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もしも、元特殊部隊員が超技術で桃太郎に転生したら  作者: アルファベット・あき蔵


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不治の呪いと、最後の弾丸

『黒金』から遠く離れた、鬼の領域との境目に位置する風哭(ふうこく)の谷。

年中、荒涼とした木枯らしが吹き荒れるその断崖絶壁の頂に、古びた神社がひっそりと佇んでいた。


「……ここかい? 隊長。鬼の呪病に侵された巫女様がいるってのは」


申ノ介の問いに、俺は無言で頷いた。


『K.I.B.I.プロトコル』により、俺と狗牙、申ノ介の三人はすでに思考と感覚を共有している。

申ノ介の張り巡らせた微小な呪術結界が、神社を取り囲む「異様な気配」を検知して脳内HUDに赤い警告アラートを打ち上げていた。


「すごい風だね……だが、風の中に『鉄と死』の匂いが混じってやがる」


二刀の柄に手をかけた狗牙が、眼帯の奥の目を細める。


鳥居をくぐり、拝殿の奥へと足を踏み入れると、薄暗い廊下の突き当たりにその人物は座していた。


黒髪を静かに垂らし、巫女装束を纏った美しい女性──雉子島(きじしま) 雉羽(ちはね)。

だが、その肌は病的なまでに白く、首筋から頬にかけて、黒い脈打つような痣──鬼王が解き放った不治の呪病『黒蝕(こくしょく)』の痕が侵食していた。


彼女の膝の上には、身の丈を超えるほど巨大な漆黒の大弓が横たえられている。


「……引き返しなさい。ここは死者の家です」


雉羽は目を閉じたまま、鈴の転がるような透明感のある、しかし底知れぬ冷たさを孕んだ声で呟いた。


「私の肉体はすでに『黒蝕』によって八割が壊死している。あと数日もすれば、私は自我を失い、肉を求めるだけの醜い妖怪へと成り下がるでしょう。……私を殺しに来たのなら、今すぐ首を跳ねなさい」


「殺しに来たのではない。買収に来た。識別コード:K.I.J.I.(Kinetic Intercept & Judgment-Indicator)──雉子島 雉羽」


俺の冷徹な声に、雉羽はゆっくりと瞼を開けた。

その瞳は、すべてを諦め、澄み切った絶望を湛えた「死者の色」をしていた。


「買収……? 命が尽きかける私に、何を買い取る価値があるというのです」


「貴様の持つ『風と音を操る異能』、そして数キロ先からでも針の穴を通す狙撃精度だ」


俺は一歩、歩みを進めた。


「鬼王の居城『鬼ヶ島』は、強大な概念結界と無数の雑鬼によって守られている。突入にあたり、チーム全体を俯瞰し、結界の隙間と敵の幹部の急所を長距離から一撃で穿つ『絶対的な目』と『絶対的な火力』が必要だ」


雉羽は小さく、自虐的な笑みを漏らした。


「無茶を言いますね。私にそんな力はもうありません。弓を引くだけで肉が裂け、呪病が全身を苛む。……私はただ、静かに人間として死にたいのです」


「ただ病に倒れて死ぬか。それとも、世界を地獄に変えた元凶の喉元に、その最後の一矢を突き立てて死ぬか」


俺の言葉に、雉羽の身体がぴくりと揺れた。


「貴様が『黒蝕』に侵されたのは、鬼の襲撃から幼い巫女たちを逃がすため、単身で鬼の幹部と交戦したからだな。不治の呪いを受けながらも、貴様は今まで自決しなかった。……なぜだ?」


俺は雉羽の目の前で膝をつき、彼女の「澄んだ絶望の瞳」を真っ直ぐに見据えた。


「死にたくないからではない。自分をこんな身体にした鬼に、一矢報いなければ死んでも死にきれないからだ」


「……ッ」


雉羽の息が詰まる。

冷徹な表情の奥に隠していた、決して消えることのない「静かな怒り」を、俺は見破っていた。


「【K.I.B.I.プロトコル】を起動すれば、ナノマシンが貴様の『黒蝕』の進行を一時的に完全に凍結(フリーズ)させる。痛覚は遮断され、全身の細胞は極限まで覚醒する。一度限りの、完璧なコンディションを取り戻せる」


俺は最後の『生体量子セル(きびだんご)』を差し出した。

銀色に明滅するその球体は、彼女の命を燃やし尽くす最後の燃料だ。


「だが……それが最後の炎だ。ミッション完了と同時に、ナノマシンは過剰駆動によって自爆。貴様の細胞と魂は、量子レベルで跡形もなく消滅する」


「……救いはないのですね」


「ない。俺たちが手にするのは『鬼王の死』と『俺たちの消滅』……それだけだ」


静寂が、風の音とともに拝殿を包み込む。


申ノ介の多重思考が、狗牙の狂おしいほどの戦意が、そして俺の冷徹な計算が、空気を通じて雉羽へと伝わっていく。

彼女は俺の手の中にある銀色のセルを見つめ、次いで俺たちの顔を一人ひとり見回した。


そこにあったのは、哀れみでも犠牲の悲壮感でもない。

「完璧なミッションを遂行して死ぬ」という、研ぎ澄まされたプロフェッショナルたちの覚悟だった。


「……ふふ」


雉羽の唇から、小さな笑みが零れた。

その顔から病の陰りが消え、息を呑むほどに美しく凛とした表情が浮かび上がる。


「素晴らしい提案です、隊長さん。……病床で惨めに腐り果てるくらいなら、この世界の地獄を終わらせる『最後の一矢』になりましょう」


雉羽は細く白い指先で銀色のセルを取り、迷うことなく口へと運んだ。


【K.I.B.I. Protocol: Final Link Test.】

【Target: K.I.J.I. (Chihane Kijishima). Neural Sync Rate: 20%... 70%... 100%!】

【ALL 4 UNITS LINKED. K.I.B.I. SYSTEM: FULLY ONLINE.】


──瞬間。


拝殿の中に、暴風のような生体量子エネルギーが吹き荒れた。


雉羽の背後に投影される、広域戦術マップ(HUD)。

彼女が風の音と空気の振動で捉えた「風哭の谷全域の3Dデータ」が、即座に俺、狗牙、申ノ介の脳内へとダイレクトに転送される。


「くっ……あははっ! なんですかこれ……! 視界が、世界全体に広がっていく……!」


雉羽は驚愕しつつも、歓喜に満ちた声を上げた。

黒い痣の侵食が完全に停止し、彼女の全身に圧倒的な生命力と風の魔力が満ち溢れていく。


狗牙が首を鳴らし、二刀を抜いた。

「へっ……これで『四人』揃ったな」


申ノ介が影の中から不敵に笑う。

「全員、命の期限付きの特攻隊か。最高のチームじゃねえか」


俺は立ち上がり、静かに小太刀を腰に差した。


全ユニットのシンクロ率:100%。

チーム『桃太郎』──【K.I.B.I.特攻隊】の完全結成である。


「ミッションフェーズ1完了。これより最終ミッションに移行する」


俺の緋色のUIが、遥か海原の彼方に浮かぶ黒き要塞──『鬼ヶ島』をロックオンした。


「目的地:鬼ヶ島。ターゲット:鬼王。……全員、死ぬ準備を整えろ」


俺の冷徹な問いかけに、三人はそれぞれの武器を握り直し、不敵に口元を歪めた。


「ハッ、言われなくてもハナからそのつもりだぜ、隊長(ボス)」

狗牙が二刀を強く握り締め、狂気と歓喜の混ざった笑みを浮かべる。


「やれやれ……一番高くつく買い手についっちまったな。指示通り動いてやるよ」

申ノ介が影の中で煙管の煙を吐き出し、諦念混じりの笑みを漏らす。


「ええ……私の命、最後の一滴までお使いください」

雉羽が大弓を静かに構え、凛とした澄んだ瞳で頷いた。

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