2.いつでも選ぶのは戦う道
さて、珪己のほうはと言えば、顔を伏せてはいるもののそこは武芸者らしく、枢密院の集団が入室した気配を機敏に察知していた。そして予想どおりの強い視線も感知していた。
(父様ったらほんと遠慮ないんだから……恥ずかしいじゃない)
(ほんとはこんな恰好を見られたってだけで頭から布団をかぶってしまいたいくらいなのに……!)
春燕によって施された一見奇抜とも思える装いは、芸事関係者全員で椿の間に集合した際、龍顕が一目で気に入りめでたく採用されたのであった。しかし、内心珪己は残念だった。確かにとても素敵にしてもらってうれしい。きれいになったとも思う。春燕はすごい。
が、まさか父を筆頭とする大勢の前にこの姿で現れるはめになるとは思ってもいなかった。自分を着飾ることに情熱を持っていない珪己にとって、ここまで変貌を遂げた自分を誰かに見せるという行為は、高いところから飛び降りるよりも精神的な壁がある。なのに、まさか流されるままにこのような姿を公の場で披露するはめになるとは……。最初の時点で断りきれなかった自分自身を呪うしかない。
戸惑いながらも何も言えないでいるうちに、龍顕の指示により、他の女楽士も老若問わず急きょ同様の装いにされていった。彼女たちは珪己よりはまだ抵抗がないらしく、逆に変わった趣向だと喜ぶ者もいたくらいだった。さすがは舞台経験豊富な本物の楽士である。
準備のできたところで、ちょうどうまい具合に「関係者全員、牡丹の間へ入るように」との連絡が入った。その言付けを持ってきた人物はなんと礼部の同僚、張温忠であった。このたびの式次第をまとめた彼は、宴のほうの調整の一部も請け負っていたのだ。
温忠は珪己を見るや「おおっ」と驚いた。その一言があまりにも温忠の本心を表していて、途端に珪己が不機嫌な顔をすると、「芯国らしい雰囲気でいいんじゃないかな」と、とりなすように言い、しかししばらくしてなぜか「よかったねえ」としみじみとつぶやいた。
何がいいのか。珪己がしかめっ面になると、温忠はその目を細め、
「だって、それだけきれいなら例のあの人の目にとまるかもしれないよ。とっても大人っぽくて色っぽいから、あの人の好みに合いそうだ」
と、うんうんとうなずいて見せたのである。横から割り込んできた春燕に、
「ええっ! まさか気になる人が宴に来るの?」
と問われ、否定しようにも目の前に温忠がいて……。珪己は曖昧な表情を浮かべるしかなかった。結局、当の本人をおいて、温忠と春燕でこの嘘の片想いの話で盛り上がってしまったのだった。
顔を伏せながらも、その時のことを思い出すだけでむむむと口が引き締まる。と、その時、自分へと向けられていた視線がはずされた気配を珪己は感じた。だいたい予想はつく。おそらく今、父は幸せそうな笑みを浮かべていることだろう。それはうれしくもあるがこそばゆい。……いや、やっぱり恥ずかしい。帰宅したら何を言われることか。
しかし今からそんな風では、今夜のうちにも二人が実の親子であることが周囲にばれるのではないだろうか。珪己としては、その時はせめて明日以降に、いや、せめて宴の終了後にしてほしいと切に願う。さらし者のような状態で、しかもこの格好で、即席の楽士を勤め上げる強い心はさすがに持っていない。
それにしても一つ解せないのは、その視線の主が複数であったことか。ややあって思い当たった一人の青年の名前に……しかし珪己は小さくかぶりを振った。
あれもこれもと考えることが多すぎる。
今この時においてそれはよいことではない。
武芸における立会でもそれは同じこと。大事な局面において、考えるべきことは一つでいいのだ。いや、今は心を無にするべきだ。心を無にして、己の中に刷り込んだ理想的な音を奏でなくてはならない。
珪己は頭を垂れたままじっと琵琶を見つめ、意識して丹田から呼吸を整えていった。雑念を消し、心に生じた凪を払っていく。そうしてこれからの流れを反芻する。奏でるべき音を体の中で反芻していく。
たぶん、こうやって大勢で芸事を披露する場であっても、結局は誰もが己一人で立ち向かうしかないのだ。その芸を構成する一つ一つは個人によって生みだされるものだから。個々人の能力はもとより、心が弱ければ与えるべき芸に不足が生じかねない。それは芸を損なうことになる。だから楽士としての自分がすべきことは、期待される音を奏でること、それしかない。……だから今、心を乱してはならない。
珪己が深い無の境地に入りつつあることを、席についた玄徳はちらと見て気づき、そして胸が熱くなるのを抑えられなかった。娘の精神的な面での成長が垣間みえる。それは身体的な変化以上にこの父の心を感動させていた。とはいえそこは枢密使、もはやその心を表に出すことはなく、ただ黙って宴が始まるのを待ちながら、その喜びを一人堪能していた。
侑生も同じように珪己の変化に気がついた。しかし侑生の内面には、ただ悲しみが広がっていた。それは玄徳とは真逆の感情だった。
珪己のその様子は、侑生から見ればまさに武芸者そのもの、戦いに赴く前の戦士の状態にしか見えなかった。一介の即席楽士が、しかもあんなふうに艶やかな装いに身を包んでいる少女が、あんなふうに心を整えることが普通あるだろうか? いや、ない。決してない。
(珪己殿は、何をしても、どこへ行っても、武芸者であるのだ……)
初春の女官時代もそうだった。女官となるために入城したというのに、思いついた楽しみといえば近衛軍の訓練を見ることだった。せっかく女官となったのだから、女性らしい甘く華やかな生活を少しくらい楽しめばよかったのに……。
しかしこの少女は違った。彼女は武官としての稽古づけの日々を堪能し、また姫にとっての最善と救いの道を探すことに心血を注いだ。そして最後には皇帝の妃の一人である王美人に立ち向かっていった。そのどれもが普通の少女が選択するようなことではなかった。
そう、彼女はいつでも戦う道を選んでいるのだ。
するとまた侑生の中に迷いが生じ始める。つい先日、珪己への恋をあきらめると決めたばかりだというのに、未練がましい迷いが生じる。
彼女のことを護りたい。
彼女に喜びを与えてあげたい。
戦い以外の道があることを教えてあげたい。
武芸者としてではない、ただ一人の女性としての彼女もそこにいることを教えてあげたい……。
自分にならできるのではないか。彼女のことを一番よく分かっている自分であればできるのではないか。彼女のために自分はどんなことでもしたい、切実にそう願う。
この強い感情は、自分を捧げたいと思えるようなこの熱情は、玄徳に対して抱く情によく似ている。同じと言ってもいい。
こうやって迷いが消えないということが、二人が己にとって同価値であるという証ではないのか。
一人を選ぶ必要が本当にあるのか。
どちらか一人を選ぶ必要が本当にあるのか――?
(……もしや、二人に対して同じようにこの身を捧げることも可能なのではないだろうか?)
都合のよい解釈が頭に浮かぶ。それを振り払い侑生はその目を珪己からそらした。
侑生もまた、玄徳のように無表情のままじっと与えられた席に座っている。意識さえすれば表情を作ることなど雑作もない。ただその身で、見えない位置に座る珪己から放たれる静かな気の流れを感じている。感じようと集中している。
やがて中書省の官吏も室に入った。宴はまさに始まる直前にある。




