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黒い災厄は、聖なる伴侶の檻から逃げられない~前世で俺を殺した英雄が、今世では赤い糸で俺を閉じ込めてくる~  作者: なつめ
第一章【赤い糸は檻になる】

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第10話 黒魔法適性測定



 魔法適性測定室は、学院本館の北棟にあった。


 白い石で造られた長方形の部屋だった。壁も床も天井も、磨かれた白石で統一されている。窓は高く、外の中庭の緑はほとんど見えない。代わりに、天井近くの魔力灯が淡い光を落とし、室内を昼のように明るく保っていた。


 光は清潔だった。


 清潔すぎた。


 白い床に靴音が響くたび、ノア・クロウは少しだけ肩が凝った。こういう場所は苦手だ。白く、明るく、整っていて、何も隠せない顔をしている。人間は隠したいものほど、白い部屋で暴こうとする。趣味が悪い。だいたい白い部屋でまともな思い出ができた人間など、世界にどれくらいいるのか。知らないが、多分少ない。


 測定室の中央には、巨大な水晶柱が立っていた。


 大人二人分ほどの高さがあり、床の魔法陣から天井近くまでまっすぐ伸びている。透明な柱の内部には、細い銀の線がいくつも走り、根元の測定魔法陣へ繋がっていた。魔法陣の周囲には、記録係の机が三つ並んでいる。机の上では羽根ペンが浮いており、生徒名簿の上で待機していた。測定値が出れば、自動で記録する仕組みらしい。


 水晶柱の下部には、学院の校章が刻まれていた。


 三本の線が絡み、中央に小さな星を抱く意匠。


 ノアはそれを見て、すぐ視線を逸らした。


 朝から何度も見せられている。寮の階段、窓辺の結界紋、教本の表紙、そして測定水晶。学院は校章を押しつけるのが好きらしい。主張の強い校章だ。ここまで来ると、もはや自己紹介がうるさい。


 新入生たちは、科ごとに並ばされていた。


 聖魔法科は人数が多い。白と金の縁取りを持つ制服が、測定室の明るさによく映えている。火魔法科、水魔法科、風魔法科、魔具科もそれぞれまとまっていた。貴族出身の生徒は周囲と談笑し、平民出身の生徒はやや緊張した顔で立っている。


 黒魔法科だけ、明らかに少なかった。


 ノアを含めて数えるほどしかいない。しかも、他の科の生徒たちは無意識に距離を取っている。白い床の上に、ぽっかり隙間ができていた。まるで黒魔法科の周囲だけ、目に見えない柵があるようだった。


 ノアはその隙間を見て、明るく言った。


「黒魔法科、少数精鋭ってやつ? 人気なさすぎて逆にプレミア感あるな」


 隣にいた眼鏡の少年が、小さく咳き込んだ。


 昨夜、食堂で少し話した黒魔法科の生徒だ。名前はマルクといった。真面目そうな顔をしていて、緊張すると眼鏡を直す癖がある。


「君、よくそんなこと言えるね」


「黙ってると空気が湿るから」


「空気?」


「黒魔法科ってだけで、この距離感だぞ。俺たち、もしかして毒キノコ扱い?」


「少なくとも、食べ物扱いではないと思う」


「真面目に返すな。俺の軽口が迷子になる」


 褐色の肌の少女が、鼻で笑った。


 彼女は黒魔法科の新入生の一人で、名前はサナ。周囲の視線に噛みつきそうな目をしている。今も、聖魔法科の生徒たちを正面から睨み返していた。


「距離を取ってくれるなら楽でいい。近くでひそひそ言われる方が面倒」


「分かる。遠巻きの鑑賞なら入場料取れるしな」


「取るのか」


「取れるものは取る。平民なので」


 サナは少しだけ口元を緩めた。


 その時、測定室の扉が開いた。


 教師たちが入ってきた。


 先頭に立つのは、黒魔法科教師セドリック・バロウズだった。痩せた長身の男で、黒いローブの上から銀縁の測定具を肩にかけている。鋭い目は眠そうにも見えるが、室内を一度見ただけで、生徒たちの緊張と配置をすべて拾ったようだった。


 他の科の教師もそれぞれ配置につく。聖魔法科教師は白いローブの女性で、淡い金の髪を後ろで結んでいた。火魔法科教師は腕組みをし、水魔法科教師は水晶柱の安全確認をしている。記録係の羽根ペンが、名簿の上で一斉に起き上がった。


 セドリックが静かに言った。


「魔法適性測定を始める」


 声は大きくない。


 けれど、測定室の端まで届いた。


「測定するのは、魔力総量、純度、安定性、属性適合、魔法回路の反応速度だ。水晶柱へ手を置き、教師の合図で魔力を流す。必要以上に流すな。測定器を壊した者は、故意でなくても報告書を書く」


 ノアは小さく呟いた。


「報告書。測定器より怖い単語出たな」


 マルクがまた咳き込んだ。


 セドリックの目が一瞬だけこちらを見た。


 聞こえていたらしい。


 ノアはにこりと笑っておいた。


 教師は何も言わなかった。


 測定は、火魔法科から始まった。


 赤い光が水晶柱の中を走る。炎の紋様が浮かび、羽根ペンがさらさらと記録していく。次に水魔法科。水晶柱の中に青い波紋が広がる。風魔法科では透明な渦が生まれ、魔具科では複雑な銀の回路が一瞬だけ浮かんだ。


 生徒たちはそのたびに小さくざわめいた。


 誰の魔力量が高いか。


 誰の安定性が低いか。


 誰が家名に恥じない数値を出したか。


 測定室は、ただの授業ではなく、最初の品定めの場になっていた。人間、本当に人を測るのが好きだ。水晶に数字を出されると安心するらしい。数字が魂まで測れると思っているなら、めでたいにも程がある。


 やがて、聖魔法科の番になった。


 空気が変わった。


 レオ・アステルレインが呼ばれたからだ。


「レオ・アステルレイン」


 聖魔法科教師が名を呼ぶと、生徒たちの視線が一斉に集まった。


 レオは静かに列から出た。


 白と金の制服は今日も完璧だった。背筋はまっすぐで、歩幅は揃い、測定室の白い床を歩いているだけなのに、まるで式典の壇上へ向かうような気品がある。金髪が魔力灯の光を受け、碧い目は穏やかに前を見ている。


 ノアは腕を組んだ。


 相変わらず王子様だ。


 腹立たしいくらいに。


 レオは水晶柱の前へ立ち、右手を添えた。


 聖魔法科教師が頷く。


「始めなさい」


 白金の光が、静かに灯った。


 最初は指先だけだった。


 だが次の瞬間、水晶柱の内部が一気に白金の光で満たされた。眩しすぎない。だが、圧倒的だった。聖堂の朝のように澄み、雨上がりの光のように柔らかく、それでいて鋼のように揺らがない。柱の内側に幾何学的な聖印がいくつも浮かび、透明な結界の輪が重なっていく。


 記録係の羽根ペンが、急に忙しく動き出した。


 聖魔法純度、極めて高。


 魔力量、規格外。


 安定性、最高値。


 魔法回路反応、極めて良好。


 教師たちの表情が変わる。


 聖魔法科の新入生たちが息を呑んだ。誰かが小さく「さすがアステルレイン家」と呟く。貴族の生徒たちは感嘆し、平民の生徒は眩しそうに目を細めた。


 レオは、その反応をほとんど見ていなかった。


 彼の視線は、ほんの一瞬だけ黒魔法科の列へ向いた。


 ノアの方へ。


 ノアは目が合う前に、わざと大げさに拍手した。


「おー、王子様、発光性能がすごい」


 近くの生徒がぎょっとした。


 聖魔法科の数人が、失礼だという顔をした。


 レオはただ、穏やかに笑った。


「君に褒められたなら十分だよ」


 ノアは肩をすくめた。


「褒めたというか、照明器具としての評価だけどな」


「それでも」


「それでも、が重い」


 水晶柱の白金の光が、ゆっくり収束していく。


 レオは手を離し、教師へ一礼した。どこまでも整っている。だが、彼の評価への関心は薄い。周囲の感嘆より、ノアが見ていたかどうかの方が重要だと、そう分かる視線だった。


 嫌な優先順位だ。


 いや、嫌というには、首元が少し熱い。


 ノアはそれを無視した。


 聖魔法科の測定が続き、やがて黒魔法科の番が来た。


 室内の空気が、また変わる。


 今度は明るい期待ではない。


 警戒。


 好奇。


 怖いもの見たさ。


 セドリックが名簿を見た。


「マルク・エイン」


 眼鏡の少年が水晶柱の前へ出る。


 黒魔法は、他の属性のように華やかな光を出さない。マルクの手から流れた魔力は、水晶柱の下部に黒い靄を作った。靄はすぐに細い影の糸となり、測定魔法陣の縁を撫でる。数値は平均より少し高い。安定性は悪くない。


 マルクはほっとした顔で戻ってきた。


 サナの番では、黒い棘のような紋様が水晶の内部に浮かんだ。魔力量は高いが、制御が荒い。サナは教師にいくつか注意を受け、不満そうに戻ってくる。


 そして、ノアの名が呼ばれた。


「ノア・クロウ」


 ざわめきが、細く広がった。


 ノアは列から出た。


 黒い縁取りの制服は、相変わらず少し着崩している。タイは緩く、襟元は他の生徒より開いていた。小柄な身体は水晶柱の前に立つと、余計に細く見える。だが、視線は下げなかった。


 測定室の白い光が、赤い瞳を照らす。


 ノアは水晶柱を見上げた。


 透明な柱。


 その内部に、これから自分の魔力が映る。


 最悪だ。


 自分の内側を白い部屋で晒す趣味はない。魔法適性測定など、つまり「あなたの魂の断面を学院公認で拝見します」という行事ではないか。やはり教育機関は恐ろしい。


 セドリックがノアを見た。


「手を置け」


「壊したら報告書?」


「壊すな」


「努力目標で」


「義務だ」


「厳しい」


 周囲がわずかにざわつく。


 セドリックは表情を変えなかった。


 ノアは水晶柱へ手を置いた。


 冷たかった。


 指先から腕へ、測定水晶の魔法が薄く流れ込む。魔法回路の表面を撫で、属性を探る感覚。くすぐったいような、不快なような。ノアは眉を寄せた。


「始めなさい」


 最初は、何も起きなかった。


 水晶柱は透明なまま。


 黒い靄も、影も、花も出ない。


 測定室に、一瞬だけ妙な沈黙が落ちた。


 誰かが小さく笑いかけた。


 平民だから。


 黒魔法科なのに反応しないのか。


 見た目だけか。


 そんな言葉が、空気の中に浮かびかける。


 ノアは笑った。


「そんなに見つめられると照れるなー」


 そして、ほんの少しだけ魔力を流した。


 水晶柱の内部に、黒い霧が生まれた。


 最初は、指先ほどの小さな影だった。


 だが、それはすぐに水晶の中心へ沈み、底の見えない深さを作った。透明だった柱の内側が、夜明け前の空のように暗くなる。黒い霧は水晶の中でゆっくり渦を巻き、そこから黒い花が一輪、音もなく咲いた。


 花弁は光を吸った。


 測定室の温度が下がる。


 魔力灯の光が、ひとつ、またひとつと暗くなる。白い石壁に落ちていた明るさが薄れ、部屋全体が影を帯びた。生徒たちが息を呑む。誰かが一歩下がった。床の測定魔法陣が、黒い霧へ触れた瞬間、細く震える。


 水晶の内部に、骨の鎖が浮かんだ。


 白い骨ではない。影が骨の形を取ったような、黒く濁った鎖。それが水晶柱の内側で巻きつき、さらに奥へ沈んでいく。次に、影の棺のような魔法式が開いた。棺の蓋には読めない文字が走り、黒い水のような魔力が底で揺れる。


 羽根ペンが止まった。


 記録係の一人が顔色を変える。


 水晶柱の根元に、測定値が浮かび上がる。


 魔力総量、測定上限超過。


 純度、判定不能。


 安定性、表層安定、深層不明。


 属性適合、黒魔法特異。


 魔法回路反応、測定不能域。


 セドリックの目が細くなった。


 ノアの胸の奥で、魔力核がざわめく。


 黒い霧はまだ、ほんの表面だけだ。


 奥を見せるな。


 水晶が、もっと深く探ろうとしてくる。測定魔法陣が魔法回路の奥へ触れようとする。ノアは指先に力を込めた。制御する。押し戻す。いつものように。笑って、軽く見せて、深いところは閉じる。


 だが、一瞬だけ遅れた。


 水晶柱の奥に、頁の影が浮かんだ。


 黒い頁。


 めくれかけた魔導書の影。


 その端に、三本の線が絡む紋様がちらりと浮かぶ。中央に目のような歪みを持つ、見慣れたくない形。


 セドリックが気づきかけた。


 ノアはすぐに魔力を絞った。


 頁の影は消えた。


 水晶柱の中の黒い霧が薄れ、黒い花も骨の鎖も影の棺も、すべて沈むように消えていく。測定室の温度が少しずつ戻り、魔力灯が明るさを取り戻した。


 ノアは手を離した。


 その瞬間、首元に熱が走った。


 白金の、糸のような気配。


 赤い糸ではない。


 まだ見えない。


 けれど、どこかから伸びた細い魂糸の予兆が、ノアの黒魔法へ反応している。魔力の表面を、そっと撫でられたような感覚が残った。


 ノアは喉を鳴らしそうになって、笑いでごまかした。


「はい、測定終了? 壊してない。俺えらい」


 誰もすぐには笑わなかった。


 周囲の生徒たちは、恐怖に近い目でノアを見ていた。さっきまで嘲笑しかけていた生徒の顔は青い。聖魔法科の何人かは、無意識に胸元の聖印へ触れていた。火魔法科の生徒は、火を出す指を握り込んでいる。


 黒魔法科のマルクでさえ、眼鏡の奥で目を見開いていた。


 サナだけが、小さく息を吐く。


「……規格外すぎ」


「褒め言葉?」


「たぶん違う」


「残念」


 ノアは軽く返した。


 声が少し掠れていた。


 自分でも分かった。


 測定水晶に魔法回路の奥を撫でられたせいか。黒い頁の影を見たせいか。首元に残った熱のせいか。喉の奥がざらつき、軽口の終わりが少しだけ落ちる。


 レオだけが、別の目でノアを見ていた。


 恐れていない。


 怯えていない。


 むしろ、周囲が遠ざかれば遠ざかるほど、彼だけが近づこうとしているように見える。碧い目の奥に、静かな熱があった。


 レオは、低く言った。


「綺麗だった」


 ノアの軽口が、一瞬止まった。


 戦場の記憶が、胸の奥で開く。


 黒い魔法式。


 白金の光。


 雨の礼拝堂跡。


 君の魔法は、綺麗だ。


 聖魔法の王子様が黒魔法を褒めるな。教会に怒られるぞ。


 君が使うなら、綺麗だ。


 ノアは、息を吸った。


 喉が詰まる。


 首元が熱い。


 魔力核の奥が、かすかにざわめいている。


 笑え。


 今は笑うところだ。


「王子様、目ぇ大丈夫?」


 声はわざと軽くした。


 少し軽すぎた。


 レオはそれに気づいている顔をしていた。


「君が使うなら、綺麗だ」


 同じだった。


 違う声のはずなのに。


 違う名前のはずなのに。


 ノアは口元だけで笑った。


「聖魔法科の首席が黒魔法を綺麗とか言うと、友達なくすぞ」


「君がいる」


「勝手に友達枠へ入れるな。重い」


「友達ではないよ」


「さらに重い言い直しやめろ」


 そのやり取りに、周囲の空気が少しだけ緩んだ。


 だが、完全には戻らなかった。


 ノアの黒魔法を見た恐怖は、測定室の白い石の中に残っていた。誰も近づきすぎない。誰も真正面から褒めない。誰も、あの黒い霧を綺麗とは言わない。


 レオだけが言った。


 その事実が、ノアの首元に熱を残した。


 測定が終わり、授業は一時休憩になった。


 生徒たちは測定室の外へ出て、廊下や中庭に散らばる。ノアは水晶柱から少し離れた壁際に立ち、深く息を吐いた。喉の掠れがまだ残っている。胸の奥のざわめきは、ほとんど収まった。ほとんど、だ。


 レオが近づいてきた。


 手には水の入った小さな杯がある。


 ノアはそれを見て、顔をしかめた。


「喉渇いた顔してた?」


「少し掠れていた」


「声の監視、継続中かよ」


「監視ではなく、確認」


「昨日から思ってたけど、その言い換え、全然無罪にならないからな」


「飲む?」


「飲むけど」


 ノアは杯を受け取った。


 受け取ってから、また少し腹が立った。


 レオの差し出す水に慣れたくない。けれど喉は渇いている。人間の身体、敵に回ると面倒だ。いや、レオは敵ではない。味方でもない。相部屋の王子様で、前世の何かに似ていて、距離感が壊れていて、声を聞きすぎる男。分類不能。最悪。


 水は冷たく、少しだけ浄化の光を含んでいた。


 喉を通ると、ざらつきが和らぐ。


「……うわ、飲みやすい」


「よかった」


「褒めてない。水にまで気遣いを混ぜるな。逃げ場がなくなる」


「逃げたい?」


「質問が重い」


「そう」


「そこで引くな。気まずいだろ」


 レオは微笑んだ。


 だが、その視線はノアの喉元に落ちている。


 ノアは杯を返しながら言った。


「見るな」


「ごめん」


「謝るなら見るな」


「努力する」


「信用ならない返事、昨日も聞いた」


「覚えているんだね」


「記憶力を勝手に喜ぶな」


 ノアは壁から背を離した。


 その時、低い声がかかった。


「ノア・クロウ」


 振り向くと、セドリック・バロウズが立っていた。


 黒いローブの裾が白い床にかすかに触れる。鋭い目はノアをまっすぐ見ている。怖がっている目ではない。警戒はある。だが、それ以上に、測ろうとする教師の目だった。


 ノアは軽く片手を上げた。


「はい、壊してません。報告書は回避しました」


「水晶柱は壊れていない」


「よかった。初日から借金生活は嫌なので」


 セドリックは表情を変えなかった。


「君は、普段からそれを抑えているのか」


 ノアは笑った。


 周囲の空気が、少しだけ静かになる。


 マルクも、サナも、近くの生徒たちも、こちらを見ていた。


 レオも見ている。


 ノアは肩をすくめた。


「俺、普段から品行方正なので」


「質問に答えていない」


「品行方正な生徒なので、危ないものはちゃんと蓋してます」


「蓋で済むものか」


「先生、初対面から踏み込みますね。人気出ないぞ」


「人気は必要ない」


「強い」


 セドリックの目が、わずかに細くなる。


「測定中、水晶柱の奥に頁のような影が出た」


 ノアの笑みが止まりそうになった。


 止めなかった。


 口元だけで、さらに軽くする。


「黒魔法ですから。影の演出は得意分野ですー」


「ただの影ではない」


「先生、白い部屋で黒いもの見ると全部不穏に見えるタイプ?」


「君は、自分の魔法をどこまで理解している」


 ノアは一拍だけ黙った。


 理解している。


 理解していない。


 どちらも違う。


 自分の魔法だ。だが、自分だけのものではない気配が奥にある。黒い頁。見慣れない紋章。夢の中の声。まだ終わっていない、と囁いた何か。


 ノアは笑った。


「少なくとも、報告書を書かない程度には」


 セドリックはしばらくノアを見ていた。


 それから、小さく息を吐く。


「抑えすぎるな。黒魔法は、押し込めればいいものではない。深部で腐る」


「怖い言い方するなー」


「事実だ」


「先生、友達少なそう」


「教師に友達はいらない」


「本当に強い」


 ノアは軽く返した。


 だが、セドリックの言葉は胸の奥に残った。


 押し込めればいいものではない。


 深部で腐る。


 魔力核の奥が、かすかにざわめいた。


 その時、横で白金の魔力が灯った。


 ほんの一瞬。


 レオの指先だった。


 誰にも気づかれないほど小さな光。だが、ノアには気配で分かった。水を渡した時とは違う。喉を心配した時とも違う。もっと細く、硬い光。


 レオは、穏やかな顔をしていた。


 だが、その目はセドリックを見ていた。


 ノアが教師へ向けた声。


 教師がノアの深部へ踏み込もうとしたこと。


 その両方に、白金の魔力が反応していた。


 ノアはゆっくりレオを見た。


「王子様」


「何?」


「今、光った」


「そう?」


「とぼけ方が下手」


 レオは微笑んだ。


 セドリックの視線が、二人の間を一度だけ行き来する。


 ノアの首元に、また糸で撫でられたような熱が残った。


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