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Life 140 手書きの想い

「ただいま~。」

「あ、おかえり。今日はバイトは休み?」

「採用面接に行ったあと、一度帰ってきてからバイト。最近の私、シフトとは違う時間にも呼ばれるようになったんだ。」

「へぇ。それで、採用面接は?」

「さぁ?オトーサンがおねえちゃんを客寄せパンダって言ってたけど、今の私の経歴は、企業側からしたら客寄せパンダに見えるのかなって。」

「面白おかしく聞かれたんだ?」

「一応これでも43歳なんですけど。ま、見た目が23歳だしね。」

もうすぐ6年か...。あの頃は娘だった。今は娘ではなく、一人の女性。自らを恋人と口にするこの娘の成長を、僕はずっと楽しんで見ている。あれだけ僕らが就活の厳しさを話しておきながら、どこかで娘の就活の話を楽しみにしている。



妻が冷蔵庫からビールを出して来た。お風呂上がりの一杯というやつ。娘に節酒されてから、本当にこの一杯の重要性が理解出来ている顔をしてる。見ていて面白い。

「前から不思議に思ってたのだけど、冷蔵庫のホワイトボード、あれにあなたが自分でメモをしておくじゃない。なんでわざわざ書いておくの?」

なんとなく、冷蔵庫に掛けてある小さなホワイトボードに、明日買うものを書いておく。ただ忘れてしまうだけなんだけど、スマホのウィジェットにも書いているから、いらないと言えばそれまでなんだが。

「僕が書いたから、僕は書いたときの僕を信用して、買い物が出来る。どちらでもいいんだけど、なんか書いておくと、勝手に納得出来ちゃうんだよね。」

「面白いね。オトーサンってあれだけPCにかぶりついてるのに、どうして手書きにしてるの?」

「......ちょっと思い出した。少し話そうか。」

手書きにしている重要性か...。マンガの受け売りだって話で、信用してもらえるだろうか。


「いや、昔さ、湾岸ミッドナイトってマンガを読んでて、手書きのメモを残す重要性みたいなのが書いてあったんだよ。作中でも最初は理由が分からなかったって言ってたけど、今の自分も理解できるなって。」

「iPadに手書きじゃダメなのかしら?」

「自筆ってのがミソなのかもね。不思議なことに、今のフォントに溢れた資料やまとめでは感じない、自身の成果と、その過程...やったことが自分の字で書かれているから信用出来る。信用の度合いであれば同じなんだと思うけど、僕は言葉に言霊があるように、文字にもその人の魂や責任が現れるような気がしてならないんだ。」

「う~ん、言ってることは分かる気がする。私もヒンディ語を書く、アラビア文字を書くってことが、会話よりも難しくのに、何回か書いてみるとしみてくるというか...。」

「感覚としては、漢字テストみたいなものかしらね?」

「多分...。この娘の場合は、自筆のノートを見て、指摘してくれるバイト仲間がいるのが大きいかもしれない。活きた教材を、文字通り活字で見てもらって、指摘してもらう。向上心や意欲だけではなく、その先にある好奇心や、意思疎通へのステップとして、自筆でないと意味がないのかもしれない。」

「そう言えば、私はなんで先に言葉を話せるようになるんだろう?」

「バイトを始めた頃、バイト仲間と話しているうちに、言葉を教えてもらえるようになったことと、オーストラリアでの経験が活きてるんじゃないかな。コミュニケーションの他に、意思疎通やニュアンスが必要だって肌で感じた。だから先に話せるようにしたんじゃないかな。間違いなく経験が活きてる。」

「習うより慣れろとは言うけど、この娘の場合は両方を一度に出来るっていうのが強いんじゃない?私には出来ない感覚よね。」

「おねえちゃんが言ってることがしっくり来るよ。根本が自分で意思疎通したいって気持ちだしね。」

「不思議なもんだよなぁ。環境がそうさせたのか、人間が順応したのか、しかし、文字が理解できないから、調べながら書いていく。子どもの英会話教材がそんな感じなんだろうけど、耳で聞いても周りが誰も話さない世界で言葉を覚えられるとも思えないし、結果として失敗になるんだろうけど、今になってああいう教材に欠陥があるのだと理解出来たりするから、長く生きてるものだと思ってしまう。」

「そう言えばあなたの甥っ子さんも、親は英語を話すのに、日本語しか話せないのよね。」

「すべて英語で完結できる世界じゃないからだと思う。だけど、父親はほぼ英語しか話せないのだから、大雑把な意味は理解しているのかもしれない。後々、すこしだけ本人の英語の理解が早くなったりする要素にはなるかもね。」

「さっき自筆のメモの話をしていたじゃない?自筆ってことが重要だったと話してるけど、打ち合わせや会議中に、資料にメモを書き込むこともあるじゃない。ああいうのは?」

「う~ん、僕の感覚だと、資料を理解するために自分で書いたってことが重要なのかもしれない。面白いもので、スライドショーの資料は頭に入らなくても、どういうわけか紙の資料が用意されていると聞く気になれてしまう。で、熱心にメモをとって、内容を理解しようとしてしまう。姿勢の問題と言われそうだけど、単なる視覚情報だけではなく物理的な資料という、自分で知りたい、聞きたいという情報を書き込み出来るものがあるから、詳しく理解しようと思えるんじゃないかな。資料は要約であることが多いけど、要約であるからこそ生まれる疑問や、理解をするための材料を自分で書き込む。自分で知りたいから、当然答えもメモしている。後で見て、こういうことを知りたかった、そしてその答えをさらに書き込んでいるからこそ、自分で知りたかった情報はそこにあると言える。そういうものじゃないかな。」

「......なんか、納得しちゃうわね。採用面接をやっていて、補佐が学生の履歴書にものすごい量のメモを書き込む理由、その話を聞かされると理解出来る。彼はその人を理解するために書き込んでいるのよね。」

「顔合わせや面談だけではわからない情報、僕が面接では如何に人を欺くかという話を前にしたと思うけど、それを許さない姿勢なのだと思う。しっかり自社に受け入れるために、下調べまで行う...。あまり目にする機会がないとは言え、その仕事の姿勢は見習うべきな気がする。まあ、自分の感覚にできるかどうかは別としてって話か。」

「実はそういう手書きの姿勢が、自身を一番信用出来る手段なのかもしれない。恋文やお便りというやつもそう。ラジオっ子だったか分かる感覚かもしれないけど、手書きの文章、内容もさることながら、一部のパーソナリティはハガキやFAXを好む傾向があるというけど、直筆であることがリスナーとの信頼関係なんだと思う。恋文、ラブレターっていうのも、相手の気持ちが溢れている文章だから、心が揺らぐ。まあ、そんなものをもらったことが...あ、何回かはあるか。バレンタインに義理チョコをもらった時、メモ書き程度に仲良くしてくださいって。」

「それって、私たちの知ってる人?」

「ずっと昔だよ。君たちが野木町に来る前じゃないかな。まあ、恋愛なんて知らないような時代だし、少なくともにぶい僕には、その子の思いが分からなかったんだと思う。言われてみると、その後を覚えていないな。案外、いいとこのお嬢様だった記憶もあるし、もしかしたら違う未来があったのかも知れない。」

「そっか、私たちが全く揺らがなかったたくさんのラブレターも、今考えると、相手の気持ちがこもっていたってことなんだね。」

「私も同じ経験をしているのに、この娘ほど想いがないのよね。年月の違いもあるけど、やっぱりずっとウザいままに思っていたことがそのままの印象に残っているのかも知れないわね。」



「湾岸ミッドナイトの中で、似たような話に、分かりたいから模写してみるって話があったんだよ。バカバカしいと思うし、作中でも1冊の本を書き出すというのは、ライター講座での課題であってもほぼ全員がしないと書かれている。」

「それって、読むだけで分かるからじゃないの?」

「連載中のときには、僕もそう思ってたんだけどさ、ある時、技術書を読む必要が出てきた。この技術書というのは、正直どうやって理解したらいいのか分からなかった。で、その話を思い出して、ノートを買ってきて延々と自分で書いてみたわけ。まとめるのではなく、文字通り模写、写経みたいなものだよね。」

「なんか、私が今やってることみたい。で、その先は?」

「なんてことはない。全くわからないまま、すべて書き終えてしまった。だけど、どういうわけかそれが理解出来る時が突然来るんだよ。何がヒントとなったのかはさっぱりわからないけど、その技術を理解出来ている自分がいた。もちろん、すべてじゃないよ。」

「例えとしては変だけど、走馬灯みたいなものなのかもね。急激に脳が活性化されて、すべてが繋がるというか。理解するってことは知っていることと違うけど、知っていることで理解出来ることはある。その違いよね?」

「どうなんだろうね。理解するのも難しいけど、知るための機会に活きるかどうか。あなたの後輩さんにいつだか僕が資料を作って渡したけど、あれを彼女がどうして理解できたのか?に似てると思う。彼女も急に作られた部署で、何がなんだかわからないまま色々なものに目を通していたんじゃないかな。多分、メモなりを取っていた。それが、何かしらが線に繋がった。」

「そういうものなのかもね。私もアラビア文字が分からなくても、なんとなく自分で書いてみると、それっぽく書けるなって分かるし、ノートを見せてバイト仲間に聞いてみると、英語だったり、カタコトの日本語だったりでしっかり答えてくれる。説明を受けて、なんとなく会話出来ていた言葉に、初めて文字が加わって読むことが出来るようになってくる。それが不思議に思ってたけど、確かに、自分で書いたから理解出来るって感覚は分かるかも。」

「僕もよくわからないけど、SEになる過程でプログラムを組むことで、理解出来た英単語がたくさんあるし、今でも生成AIに対して本来は指示を出すためのプロンプト...平たく言えばAI語を書くことがある。これはすべて英語がベースになるから、生成AIが処理している様子を見ていると、これはAIが何をやっていて、どのように答えを生成するのかが気になる。それを調べる。自然と本来の意味が分かってくる。」

「そこから、言葉の意味が分かって、表現にはいくつもの使い方があって、使い分けをするってことね。不思議なものね。」

知識、好奇心、そして自筆の文字の形状、それが一本の線となって、理解力につながる。う~ん、なんとなく話をしてしまったけど、間違ってはいないと思うんだよなぁ。僕がそうだったし。



「私たちの年齢はあまりにも当たり前過ぎて気にしていなかったけど、直筆のメモって意外と意味があるのね。」

「意味が見いだせるかどうかは本人次第だと思うよ。重要なのは、その時に自分はどう考えて、どう理解しようとしたのか。分からなくても、なんとか材料を持ってきたか。それに尽きるんじゃないかな。」

「知りたいことは一緒だもんね。すごく良い考え方だと思う。それに、私がやってることが無駄じゃないって、オトーサンが証明してくれた。それだけでうれしいよ。」



たまには役に立ったかもしれない。やっぱり、湾岸ミッドナイトは、僕の中ではバイブルなんだろうなぁ。



つづく

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