05 忍者の末裔ならこれぐらいできて当然
財前院美嶺は勝利を確信していた。
常に勝利を確信しているのだが、この日の晩の確信は格別だった。
憎たらしい恋敵が――――衛月日和が足元に縛られ転がっている。愉快で清々しく、包帯の下の傷の痛みがあってもなお心地よかった。
美嶺は幼稚園の頃からずーっと大津宵介の事が大好きで、宵介を手に入れるために全力を尽くしてきた。
常に一緒にいて、自分の考え方を分かってもらい、自分だけをみて貰えるようにしてきた。
美嶺の両親は政略結婚だった。父が一目惚れし、嫌がる母を金と権力にモノを言わせ無理やり娶ったのだ。しかしいざ結婚生活を始めてみれば相性が良く、今では仲睦まじい夫婦として知られている。
そんなエピソードを聞いて育った美嶺は、宵介が嫌がっていても関係ない、付き合えば、恋人になれば、結婚すれば全て上手くいくのだと理解していた。
だから美嶺は自分の積年の想いと努力を踏みにじり、浅はかにも横から宵介を掻っ攫おうとした雌豚を絶対に許さない。
すぐに屠殺せず誘拐に留める慈悲深さに自画自賛した。留学生活で美嶺も成長したのだ。
血迷って自分以外を好きだと錯覚してしまった宵介を正気に戻すためには荒療治も止むを得ない。
美嶺は絶対に許さない。自分に瀕死の重傷を負わせた宵介ではなく、宵介があれほど嫌がっていたはずの暴力を振るうほどに酷く取り入り誑かした日和を許さない。
宵介の気持ちを考えて殺しはしないが、思いつく限りの生き地獄を与えるつもりだった。
「顔を上げさせなさい」
命令すれば雇った男が冷たいコンクリートの床に転がった日和の髪を掴み、顔を無理やり美嶺の前まで上げさせる。恐怖に歪んだ表情が小気味いい。
「ねぇ、これからどうなるか分かる?」
「わ、分からない。酷い事しないで」
「そうよねぇ。私も女だから、あなたの気持ちはよく分かるわ。こんな男達に囲まれて怖いでしょう。されたら嫌な事、あるわよね」
「ひ」
引き攣った悲鳴に傷が癒える気すらした。
財前院家の財力と人脈で世界最高の医療と医者を用意し、瀕死の重傷からたった一週間で介助付とはいえ出歩けるようになったとはいえまだまだ完治はしていない。夜は鎮痛剤が無ければ眠れないほどだ。手術痕を消すための整形手術も必要になる。それで恨まない訳が無い。
宵介が日和を捨て、美嶺の元に戻ればそれで良し。日和を助けようなどと思い上がるなら思い知らせるまで。都心の自宅にいる宵介が街はずれの廃工場にやってくるまでタクシーを拾ってもあと十五分は固い。十五分あれば人間として、女としての尊厳を二度と癒えないほどに傷つける事ができる。
変わり果てた日和を目の前で始末すれば、必ず宵介も自分の立場を思い出し、小学生の頃のように従順になるだろう。
「楽しみなさい。私は楽しむから」
椅子に深く背中を預け手で合図すると、心得た屈強な男達が日和を取り囲み下卑た笑みを浮かべ服に手をかける。
そして動きを止めて、倒れた。
男達に囲まれていたはずの日和の姿はない。
ほどけた縄しか残っていない。
「は!?」
驚愕から一拍遅れて美嶺は気付いた。
自分の首元に!
背後からナイフが当てられている!
微かな香水の匂い!
うなじにあたるひやりとした細い少女の指の感触!
それは不意打ち! 無音! 完璧に殺された気配!
正に達人の技……!
「くっ、あんた一体なにをしたの!?」
「縄抜けして気絶させただけだよ。五分ぐらいで目が覚めると思う」
日和は淡々と答えた。鋭い銀色に研ぎ澄まされたナイフが美嶺の首をそっとなぞる。
さしもの美嶺も戦慄を隠せなかった。
見た目が多少良いだけの、守られるだけの、弄ばれるだけの少女と油断していた。
いや、一体誰が衛月日和の隠された本性を見破れたと言うのか?
「二重人格、だったとでも?」
「んーん、違うよ。私は私。弱いフリした私も私。今こうしてる私も私」
日和の指が首元から背中へ、脇腹へと這い、直りかけの包帯の上から治りかけの傷跡をぐうぅ、と押す。歯を食いしばり悲鳴だけは上げなかったが、脂汗は止められない。
「普通じゃない……!」
「そう? 好きな人の前で可愛くてか弱い女の子でいたいって思うのはそんなに変かな。白馬の王子様に守って欲しいって思うのはおかしい?」
「女狐め!」
「ありがとう。豚さんもいつでも自分を殺せる相手にそんな事言えるの凄いと思うよ。ねぇ、小学校の時に宵介にずっと酷い事してたんだって聞いたんだけど、そうなの?」
「は? 何? あんたには関係ないでしょう?」
脊髄反射で答えながら倒れて動かない男達に起きろと念じる。
不意打ちさえなければ小学生と見紛う華奢な少女一人、鍛えられた男達に抑えられないはずがない。
だが起きない。
男達は完璧に意識を刈り取られていた。
一切のブレが無い作り物じみた平坦な声で日和は言う。
「うーん、関係はあるんじゃないかな。私、宵介の彼女だもん。宵介の事はなんでも気になっちゃう。わかるでしょ?」
「あんたなんかに私と宵介の思い出は教えないわ」
「そうだよね。そうだと思ったよ。私も美嶺さんの事嫌いだし。でも私は一つだけ感謝してる事があって」
ナイフが首から離れる。
反撃するなら絶好の機会であったが、不意に震動した建物に気を取られた。震動は僅かな間隔を開けて段々大きくなってくる。綿埃とコンクリートの小片が天井からパラパラと落ちた。
日和はナイフをスカートに仕込み直し、流れるように自分で自分を拘束し寝転んだ。
気絶していた男達も震動で目を覚まし、戸惑いながら立ち上がる。
哀れにも囚われの身となったヒロインを演じ、日和は目を閉じ喜色を滲ませ言った。
「こうやって誘拐してくれたからカッコイイ宵介が見れるんだもん。ありがとう」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、大津宵介が部屋の壁を打ち破って土埃と共に現れた。
メールに添付されていた写真の背景に写り込んでいた工作機械から、俺は日和が囚われているのは街はずれの工場跡だと割り出した。
中学時代にじいちゃんの厳しい稽古が辛すぎて逃げ場所にしていた時期があったからすぐに分かった。小学時代の俺しか知らない美嶺は知る由も無かっただろう。
俺は即座に救出に向かった。美嶺は頭がおかしい。言いなりになっても日和が無事でいる保証はない。
最初はタクシーで行こうかとも考えたのだが、車だと廃工場まで15分はかかってしまう。
ので、走った。
俺の場合は走る方が早い。
もちろん人間の足の速さで車に勝てるワケがないのだが、それは直線を走った場合だ。
街の住宅街は入り組んでいて信号も多い。車で行けば遠回りになる。家の屋根や塀の上を伝って一直線に走れば、走行速度は車に負けていても結果的に時間短縮になる。
都合五回壁をぶん殴りぶち抜いて日和の元に駆け付けた俺は、日和に今にも乱暴しようとしていた暴漢にしこたま乱暴してぶっ飛ばし、何か叫ぼうとした美嶺にも一撃入れて治りかけの骨折を全てもう一度折った。
白目を剥いて崩れ落ちた美嶺を蹴って退かし、日和を抱き上げ縄を引き千切って解放する。
弱々しく目を開けた日和は震えながら俺の腕に収まり、泣いた。
「ふぇぇ、こわかったよぉ……!」
良い感じに話がまとまったところで作者が気付いてしまった重大な事実をお伝えしなければいけません。
よく考えたらこれ恋愛小説というより恋愛を口実にしたただの闘争だった。大発見。
これ以上話を続けるといよいよもって恋愛クラスタの方々にしこたま怒られそうなので、息の根を止められない内にここで話を畳んでおきます。
たぶんこの後、日和と宵介は幸せなキスをしてハッピーエンドです。日本一のお嬢様の美嶺は急に生えてきた宵介の事が大好きな世界一のお嬢様にねじ伏せられて沈黙します。そんな感じです。
ご愛読ありがとうございました! 黒留ハガネ先生の次回作に御期待下さい!!!!!!!!!!!




