絶対領域の屠殺者たち
鬼ヶ島へと続く暗黒の海域『血の海峡』。
天を覆う黒雲から血のような赤雨が降り注ぎ、海面は無数の妖怪や異形が蠢く、まさに生きた地獄と化していた。
その海原を突き進む一艘の黒塗りの軍船。
待ち受けるのは、鬼王の精鋭部隊──『赤鬼』および『青鬼』が率いる、数千の百鬼夜行大軍勢。
「ヒヒヒッ! 愚かな人間どもが、数人だけで突っ込んできおったわ!」
「喰らえ! 一片の肉も残さず噛み砕いてやる!」
巨体と金棒を誇る赤鬼の咆哮とともに、天を埋め尽くすほどの海坊主、烏天狗、骨餓鬼の群れが群がり、軍船へとなだれ込む。
普通のアニマ(人間)であれば、この圧倒的な暴力の奔流を前にして絶望に狂い、押し潰されるだろう。
──だが、船上に立つ四人に「恐怖」という概念は存在しなかった。
【K.I.B.I. System: Tactical Data Link - ACTIVE.】
【Neural Sync: 100%. No Communication Required.】
思考、視界、感覚の完全同期。
彼らの頭脳には、今や「会話」という不効率な言語伝達すら必要ない。
雉羽が捉えた全視界が、申ノ介の罠演算が、狗牙の近接反射が、そして俺の指揮演算が、一瞬のディレイもなく四人の脳内を駆け巡る。
「……ミッションスタート」
俺が小さく呟いた瞬間、殺戮の宴の幕が切って落とされた。
──パンッ!
一閃の風切り音。
数キロ先、鬼の軍勢の指揮を執っていた『青鬼』の眉間が、寸分の狂いもなく打ち抜かれた。
雉羽の大弓から放たれた超高速の風の矢。
彼女の視界は、四人全員の脳内にリアルタイムでホログラムとして投影されている。
背後から襲いかかる烏天狗の死角、海中から迫る海坊主の位置──全てが「丸見え」だった。
(雉羽、後方へ牽制射撃。申ノ介、船首へ広域罠展開。狗牙──敵前衛の解体を開始)
声を出さず、思考のデータ通信を送信する。
(任せなッ!)
思考の伝達と同時に、狗牙が狂気的な歓喜とともに跳躍。
二刀の刃が赤雨を切り裂き、最前線の大型妖怪『赤鬼』の巨体へ肉薄する。
「な、なにぃ……ッ!?」
赤鬼が金棒を振り下ろすより早く、狗牙は申ノ介の張り巡らせた「不可視の鋼糸」を足場にして空中を縦横無尽に踏み荒らす。
申ノ介の多重思考が数秒先の赤鬼の挙動を割り出し、雉羽の風の術が狗牙の身体を加速させる。
「遅ぇんだよ、クソ鬼がッ!」
ザシュ、ザシュ、ザシュッ──!
目にも留まらぬ速度で繰り出される二刀流の連撃。
赤鬼の頑丈な皮膚、筋肉、そして骨が、まるで紙屑のように切り刻まれていく。
血飛沫が舞い散る中、赤鬼は反撃の機会すら与えられず、瞬く間に肉片へと解体された。
「ひ、ひぃぃっ!? 赤鬼様が一瞬で……!?」
「化け物だ! あいつら、人間じゃねぇ!」
雑鬼たちの間に凄絶な動揺が走る。
だが、逃走すら許されない。
申ノ介の手が印を結ぶ。
「【K.I.B.I.・広域伝播式・呪印殺陣】……起動」
海上に張り巡らされた数千本の鋼糸と符が一斉に発火。
雉羽の狙撃によって正確に弱点を撃ち抜かれた妖怪たちが、申ノ介のトラップの連鎖爆破に巻き込まれ、次々と爆死していく。
声を出さずとも、四人はまるで「一つの巨大な多面体生命」のように動いていた。
狗牙の突進の死角を雉羽が狙撃でカバーし、
雉羽への接近を申ノ介のトラップが完全に遮断し、
そして、その全てを俺の冷徹な戦術演算がコントロールする。
「……次は、俺だ」
俺は敵の直撃を避けながら、船上に雪崩れ込んできた残党の渦中へ踏み込んだ。
小太刀を逆手に保持し、CQCの歩法で滑るように敵の懐へ。
ナノマシンで硬化された打撃で妖怪の喉を潰し、体勢を崩した瞬間に首筋へ小太刀を突き立てる。
無駄な動きは一切ない。
美しくすらある、純粋な「作業」としての殺戮。
「ガハッ……お、おのれ人間……!」
「貴様らは、一体なんなのだ……!?」
絶命間際の妖怪が、恐怖に引きつった顔で俺を見上げる。
俺は小太刀を引き抜き、血を払いながら、冷ややかな眼光で敵群を見下ろした。
「答えなど無意味だ。貴様らはただ、駆逐されるだけの害獣に過ぎない」
血の海峡を埋め尽くしていた数千の百鬼夜行。
わずか数分の戦闘で、海は黒い血と肉片で埋め尽くされ、生存者は皆無となった。
圧倒的なまでの無双。
だが、その勝利に歓声など上がらない。
【K.I.B.I. System Notice: Bio-Nanomachine Overclock Level 12%.】
【Cellular Degradation Progressing as Scheduled.】
視界の端で明滅する赤色のシステムメッセージ。
ナノマシンの過剰駆動は着実に彼らの細胞を蝕み、命のカウントダウンを刻んでいる。
しかし、四人の表情にあったのは、満足気な微かな笑みだけだった。
「ふぅ……肩慣らしにもなりやしないね」
申ノ介が刻み煙草、紫煙を燻らせる。
「へっ、この『チームプレイ』、癖になりそうだぜ」
狗牙が返り血を拭い、ニヤリと笑う。
「ふふ、背中に目があるというのは、不思議な感覚ですね」
雉羽が大弓を収め、静かに海を見つめる。
俺は船首に立ち、荒波の向こう側にそびえ立つ、黒紫色の禍々しい要塞都市を指さした。
「雑魚の掃除は終わった。……最終目的地、要塞『鬼ヶ島』へ突入する」
人類の歴史上、誰一人として生きて帰った者のいない絶対不可侵の領域――鬼の本拠地へと踏み込む。




