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翌朝、王宮の大広間。
国王フリードリヒ二世陛下、王妃アマーリエ陛下、王太子レオンハルト殿下、宰相、監察院の主だった官、そして王弟クロード殿下が集まっていた。わたくしはミア嬢とともに、末席に控えていた。婚約者としての名目上の権限は、まだ生きている。
議題は昨夜、王太子の私室に侵入者があったことについて。ただし持ち去られた物品は、王宮の帳簿には記録されていない。「王宮の古い書架から見つけた手記」であるという、殿下ご自身の言葉のみが根拠だった。
「大胆な手口ですな」
王弟殿下が、静かに口を開かれた。
「殿下、ご無事で何よりでございます。犯人の目星は」
「金庫の内側の文字合わせ錠が開けられていた。合わせは、『はいふくろう』だった」
王弟殿下は、しばらくの間、瞬きをなさらなかった。それから、深く頷かれた。
「その合わせを知っている者は」
「私、そして――叔父上、あなたの宮の侍従長、オズワルド・クレーマー」
「……オズワルド、ですか。侍従長の独断でしょう。長年仕えてくれておりますが、近頃、宮内での失策も多くなっていました。私の不徳の致すところです。彼奴の取り調べは、お任せいたします」
見事な切り離しだった。蜥蜴の尻尾をためらいなく一本、落とす。この方は、こういうことに秀でておいでだ。
しかしそう来ることも、わたくしは織り込み済みだった。
「陛下」
わたくしは、末席から一歩、進み出た。
「畏れながら、一言申し上げてもよろしいでしょうか」
「許す」
陛下は、いつもの飄々とした顔で、わたくしを見下ろされた。
「王弟殿下。昨夜、レオンハルト殿下が『手記』を気にかけていらしたことを、宮内で口になさいましたか」
「いや。そもそも存在すら知らなかった」
「では、いつお知りになりましたか」
「今朝、侍従長から侵入者の報告を受けた際に。しかし詳しくは聞かなかった」
「まあ」
わたくしは、口の端を少しだけ緩めた。
「では、王弟殿下。手袋を外していただいてもよろしゅうございますかしら」
「……何のためにだね、リンデンタール令嬢」
「盗まれた綴りには、少々細工がございましたの」
王弟殿下の頬の筋が、その瞬間だけ微かに強張った。しかし手はゆっくりと動き、右手の絹の手袋の指先が、順に外されていった。
現れた指の腹から、掌の縁にかけて――薄く、しかしはっきりと、藍色の紋様が浮き出ていた。
広間の空気が、凍った。
「皆様、殿下のお手をよくご覧くださいませ」
「何が言いたい、令嬢」
「深夜、あなた様の侍従長が盗んだ綴りに、あなた様のお手が触れたということですわ。この藍は、リンデンタール領で古くから伝わる盗人除けの染料です。無色ですが、汗に触れると数刻後に色を出しますの。石鹸ではなかなか落ちませんわ」
「……」
「侍従長の独断、でございましたかしら」
王弟殿下は、答えられなかった。
◇
「リンデンタール令嬢」
しばしの沈黙ののち、王弟殿下は穏やかな声で問いかけてきた。
「私があの手記に手を伸ばしたのは事実だ。それは認めよう。だが、それは王太子殿下の出生に対して、私が長年疑念を抱いていたからにほかならない。国を思えばこそのこと。それ以上の理由が必要かね?」
部分的には真実だった。真実だけをつなぎ合わせたら、罪と呼べるものかは怪しくなる。この方は、追い詰められてなお、その細工を諦めなかった。
(さて。出口を、一つずつ塞いで差し上げましょうか)
「王弟殿下」
「なんだね」
「では、なぜ十二年前、あの布告をお出しになりましたの?」
「……」
「なぜ十年前、ヴィルヘルム殿の書き付けを、自ら回収なさいましたの?」
「……」
「なぜゾンマーフェルト男爵家の借財を、あなた様の肝煎りの商会が抱えておりましたの?」
「……」
「そして――なぜ、わざわざ手記を盗ませてまで、お読みになる必要がありましたの?」
王弟殿下は、なかなか口を開かれなかった。
「……王太子殿下の私室に侵入した非は認めよう。だが、それだけのことだ」
「ええ。それだけでは、決定打にはなりませんわね」
わたくしは頷きながら、卓の上に一枚の羊皮紙の写しを置いた。
「監察院より、監察官ハンス・ライマー殿の証言でございます。『王弟殿下は近頃、王太子殿下が偽者であるとの譫言を、しばしば口になさっておられた』――」
王弟殿下の目が、驚愕に見開かれた。
監察官が既にこちら側に落ちていたことを、王弟殿下はこの瞬間までご存知なかった。有能な人物であればあるほど、自身に対する部下の忠義を当然とする傾向がある。どうやら王弟殿下は、あの男の忠義を高く見積もりすぎていたらしい。
「さらに、学園からも」
わたくしは二枚目の書き付けを示した。まだ少し幼さの残る筆跡で、七つの家名が並べられている。
「わたくしに『被害』を証言した生徒たちの、ご家族の金銭の流れです。全七家、例外なくヴェルナー商会に債務がおありか、恩を受けておられます」
「……それは」
「わたくしの弟、ルーカス・フォン・リンデンタールが学園で集めたものです。十五歳の学生の目にも、これだけのものが見えております」
王弟殿下の目元が、ほんの一瞬歪んだ。十五歳という子供に過ぎない者が自分を追い詰めているという事実が、この方の自尊心を傷つけたらしい。
「そして、こちらを」
わたくしは、三枚目の羊皮紙を並べた。
「聖ラウレンティウス暦五一八年、王弟殿下の御名において発せられました、布告の写しでございますわ」
わたくしは朗々と読み上げた。
「――『王太子殿下の御血統に関し、流言を為す者は、極刑をもって処断する』」
「……」
「王弟殿下。布告を起草されたのは、あなた様でいらっしゃいます。宮廷の誰もが、記憶に留めております。『王弟殿下は、甥御を誰よりも庇いになった』と。そのお方が、今日ここで、王太子殿下のご出生について疑念があると仰る」
わたくしは、王弟殿下を、正面から見た。
「あの日のお言葉と、今日のお言葉。宮廷は、どちらを信じるとお思いですか」
王弟殿下が、自身に掛けた縄。十二年前、六つの甥のために発した怒声がそのまま今、自身を縛っていた。
王弟殿下は、この日初めて玉座の脇に立つレオンハルト殿下と目を合わせた。
「……レオンハルト」
「はい、叔父上」
「お前は、私の――」
「……叔父上」
レオンハルト殿下は、静かに一礼された。
「私に最初の馬を選んでくださったこと。乗り方を教えてくださいましたこと。……忘れません」
王弟殿下は口を開いたまま、それ以上の言葉を継がなかった。
衛兵が両脇を固め、王弟殿下は静かに退出した。国家謀叛未遂の嫌疑にて、北方の離宮に幽閉されることがその場で宣言された。




