決戦の果てに
黒紫の霧に包まれた天守閣最深部──『玉座の間』。
床一面には太古から捧げられてきた人間の骨が敷き詰められ、血の匂いが充満していた。
そこに鎮座していたのは、圧倒的な魔圧を纏う巨大な影。
この世界の絶対的支配者であり、絶望の元凶──『鬼王』。
「……見事だ、虫ケラども」
鬼王の声が、空間そのものを震わせる。
その背後には、異次元から溢れ出す無尽蔵の暗黒物質と、人間を家畜たらしめてきた世界のシステムが蠢いていた。
「まさか我が精鋭を全て屠り、この座所まで辿り着くとはな。だが、知るが良い。我ら『鬼』とは、かつて滅びかけたこの星の文明が遺した『環境管理プログラム』なのだ。人間という害獣が増えすぎぬよう、間引き、管理するための……必要な悪なのだよ!」
鬼王の口から明かされる、この世界の残酷な真実。
だが──
「くだらん」
俺の冷徹な一言が、鬼王の演説を遮った。
「環境管理? 必要な悪? ……ミッションにおいて、標的の言い訳や過去は全てノイズだ」
俺の脳内UIが、緋色から「完全解放」を示す漆黒の警告色へと変わる。
【K.I.B.I. System: Final Phase - Overclock 100%.】
【WARNING: Total Cellular Collapse Imminent. Remaining Time: 180 Seconds.】
残り時間三分。
ナノマシンの限界駆動により、俺たちの肉体は内側から光の粒子となって崩れ始めていた。
指先が、足が、ゆっくりと透明な輝きへ溶けていく。
だが、四人の瞳に宿るのは、絶対の自信と静かな狂気だけだった。
「狗牙、申ノ介、雉羽……最終作戦を開始する」
(応よッ!)
(了解だ、隊長)
(喜んで!)
思考リンクによる三者三様の強い同意。
会話は不要。四人の魂が完全に溶け合い、言葉を超えた一つの「殺戮数式」となる。
「死ねぇぇぇッ、虫ケラどもがぁッ!」
鬼王が放つ、空間すら捻じ曲げる暗黒の魔導奔流。
普通の人間なら存在ごと消滅する絶対の暴力。
(雉羽ッ!)
雉羽が全身の細胞を弾けさせながら、大弓の弦を極限まで引き絞る。
「【K.I.B.I.・全霊穿ち】……届きなさいッ!」
放たれた一矢が、風の概念そのものを切り裂き、鬼王の暗黒魔導の「構造的中心」を真っ直ぐに打ち抜いた。
炸裂する衝撃波。魔力の奔流が霧散する!
(申ノ介ッ!)
「任せな! 【K.I.B.I.・空間封殺網】!」
申ノ介の指先から放たれた無数のナノワイヤーが、爆風を突いて鬼王の巨大な四肢に巻きつく。
多重演算によって割り出された「身体制御の急所」へワイヤーが刺さり、鬼王の動きが完全に固定される!
「ぬ、なにぃぃッ!? 身体が……動かん!?」
驚愕する鬼王の眼前に、跳躍する二つの影。
「あたしの全てを……持っていきな!!」
狗牙が全身から血を噴き出しながら、二刀にナノマシンの全エネルギーを収束させる。
閃光。
鬼王の誇る絶対不可侵の概念装甲が、狗牙の狂おしい連撃によって砕け散った!
そして──装甲の破片が舞う中心へ、俺は踏み込んだ。
「ターゲット・ロックオン。コア(核)確認」
逆手に保持した小太刀。ナノマシンの超振動が、刃を純白の光へと変えている。
「バ、化け物め……人間ごときが、この世界を壊すというのか……!?」
絶望に顔を歪める鬼王。
俺はその胸腔へ、正確無比に小太刀を突き立てた。
──ズドオォォォォンッ!!
「ミッション……コンプリート」
小太刀を通じて流し込まれた全ナノマシンの自爆プログラムが、鬼王の体内で炸裂。
鬼王の巨体が内側から白い光に包まれ、悲鳴を上げる暇もなく、存在ごと消滅していく。
世界の理を縛っていた暗黒のシステムが、ガラガラと崩れ去っていった。
◇
静寂が、玉座の間を包み込む。
鬼王は滅び、世界に蔓延っていた呪いは雲散霧消した。
だが、その中心に立つ四人の身体もまた、光の粒子となって空へと溶け出していた。
【K.I.B.I. System: Task Completed.】
【Bio-Nanomachines: Self-Destruct Initiated.】
【Soul Deconstruction: 90%... 95%...】
視界が白く染まっていく。
脚は既に消え、手先も光の塵となって風に舞っていた。
「……はは、本当に……痕跡すら残らず消えるんだねぇ」
申ノ介が、光になりゆく自分の手を見つめながら、穏やかに笑った。
その顔には、長年彼を苛んでいた後悔の陰りはどこにもなかった。
「へっ……最高の仕事だったぜ、隊長」
狗牙が片目の眼帯を外し、晴れやかな笑顔で俺を見つめる。
「あたしの復讐、完璧に遂げさせてくれた。……礼を言うぜ」
「私も……こんなに晴れやかな気持ちで最期を迎えられるなんて、思いもしませんでした」
雉羽が静かに胸に手を当て、空を見上げる。
「この世界に……綺麗な朝が来ますね」
三人の視線が、俺へと集まる。
そこにあったのは、悲壮感など欠片もない、それぞれの意思で生き抜き、死を遂げる者たちの晴れやかな顔だった。
俺は己の消えゆく手を見つめ、前世の冷酷な記憶と、この世界で過ごした時間を思い返した。
情も、涙も、生き残る未来もない。
計算し尽くされた、死を前提とした特攻。
だが──
「……悪くないミッションだった」
俺の口から零れた言葉に、三人は顔を見合わせ、満足そうに微笑んだ。
朝日が、壊れた天守閣の隙間から差し込んでくる。
その温かな光の中で、四人の光の粒子はひとつに重なり合い、空へと溶けて消えていった。
鬼を滅ぼした者たちの名を歌う者は、誰もいない。
彼らが残したのは、ただ静かに訪れた、人類の新しい朝だけだった。




