも、息子にそろそろ部屋を与えるのはいいと思う。そういうエッチな動画を見た時、男子は悶々としちゃうしね。」
「あなたがそれを言うんだ。悶々として襲われちゃってるのね。性的DVで訴えて上げましょうか?」
「イヤ?」
「嫌だったら、とっくに離婚してる。そうしてもらえることが嬉しい。やっぱり、私は母親だけど、あなたを愛する一人の女でありたいのよ。」
「嬉しい告白。僕はずっと君を一人の女として見続けてるけどね。なんか、母親って感じより、ずっとしっくりくる。」
「変態よね。」
「なんでだろうね。母親として、息子を叱りつけてる君を見てると、なんか自分が君に怒られてる感じがしちゃったりするし、頭が上がらないだけなのかも。」
「はぁ~。私があこがれた、あなたと同じ景色って、こういうことだったのかもね。お互い、親になりきれない男女の目線。」
「それは、きっと別の話だよ。それに、旅行に行って、三人で同じ景色を眺めるだろ?それも同じ景色だと思うよ?」
「分かってないわね。あなたと同じ景色を見るってことは、あなたと同じ感覚、同じ考えで見るってことなの。だから、私には一生見ることは出来ない。でもね、限りなくあなたと同じ感覚、同じ考えで、同じ景色を見ているとすれば、それはお互いの姿なのかなって。」
「君、研究者向きだよ。心理学者にでもなったら?」
「おあいにくさま。私は、あなたの妻で、この子の母親、そして会社で仕事をしている生活のほうが、ずっと幸せなの。」
「......幸せとは、難しいものだね。」
「ん~、でも、あなたとこうやって抱き合ってピロートークしていることも幸せよ。」
つづく




