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04 恋愛ではあらゆる手段が正当化される

 俺の物理的奇跡を目の当たりにした先生は、蒼褪めて震えながら日和(ひより)の力になる事を約束してくれた。

 なんか物凄い力づくの脅迫をしたみたいになっちゃったな。力づくの脅迫をしたんだけど。

 俺、馬鹿だからさ……脅迫する奴は脅迫されるという因果応報を暴力で教える事しかできないんだ……


 美嶺が先生に圧をかけて、先生が日和に圧をかけて。

 そのお返しに俺が(日和の代わりに)先生に圧をかけたんだから、後は先生が美嶺に圧をかければ綺麗な報復連鎖が完成すると思うのだが如何か。


 教室に戻ると既に五限の数学が始まっていて、俺がそっと後ろのドアを開けると一瞬視線が集まり、目を合わせると襲われる系のモノノケを見てしまったかのように素早く散った。

 この扱い、悲しくなる。じいちゃんが人を傷つけるなって言ってたのはこうなるからって意味もあったのか。日和にまで目を逸らされたら即死だった。


 授業が終わりHR前の掃除が始まり、日和と一緒に掃除担当の体育器具庫に向かおうとすると、日和が女子達に呼び止められていた。

 少し離れたところで水バケツを両手に持って待っていると、何やら怪しげな話が聞こえてくる。


「日和、本当に大丈夫?」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、宵介(よいすけ)くんは優しいから酷い事なんてしないよ」


 やんわり言った日和に、女子は信じられないといった様子で顔を見合わせる。


「そんな事言わされてるの?」

「先生に相談した?」

「違うよ。本当に私そう思ってる。掃除の時、いつも私の分も水バケツ持ってくれるし――――」

「もう警察に言った方がいいんじゃない?」

「大津さあ、自分がデカくて日和が小さいからなんでも好きにできるって思ってるんだよ」

「あー絶対それ思ってる。言いなりになってたらダメだよ。やり返してやらなきゃ」


 囲んで口々に言われ、日和はおろおろしてしまっている。

 これは助けに行くべき、なのか……?

 しかし俺が割って入ったら逆効果なのでは? 悪し様に言われるのは腹が立つが、心配してくれているわけだし。

 日和は泣きそうになりながら言葉を重ねた。


「違うよ、本当に違うの。みんな勘違いしてるの。そうだ、今日だけ私と掃除場所代わってみてよ。一緒に掃除して少し話せば宵介くんがどんな人かわかるよ」

「は? 日和、私に死んで欲しかったの? あんな野蛮人と一緒にいられるわけないでしょ」

「うわ、日和それは酷いよ」

「日和ってこんな危ない子だっけ?」

「さいってー! 謝んなよ!」

「もういいよ、私は気にしないから。いこいこ」


 一瞬で手のひら返しをした女子に取り残され、日和は俯いてしまった。

 胸が締め付けられる。馬鹿野郎! やっぱり割り込めば良かったんだ! 女子共がよぉ! 日和と同じ生き物とは思えねーよ! でも美嶺と同じ生き物だと思うとなんて優しいんだとしか思えねーよ! 混乱してきた!

 そっと近づいて声をかける。


「日本語で話してたのに会話できてなかったような気がするんだが。大丈夫か?」

「うん……平気。ありがと」


 日和は顔を上げ、影のある笑顔で俺の袖をそっと摘まんだ。

 ああああああああああくそっ、何もかもにブチ切れそうだ。

 大丈夫かと聞いたら平気だと答えるに決まってるだろ。


「日和、もっと自分に素直になっていいんだぞ。嫌な事は嫌って言っていいんだ」

「みんなの気持ちも分かるから。私も宵介が宵介じゃなかったら怖かったと思う。だから宵介のこと、分かって貰えたらって思ったんだけど」

「……日和は良い子だな」


 俺には勿体ないぐらいだ。全力で幸せにしてあげたい。良い奴ほど貧乏くじを引いて踏みにじられるなんて嘘だ。


「そんな、私は宵介が思ってるほど良い子じゃないよ」

「良い子ぶってるだけの奴はそんな台詞は言わない。日和は良い子だし可愛い。自信持ってくれ」


 全力で断言すると、日和は頬を赤くしそっぽを向いた。

 そういうところが可愛いんだぞ。


「……片方持つよ」

「いやここはこの筋肉にカッコつけさせてくれ、姫」


 両手のバケツを上げて見せると、日和はちょっと笑ってくれた。モップを持って横を通りかかった神田が「カッコイイなぁバケツくんがよぉ」と皮肉を呟いていく。神田ぁ! 話しかけんなとか言ってたのにお前から声かけるのはアリなのか? おい!


 二人きりの体育器具庫掃除で何も起きないのは当たり前で、当然二人で頑張って雑に並んだメジャーや白線ライン引きを並べ直し隅々まで拭いて掃いて綺麗にした。うむ、いい仕事だった。

 こういう誰もがサボるような仕事をしっかりやるのが大成の秘訣だってじいちゃんが言ってた。こういう仕事を手を抜かずやって良かったと思えた事は今までの人生で一度もないけど、たぶんいつかやってて良かったと思う日が来るんだろう。


 翌日から先生は確かに動いてくれた。日和への転校通告は決定を前提とした細部審議という形で事実上の凍結になった。

『在校生の交際禁止』も、先生が疑わしい現場や証拠の前で急に耳が遠くなったり目にゴミが入ったりして事実上骨抜き校則になった。


 大人のズルさは今まで嫌いだったが、初めてちょっとだけ好きになった。先生、すげーよ。財前院家の圧力に屈しながらも生徒を守ってくれた。頭いい。

 こんな事ができるなら最初からやってくれよと思ってしまうのは俺がまだ子供だからだろうか。なんか職員室に行くと先生達がギスギスした雰囲気で密談してるし、先生の間でも意見が割れた対応を押し通してくれたのかも知れない。


 やっぱり世の中暴力より知性と知能と心意気なんだな。

 俺が美嶺を殴らずぐっと堪えて対話で解決しようとしていれば話がこじれる事も……あったか。殴らずに堪え続けた結果が小学校時代の生き地獄だったのだから。

 だが先生の大人の対応を見たら反省せざるを得ない。安易に手を出してゴミカスとはいえ法律上人権を認められてしまっている人間を病院送りにしてしまった俺と比べてこの紳士的なやり方。

 受け入れ、許し、受け流す事が大切なんだな。覚えた。


 しかし美嶺は俺の記憶よりも傲慢で過激でしつこくなっていた。

 高校生になって落ち着くどころか、小学校の頃より悪化していた。


 中庭の奇跡から一週間後、日和を家まで送り、帰宅して飯を食った後の事だ。

 珍しく日和からメールが来た。何かあったら電話かLINEを使うのだがどうしたのか、と不思議に思って開いた俺は硬直した。


 添付メールには日和が写っていた。コンクリート打ちっぱなしの部屋で、目隠しをされ手足を縛られていた。

 包帯取れかけの美嶺が部屋に不釣り合いなほど豪華な椅子にふんぞり返り、日和を足蹴にしている。その周りを屈強な黒服の男達がぐるりと囲んでいた。


 メールの本文は短かった。

『私と付き合えばこの女の命は助けてあげる。誰かに言えば殺す』。


 スマホを握りつぶさないために凄まじい精神力が必要だった。


 許せねぇ!!!!!!!

 あのアマふざけやがって!!!!!!!

 もう一度ぶっ飛ばしてやる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きなんだゾ。 これからのローラン展開も期待しとるゾ。
[一言] 生きろ、リア充。
[一言] 普通の作者ならこの場面は致命的な展開になるんだけど…柄も言われぬ安心感が理不尽に読者を襲う!
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