Life EX5-2 彼女の場合 その2
「ただいま。あれ、今日は早かったんだ?」
「僕?まあ、自転車で15分だし、定時で上がれれば、この時間だよ。夕飯作る?」
「うん、お願いする。」
僕らは大学を卒業し、僕は下宿の近くにあった地元の工場に就職した。それほど大きな工場ではないけど、先輩に聞きながら産業用のシステムのメンテナンスなど、OA周りを担当していた。
彼女は1年遅れて卒業。そしてそのままバイトだったコミュニティ誌の会社に正社員登用された。
お互いに正社員とは言え、二人合わせても手元に残るお金は20万ちょい。仕送りをもらっていたときよりひどい生活になっていた。
それでも、二人で生活していると、なんだか気分は暗くならない。
毎日が淡々と過ぎている気もするが、僕にとってはそれでいいと思っている。彼女は彼女で変則的な時間勤務になることが多いけど、土日祝はだいたい休みだった。だから、二人でいる休日が楽しかった。
「ねぇ、カレカノの新刊って買ったんだっけ?」
「買った記憶はあるんだけど、どこにあったかな...。あとで探そう。」
「......一緒のベッドに寝てるけど、生活スペースがギリギリになってきたよね。」
「どうしようか。あと1年したら、引っ越しする?」
「近くの物件、調べてみよう。私も会社の人のつてを辿ってみる。」
「僕も聞いてみるかな...。地元の人のほうがそういうのは知ってそうだ。」
そう言えば、二人が大学を卒業したあと、すぐに入籍しようという話は少し取りやめにしている。
一つは住民票の問題。未だに移動手続きをしていないけど、僕らの夢の終着点は、きっと彼女の故郷、宇都宮になる。彼女の両親の手前、流石に婿養子として彼女の家に戸籍上厄介になるのは避けたかった。
もう一つは、授かりものではあるが、子供の問題だ。妊娠しているわけではないが、それが近い将来の話になる。その時、一時的に住民票をこちらに移す必要があるだろう。要は、二人とも面倒でやっていないだけ。
「ペアリング...。どうも、指輪の文化がないから、違和感ある。」
「私も同じ。アクセサリーって、ネックレスぐらいしかしてなかったから、指輪をしてるとなんか不思議なの」
婚約指輪...は買えなかった。10年待ってと話したら、そのときは結婚指輪だと笑われてしまった。
だから、彼女が大学卒業したあと、二人で休みの時に、アクセサリー店で中性的なペアリングを買った。裏側に、名前のイニシャルを掘ってもらった。イニシャルを掘ってもらう代金のほうが高かったぐらい。
でも、彼女はそれで満足だと言ってくれた。ま、打算的なところがある人だから、お互いのものは最低限、趣味に全振りというところは変わらないままだった。引っ越す必要を感じているのも、そういうところだった。
「漫画部屋だね。」
「うん、段ボールで100個近くあったもんね。途中からキャビネットケースにしまっておいて良かった。」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ...。ま、部屋の中に一部屋だけでも漫画部屋があっていいか。」
「二人で生活するのが、嫌だったりする?」
「もう6年も生活してると、流石に君の行動も分かるし、表情で何を言いたいのかも分かる。わざとそういうことを聞いて、困らせる顔してる。」
「そういう君は、ずっとポーカーフェイス。笑顔は分かるけど、あとは何を考えてるかわからない。」
「そうなのかな?う~ん、僕はこれでもうれしいんだけど。」
「......もっとうれしいって顔をして欲しい。」
「一緒に暮らしてるだけでうれしいのに?」
「そういう問題じゃないもん。意地悪なんだから...。」
新居、引っ越しも済んで、こんなやり取りが出来るほど、僕らは遠慮することなく、お互いにお互いを求め続けていたと思う。
喧嘩はする。例えば、ネギの切り方だったり、ドライヤーの置き場所だったり。そんな些細なことも、喧嘩している最中に、なぜか笑えてきてしまう。あまりにバカバカしいことばかり。
6年も暮らしていて、恥も外聞もだいぶなくなったと思う。それに、婚約同然とは言え、彼女が自慢の恋人で、伴侶だという事実は変わらない。
「で、そんなに自慢している恋人なのは、身体だけ?」
「......いつも違うって言ってるよ。目の前の素肌の君がどんどん魅力的になってるから、僕は怖い。」
「ふふふ、私が、誰かに取られちゃうと思ってくれてる。」
「思わないわけないよ。こんなに優しい身体なのに、寄ってくる男がいないことが不思議。」
「あん、どさくさに胸を触らないでよ。エッチなんだから。君以外と、こんな行為をしたくない。私と君で子供を育てるのも夢。その夢は、君じゃないとダメ。」
「そうだね。しかし、不思議と妊娠しないもんだよね。僕のせい?」
「きっと、今じゃないって言われてるんだよ。私も、今はまだ、君に愛される生活を送りたい。」
フラグだった。思いっきりした後だった。彼女が長男を出産した時、僕らは25歳になっていた。
「なんか、顔つきが変わったよね。私のお父さんみたいな顔つきになってる。」
「そんなことないと思うけど。おっきな子供のままだよ。この子と一緒。」
いつもは手のかかるやんちゃな男の子。あっという間に3歳になった。二人で寝不足になりながら、彼女が愛情を注ぎ、僕が二人を守っている。そんなカッコイイ感じじゃないけど、自然と役割が分かってくるものなんだね。
「いつも言ってるけど、夢だと思っていても、やっぱり弱気になること、私はある。君はそういうこと、ないの?」
「僕も同じかな。でも、二人が笑って暮らせてるうちは、なんとか頑張らないとって思ってる。頑張ることって、幸せなのかな?」
「頑張れば、夢はかなうっていうけど、それが幸せな夢なら、頑張る価値はあると思う。でもね、最近、私が本当に夢見たことが、どんどん遠ざかっている気がする。」
「......それは、まだずっと先の話だよ。少なくとも15年後ぐらいかな?今は、この子が大きくなっていくことを楽しんで、幸せを噛みしめていけばいいんじゃないかな。」
「そう、なのかもしれないね。私はわがままなのかな?」
「わがままだったら、この子がここまで大きくなってないし、もしかしたら僕も呆れるかもよ?」
「ふふふ、そうやって冗談を言ってくれてるうちは、私は愛されてるんだね。たまには、私も愛して欲しい。」
「う~ん、ま、この子が寝てる間に、少しだけ夫婦の生活、しようか。」
気づけば35歳。上の男の子は10歳、下の女の子は7歳。家族4人になって、近くの少し広い部屋に引っ越した。リビングには大量のマンガが並び、普通は夫婦の部屋と子供部屋だったりするはずだけど、僕は上の子、彼女は下の子と同じ部屋で過ごしていた。なんでも、思春期の頃、相談できるのが母親だったかららしい。ま、そういうわけで、僕は息子とバカばっかりやってる。男親は、どうしても息子に悪いことから教えてしまうようだ。
ちなみに、部屋チェンジはしょっちゅうしている。もちろん、夫婦水入らずの部屋になる日もある。だからと言って、両親揃って寝る前に深夜アニメを見ているような家庭だ。棚にはびっしりと今まで買っていた漫画が並び、スカパーでアニメチャンネルを3つ契約している。息子や娘がこの家に友人を呼びを漫画喫茶代わりにする意味もわかるし、帰ってきたらうる覚えのドラゴンボールの話や、ほぼわからないセーラームーンの話を聞かされ、逆にそうなのかと気づく日々。蛙の子は蛙。両親揃って未だに漫画だアニメだなんて言ってるから、そりゃこんな家庭になる。
「そう言えば、お父さんはガンダムって見てるの?」
「僕?カンダムは好きだよ。毎日アニマックスでやってるだろ?」
「俺、ガンダムSEEDってやつしか見たことないけど、急に絵柄が変わったのにガンダムって。」
「ああ、それは最初のガンダムだね。お父さんが生まれるちょっと前に放送されてたから、少なくとも35年以上前のアニメだよ。」
「へぇ~。ガンダムってたくさんあるんだね。俺、ガンプラ欲しい。」
「あとでお母さんに内緒で買いに行こう。もちろん、作ってるのも見つかっちゃダメだよ。」
「...って聞いた。」
「あはは...情報が早いというか。」
息子は口が軽いのか、母親に弱いのか、ま、彼女は子育てに割と厳しい。甘い僕とは大違いだ。
「君のお小遣いで買って上げるんでしょ?」
「そうだけど、もしかして追投資してくれる?」
「その日、仕事なの。ここに書いてあるリストを買ってきて欲しい。」
......なんか、相変わらず漫画収取が趣味というか、読んでる時間があるのだろうか?
「え、予算は?」
「君持ちね。ほら、ガンプラ買ってあげられるぐらいお小遣いに余裕があるんだから、大丈夫だよ。」
「......1冊いくらするんだよ。まあ、月末は、またお弁当作ってくれるなら、いいよ。」
「いいよ。たまには、君にお弁当を作るぐらい、わけないよ。あ、でも、冷食でも許してね。」
彼女、お菓子とかをこだわって作れるくせに、料理は手抜きなんだよなぁ。本当、面白い人。
「そろそろ、栃木に帰ろうか?」
それは息子が15歳、娘が12歳。ちょうど、学校を卒業する時期だった。二人は卒業して、新天地で新しい生活を強いることになる。僕らも40歳になった。都会暮らしもそろそろいいかなと思っていた。
「今の仕事はどうするの?僕は、場合によっては口利きしてもらって、現地の工場に転職することも出来そうだけど。」
「私はもういいかなって。あ、もちろん専業主婦になるつもりじゃなくて、会社を辞めたら、いよいよ夢のためにパートしながら、宇都宮で物件探して、今の貯金で出来る範囲のお店を模索してみる。」
「...いよいよ、本当の夢のために帰るってことか。」
「わからないままお店を出すほど、今の私は無謀じゃないの。昔、君が言ってくれた。地に足を付けてから物事を考えて欲しいって。今の私は、夢見がちな少女じゃなくて、立派な母親になったと自覚してる。」
「......母親か。あんまり実感が沸かない。昔から変わらない。」
「ふふふ、私もおばさんって年齢だよ。知っての通り、こう見えて、私には15歳の息子と12歳の娘がいるんです。」
「それは僕も一緒なんだけどなぁ。」
「相変わらずにぶいよね。私だって、この子達を産んで、それでも君に求められて、娘ににバレてるの、すごく恥ずかしいんだよ。」
「あ、やっぱりバレてたんだ。そろそろあの子達もこういう行為がなんなのか、理解してるんだよね。」
「今の性教育ってコンドームとか配るんだって。でも、12歳でコンドームを配られて、性教育の授業を受けても、私は多分、全くわからなかった。君に愛されてから、初めてコンドームの使い方を知ったもん。」
「男子なんて性教育すら受けてない時代だよ。コンドームの使い方なんて、君と暮らしてからだよ。」
「......ふふっ、なんか、懐かしいね。狭い部屋で、ベッドを並べてたのに、いつの間にか一つのベッドで寝てたっけ。」
「シングルベッドかぁ。シャ乱Qだっけ?ああいう感覚だったんだなって思った。」
「隙あれば、おっぱい触ってたよね?」
「さすがに子供の前で、そういうことは出来ないよ。しかし、なんか君を見てると、どうも熟女って感じがしないんだよなぁ。相変わらず可愛らしいまま。ちゃんと年齢相応に母親の顔をしてるのにね。」
「若く見られてるのも悪くないよ。もう子供達にもバレてるし、親だって気を張らないで、二人でしたい時には、いっぱいしよう。」
「あ、さすがにゴムはつけよう。この年齢で、また子供が生まれたら、君が夢を諦めることになっちゃうしね。」
しかし、世間は一気に自粛ムードへと切り替わる。都会から郊外へと脱出すること自体は悪いことではないと思う。しかし、問題は冷え切った求人だった。
「じゃあ、毎日じいちゃんとばあちゃんに会えるの?」
「うん、当面は間借りするつもり。それで、二人はどうしたい?」
「どうしたいって...、友達と離れるのは正直嫌だけど、これって新しい場所で高校デビューってやつでしょ?モテたらどうしよう?」
「お兄ちゃんはそういうところが変。ラブコメの主人公じゃないんだから。」
「...(娘)は、やっぱり、引っ越したくない?」
「うん。私は中学卒業まで、こっちで暮らしたいかな。でも、お母さんが開く喫茶店が出来たら、私もおじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らしたい。」
「そうだなぁ。う~ん、いっそのこと、3年間だけ別々に暮らすってのもいい方法かもね。」
「私がお兄ちゃんを連れて、君が...(娘)ちゃんといっしょにこっちで暮らすってこと?」
「本当は一緒に都会から脱出したいと思ってる。でも、今は行動自粛が出てるし、この子達も無事卒業出来るかわからない。少なくともお兄ちゃんは大丈夫だけど、...(娘)はどうなるかわからない。」
「あとは、お仕事の問題もあるよね?」
「こういう時期じゃなかったら、転職もうまく出来たと思う。でも、工場のラインにしても、結局は僕らが機械のメンテナンスをしないと、工場は動かない。もう古株になって、僕も一端のオペレーターにはなったつもりだけど、ここ数ヶ月でオペレーターの求人が途端に減った。つまり、Uターンしている人間も増えているってことだよ。」
「そっか...、そうしたら、3年後、今度は本当に栃木に帰る。...(息子)は高校を卒業して、...(娘)は中学卒業。このタイミングで移住するのは?」
「お母さんがいいなら、私はそのほうが嬉しい。お兄ちゃんが高校デビューって言ってたけど、それだけ時間があれば、私も栃木の高校を色々調べられる。」
娘は思った以上にしっかりしている子だった。どこか、僕が現実主義な話をするように、この子も現実を直視出来る力がある。
「そっか、高校デビューはこっちでするんだね。あれ、でも俺、大学進学でこっちに残ることになる?」
「それは気にしなくていいよ。お父さんたちも、バイトしながら大学に通ってたんだ。学費と少しだけ生活費は負担出来る。行きたい大学があるなら、全国どこに行っても構わないよ。」
「言ったな、お父さん。それじゃあ、俺が関西の大学に行きたいって言ってもいいの?」
「具体的な目標でもあるの?」
「......ごめん、出任せだった。」
こういうところが彼女に似ている。夢見がちというより、少し浮世離れしているという感覚。思いつきで話すあたり、若い頃の彼女を思い出す。
「みんな、ごめんね。私にはどうしても叶えたい夢。その場所は、私の生まれた場所じゃないとダメ。そのためにみんなを巻き込むことになるね。」
「お母さんは、私たちのために色々頑張ってくれたもん。お父さんもそう。それに、私が漠然と高校探しをするって話たら、頷いてくれた。だから、私は高校から栃木の学校に通う。それまでは、今の友達と中学を卒業する。」
「俺は、まあ、一緒に暮らせたらいいかなって思ってる。...(娘)がそれでいいなら、俺は俺で高校受験するよ。もちろん公立だよ。」
「お兄ちゃんさ、なんで私の意見に合わせるの?別にいいじゃん。」
「だって、まだお父さんとお母さん、...(娘)が一緒にいる家で暮らしていきたいんだよ。それに、お父さんにも、お母さんにも、もっと色々教えて欲しいしね。」
「...教えられることなんてある?」
「パソコンの作り方とか?いい加減、お父さんに作ってもらったパソコン、最近のゲームが動かなくてさ、スマホでやってるんだよ。」
「相変わらず打算的だね。まあいいや。パソコンはともかくとして、3年後の春、僕らは栃木に移住する。お母さんが二人を産む前からずっと思い描いた夢を叶えるために戻る。失敗しても、またやり直せばいいよ。」
「で、あれだけ大見得きっちゃったんだから、当然勝算はあるんだよね?」
「ない。だから、私も物件探ししてる。これから、お休みの時に、宇都宮に行って内見してくる。それで、イメージ通りの居抜き店舗が借りられたらいいかなって。」
「住居兼店舗?」
「う~ん、それも考えてる。私も、色々イメージした絵は書いてみてるんだよ。」
彼女の書くイラストなんてもう20年は見てなかったけど、相変わらず細かい。あれ?一時期そっち系の漫画書いてたような気がしてたんだけど。
「......なんか、話を聞いていたより、ずっとおしゃれなイメージ。少しだけ考えが変わった?」
「変わってないよ。カフェのような、定食屋さんのような、居酒屋さん?そこに漫画の棚がズラッと並ぶの。」
「毎度思うけどさ、採算性が合ってないと思うよ。」
「半分は慈善事業みたいなものかな。こども食堂みたいなもの。」
「はぁ~、それでもいいと思うけど、結局長くは持たない。娘が大学に行く頃には閉店ってことになりかねないよ。」
「あのね、私はそれでもいいと思ってる。そのあと、パートでも、再就職でもいいかなって思ってる。」
その目には勝算があると思っているようだ。ま、こうなってしまったら、彼女は本気でやりたいって証拠だ。大学に全て落ちて、僕を巻き込んでまで両親に頭を下げ、僕との同居を条件に予備校に行きたいと言った、あの時の目と一緒だった。きっと、彼女の中には、自分で描いている未来予想図がある。現実的な人間では理解出来ないところを、彼女はやりたがるのだと思う。僕は夫だから、彼女を押して上げなきゃいけないよね。
「......僕も、娘が大学を卒業したら、お店を手伝うよ。君の夢は、君と二人でやるお店だったでしょ?」
「うん、あの頃からの本当の夢。ずっと一緒にいるの。今まで通り、些細な喧嘩はすると思うけど、二人でならその喧嘩だって楽しい。」
つづく




