3.人は誰もが悩み生きる存在
英龍が演奏を終えても、珪己はしばらく動けなかった。音が消えても、その音が持っていた力はまだこの場に残っているかのようで、空気の震えがおさまるまで珪己は目を閉じていた。そうやって音の残滓に酔いしれていた。
やがて珪己がそっと目を開けて英龍を見ると、英龍もまた珪己を見つめていた。二人、言葉はなくとも心を通わせることに成功していた。英龍の心は珪己に伝わり、珪己の感動は英龍に伝わっていた。
珪己がそっと吐息をついた。
「陛下。私はこの曲が好きです」
「そうか」
英龍がにこりと笑った。照れ隠しのようにまた軽く弦をつまびく。ぴーんと鳴った高い音は柔らかく減衰していき、先に生まれた音と同様に空に溶けていった。
「私もこの曲をよく弾くのですが、陛下の奏法のほうがずっと素晴らしいです。……本当に感動しました」
英龍の目がやや見開かれた。
「そなたも弾くことができるのか。このような古い曲を、しかも琵琶で?」
「はい。八歳のころから毎日のように弾いています」
その一言に、この部屋にきて以来ずっと笑顔を絶やさなかった英龍の顔が曇った。目を伏せて黙りこんでしまった英龍に、珪己はおずおずと語りかけた。
「陛下……?」
その一言に英龍がはじかれるように顔を上げた。
二人の目が合った。
珪己の目には疑問しかなく、英龍はそれを認めるや、まさに彼らしい決断をした。
英龍は琵琶をそばに置くと立ち上がった。つられて立ち上がった珪己に、英龍は一歩近づくと、そっとその手をとった。そしてその手を両手で包んで胸の前で持ち上げるや、自身の額と触れ合わせたのである。
その動きは、遠目に見れば、まるで皇帝が臣下に対して頭を下げているかのようであった。事の重大さに珪己が手を引き抜こうとしたところ、英龍が指先にぎゅっと力を込めて阻止した。そして顔を上げた英龍の目には――東宮で初めて会った時と同じ色が宿っていた。
「楊珪己……すまない」
漏れ出た言葉も、その瞳と同様、心からの謝罪であった。語尾の震えは皇帝が発すべきものではなかった。そう、皇帝が一官吏補に赦しを乞うているのだ。
今、英龍は珪己をまっすぐに見つめている。
「八年前、そなたの家を守れなかったことは余の責任だ。……そなたの母を奪ったのは余だ。そして、まだ幼いそなたに剣を持たせ、女人であるそなたにこの曲を弾かせたのも余だ。……そなたには本当にむごいことをしてしまった。これまで辛かったことだろう……。本当にすまない」
英龍は事変のその日、開陽にはいなかった。が、いなかったからといって、百人をこえる死者が出たこの事変、その根本にある偏った政策を敢行してきたのは皇帝自身なのである。
まだ皇帝となって日が浅い英龍にも事の背景は以前から分かっていた。日の当たる場を与えられた文官の影に、ひっそりと武官が存在していることを。湖国創世の立役者であり体を張って闘ってきた彼らからその名誉を奪ったのは英龍の祖先、時の皇帝であることを。昔も今も、彼らの不平不満を餌に、文官を言い様に使ってきたことも……否定できない。
いや、枢密使とともに武官の地位向上に努めているとはいえ、文官を抑制することなどもはや誰にもできないだろう。この国は文政によって繁栄させるべき、そう初代皇帝は定めた。そして英龍自身もそれが正しいと考えてここまできた。楊武襲撃事変の後も、だ。湖国にはこれからも文官の力こそが必要で、武官にこれを超える力を与える必要はない、そう考えているのは……英龍自身だ。
ではなぜ英龍が『闘笛』を好むのか。それはこの曲が自分に力を与えてくれるからだ。
この国隋一の皇帝という重圧に耐え続けるため、英龍は『闘笛』を弾く。この曲にはそれだけの力がある。十国時代では、ここぞという戦いの前に戦士を鼓舞するために奏でられたという。そう、この曲は命を懸ける戦士のために生まれたものなのだ。
珪己が相当の奏者であることは昨夜で十分理解できた。その珪己が、曲の真意をくみとることができる珪己がこの曲を好きだということは――その生きざまが戦士のごとく厳しいものだったということだ。
八歳から今まで、珪己にとっての生きることとは戦うことと同義だったのである。
皇帝でも要人でもない、ただの少女であるというのに……。
「余は……余は勘違いをしていた。そなたのことを武芸を習得した物珍しい少女だと、その程度のことしか思っていなかった。ゆるせ……余は分かっていなかった。そなたがなぜ剣女となったのかを。その心を、嘆きを分かっていなかった……」
英龍は己が恥ずかしかった。まるで天に代わったかのように、物高い位置から下を見やり政を行う自分自身が、もはや驕るだけの愚かな皇帝に思えて仕方がなかった。高い位置からでは見えるものには限りがあるのだ。己の下した決断によって、政によって、害を受ける人々がいるというのに――。
もちろん、英龍はそのことを忘れていたわけではない。だが、こうやって真の心と姿を持って英龍の前に現れた人物は、即位して十年とたつのに初めてのことだったのである。
こうして握りしめた手の平からはふんわりとした温もりを感じることができる。手の甲には血管が透けて見えて、英龍と同じ生きている人間なのだということがはっきりと分かる。そう、人形ではない、生きた人間の手に触れているのだ。
(民もまた、余と同じように悩み生きる存在だということを忘れてはいけないのだ……)
なにも自分ばかりが苦労していると思ってきたわけではない。政をしていれば寝食にすら困る民の話も耳に入るし、治癒の見込みのない病人や、人生に絶望して自決する者のことも聞く。
だが、まだ他人事だったのかもしれない、と英龍は思った。
すべての民をひっくるめて一つの特徴と意志をもった民だと考えてこなかったか。男、女、老人、幼児、文官、武官……そういう区別化した中でまとまりのある一つの存在だとみなしてはいなかったか。
(本当は誰もが違った唯一の存在であって、同じように心を痛めることもある人間だというのに……)




