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アルカディア王国の首都は、もはや「栄華の都」とは程遠い、煤けた廃墟のような顔を見せ始めていた。
王宮の基礎が沈下し、外壁が崩落したニュースは、瞬く間に全土へ広がった。だが人々をより絶望させたのは、王宮の被害ではなく自分たちの生活に直結する「微細な部品」の全滅だった。
「……また止まった。これで三度目だ」
王都の大噴水近くにある、巨大な魔導時計塔。
この塔の複雑な歯車を潤滑し、摩耗を防いでいたのは、エルネスタが精製した「極小の球状砂」だった。だが、彼女が去ってから、その砂は熱で炭化し、ただの「硬い石の粉」へと変質していた。
結果、超高速で回転する歯車は自らを削り、嫌な金属音を立てて停止した。王都の時計は物理的に止まったのだ。
「時計だけじゃねえ。下水ポンプの砂フィルターも意味なく泥になって一緒に流されて、街中に悪臭が漂い始めてる。……聖女ミラベル様は、光を振り撒くだけで、この泥水を一杯も浄化してくれねえ」
街角で泥にまみれたパンをかじる民衆の目は、冷ややかに王宮を見上げていた。
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一方アルカディア王宮の地下。
アラルリック王子は、軍の技術者たちを怒鳴りつけていた。
「魔導砲の修理はどうなった! 北の国境にハルシュタットの軍勢の影が見えたという報告があるのだぞ!」
「も、申し訳ございません! 砲身を鋳造するための『砂型』が、どうしても作れないのです……!」
技術者が震えながら、崩れた砂の塊を差し出す。
複雑な形状の部品を作るには、高温の溶湯に耐え、かつ型崩れしない高品質な砂が不可欠だ。だが、今ある砂は、溶けた鉄を流し込んだ瞬間にガスを噴き出し、内部に無数の「気泡」を作ってしまう。
「出来上がった大砲は、初弾を撃つ前に自重でグニャリと折れる始末。……王子、正直に申し上げます。今の我が国の鍛造技術は、建国以前のレベルまで退行しております」
「貴様ら……無能な言い訳を! エルネスタを連れ戻せば済む話だと言っただろう!」
「そのエルネスタ嬢を、泥の中に突き落として追い出したのは王子、あなたではありませんか!」
一人の老鍛冶師が、ついに堪えきれずに叫んだ。
王子の顔が屈辱で歪む。だが、返す言葉はなかった。
かつて彼らが「汚い」と蔑んでいた砂仕事が、実は国家の心臓部であり、文明の骨組みであったという冷酷な事実が、今や彼らの首を強く絞めていた。
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その頃、ハルシュタット王国。
私はゼノン様と共に、雪解けの始まった国境の丘に立っていた。
私の背後には、ハルシュタットが誇る新式の「魔導重装甲師団」が控えている。
その足元を支えるのは、私が精製した、泥の中でも滑らず、粒子同士が「噛み合う」ことで驚異的な踏破性を発揮する強化砂を混ぜた、次世代の街道だ。
「エルネスタ。準備は整った。……アルカディアの民が、君の『砂』を求めて国境に集まっている」
ゼノン様が遠くを指差した。
そこには、ぼろぼろの衣服に身を包みながらも、必死の形相で国境を越えようとするアルカディアの平民たちがいた。
彼らが手にしているのは、以前、密偵を通じてばら撒いた「白い砂」の空袋。そして、多くの穀物などの献上品だった。
「彼らは知っているのだ。自分たちの命を繋いでいたのは、王宮の光ではなく、君のその指先から生まれる、地味で、だが確かな『真実』だったと」
私はゼノン様の手を借りて、先頭に立つ飛空艇へと乗り込んだ。
「……行きましょう、ゼノン様。私は、あの国を滅ぼしに行くのではありません。泥に埋もれた『本当のアルカディア』を、掘り出しに行くのです」
飛空艇のエンジンが、力強く、そして静かに唸りを上げた。
魔石の暴れ狂うエネルギーが優雅に制御され、巨大な鉄の翼を天へと押し上げる。
空を征く、鉄と砂の福音。
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アルカディアの王都が見えてきた時、私は目にした。
王宮の華麗な尖塔が、自らの重みに耐えきれず、まるでゆっくりと砂時計が落ちるように、音もなく崩れ落ちていく様を。
「……見てください。砂の支えを失っただけの楼閣が、あんなに呆気なく」
頭では理解していた。けれど、実際に目にする光景は、驚かずにいられないものだった。
ゼノン様は私の肩を抱き寄せ、冷徹な声で告げた。
「今こそ、教えてやろう。……真の聖女が、その足元の砂を一粒、動かすだけで。世界はこれほどまでに塗り変わるのだということを」
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アルカディア王都、中央広場。
崩落する王宮の轟音を聞きながら、民衆は逃げ惑うのではなく、空を見上げていた。
そこには見たこともないほど美しく、力強い銀色の翼。
そして、その甲板に立つ、かつて自分たちが守れなかった、砂まみれの聖女の姿があった。
「……エルネスタ様だ。エルネスタ様が戻ってこられたぞ!」
一人の商人が叫び、膝をついた。
それは貴族への恐怖による屈服ではなく、救いへの歓喜だった。
アラルリック王子とミラベルが、崩れかけた玉座の間から、呆然と空を見上げている。
彼らの足元にあるのは、かつての輝きを失い、ただの灰色の泥へと戻った命なき礎だけだった。




