↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「不合格ですわ、殿下」~婚約破棄された令嬢は、十年分の帳簿を締めに参ります~  作者: 宗像 凪
第3章「十八年前の、同じ夜」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/20

3-2

 王宮の資料庫は、王宮本殿の東翼の地下にある。石造りの厚い壁に護られたその一室は、季節に関係なく、いつも同じ湿度と温度に保たれているらしい。


 わたくしは婚約者としての通行証を提示し、ミア嬢を「侍女」として伴って入った。門番の兵は、わたくしをちらりと見た後、余計な質問はしなかった。王家から正式な発表がない以上、学園内で起こった醜聞など、彼らの職務には関係ない。それが宮廷の暗黙の了解だ。


 資料庫の担当官は、六十を過ぎたと思われる小柄な老人だった。眼鏡の奥の目は心なしか白く濁り、頭髪はもう半分ほどしか残っていない。


「リンデンタール侯爵令嬢。何をお求めでしょうかな」

「歴代の産衣紋の記録を、拝見したいのです。過去二十年ほど」

「産衣紋、でございますか。祈祷師の帳面ですな。……こちらへ」


 担当官はよろよろと歩き出し、書架の奥へ案内した。羊皮紙の綴りが、天井まで届く書架に整然と並んでいる。何十年、何百年分の記録が、そこに眠っている。


 わたくしはミア嬢に目配せをし、書架の間へと足を踏み入れた。


「わあ……」


 膨大な綴りを目にしたミア嬢が、感歎の声を漏らす。担当官は該当の記録を探し出すのに手間取っているようで、書架の間をうろうろと彷徨っていた。


「わたくしたちも探しましょうか。ミア様はあちらを」

「あ、はい」


 ミア嬢はわたくしの言葉に頷いたものの、すぐに歩き出すことはなかった。彼女は書架を一瞥し、代わりに指を宙で数えるように動かした。


「この番号のつけ方、二十年前に一度、体系が組み直されていますね」

「え?」

「見てください。二十一年より前と、二十年より後で、番号の頭の記号が違います。それに、天板の目録の作り方も変わっています」


 わたくしは驚いて、ミア嬢の指した箇所を見た。彼女の言うとおり、書架の一角で目録の書式が明らかに違っている。


「ですから十八年前の帳面は、こちら側の書架のはずです。祈祷師の帳面という分類なら……」


 ミア嬢が数歩歩いて、ある書架の前に立った。中段の綴りを、迷いなく指差す。


「これですね、たぶん」


 わたくしは彼女の指した綴りを引き出した。革の背表紙には、確かに『祈祷師記録 五〇八年~五一五年』と細かい文字で記されている。


(……この娘の目には、書類はどのように見えるのかしら)


 わたくしは一瞬、ミア嬢の顔をまじまじと見た。彼女はきょとんとしている。


「ミア様、あなた……」

「あ、す、すみません。差し出がましいことをしました」

「褒めておりますのよ。……あなた、こういうことができる方でしたのね」


 ミア嬢はほんの少しだけ首を傾げ、それから困ったように微笑んだ。


「学園で書記を、長く務めていましたから」


 それだけの説明で、この速度と正確さは説明しきれない。わたくしの頭の中の帳面にだけ、そっと書き加えておく。


(ミア・ゾンマーフェルト男爵令嬢には、書類分類の才有り)


    ◇


 わたくしは目当ての綴りを卓の上に広げ、ミア嬢と共に頁を繰った。


 祈祷師が代々書き継いできた記録。その年に定めた産衣紋の意匠が、緻密な線画で記されている。

 五一〇年、五一一年――そして、五一二年。


(……あったわ)


 薄い墨で描かれた、蔦に絡み合う細い三日月。

 わたくしはランプを引き寄せ、その頁と、ミア嬢の持っている守り袋の刺繍の図柄とを見比べた。輪郭の一本一本まで、ぴったり一致している。


「ミア様」

「はい」

「五一二年の産衣紋、これで間違いありませんわ。そして、この年に生まれた王族の御子は、お一人だけ」

「レオンハルト殿下……」


 ミア嬢の声が、細く震えた。


 次にわたくしは、出産記録の綴りを求めた。担当官は目録を確かめ、しばらく手間取ったあとで、二冊の綴りを持ってきた。


「王宮のご出産の記録は、こちらでございます」

「二冊? そんなに多いのかしら」

「同じ年の記録が、二冊にまたがっておりましてな。当時の記録官が、離れの記録は別綴りにされたようで」


 担当官の言葉に、わたくしは目を上げた。


「離れ、と申しますと?」

「本殿ではなく、王宮の東の離れですな。王妃陛下は難産でいらっしゃいましたので、静謐を求めて離れでのご出産でございました」


(――離れ)


 わたくしは急いで、渡された綴りの一冊を開いた。


 五一二年 十月十一日。

 王妃アマーリエ陛下、御出産。場所――王宮 東離れ。


 同じ日、同じ場所。もう一冊の綴りの奥に、意外な名前が記されていた。


 ゾンマーフェルト男爵夫人マルタ、御出産。場所――王宮 東離れ。


「……! なぜ、お母様が」


 ミア嬢がかすかな声で呟いた。わたくしは記録の余白の細かい書き込みに、目を凝らした。


『――ゾンマーフェルト男爵夫人は、友好国へ嫁ぐことが決まっていた王の再従妹、ゾフィー公女の御支度のため、臨月に至っても王宮に出入りしていた由。当夜、王宮内で急に産気づき、離れの一室にて出産に至る』


(お世話係として臨月まで王宮に出入りしていて……王妃と同じ日に、産気づいた?)


 わたくしはもう一度、二つの記録を見比べた。


(偶然が過ぎませんこと?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。