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027_完璧でないから、

 完璧でないから、ダメなのか、良いのか?全知全能である神様であるなら、そもそも悩まないわけであり、すでに終わっているわけではある、そうでないから、私は全知全能ではない。


 ある程度世界を自由にできるというだけの、いわばギミックのようなものであり、どう転んでも、完璧な何かを作り上げることはできない。


 いやまあ、完璧な世界と作る、作れることを設定に盛り込めばできるし、万人にそれを理解させる、感じさせる、疑わせない、ことができるという設定も放り込めるわけであり、できなくはないのか?


 そう思い込ませる、錯覚させる、だけ、なのかな?ただ、誰も疑わなければ、それは完璧と言えるのではないか、自分自身が騙されなければならないわけではあるけれども、そう思い込ませる、ことは可能であるわけで。


 劇中では完璧であるという設定をしているという、この事実を、その外から、劇の外から見ている方からはそうとは捉えられないとすると、それは本当に完璧であるのかという疑問が生まれる、わけではあるけれども、そこはお約束であるから、とかそういうものであると、解釈する、読み解いてもらう、ことにすれば良いのであるかな?

 

 ただ完璧なものが必要なのであろうかという疑問はやはりあるのではないかなあと、思うわけだけどどうなんだろう?


 クオリティを上げなければならない、それは何故かというと、そうした方が人気ができるからであり、評価が高くなるからであり、単純に面白いからである。


 他者からの視点が重要になるわけであり、視点というよりは、やはり評価であるのかな?そこまで行かなくとも、こう、感動させる、心を震わせることが目的になる、重要になる、価値がある、ということなのであろうか、いやしかし、それは登場人物にとっての幸せとは違うのではないかなとも思うわけであり。


 そこに、その劇に参加する、入り込むことが決まっている役者が、その人生を誰かのための見せものにすることを良しとするのか?いや役者で劇ならば、観客を沸かせる必要はあるとは思うけども。


 演じているものがただただ快感を得るための設定であるなら、観客は不要なのではなかろうかという話になる、自己顕示欲がどうなるのか、という問題につながりそうではあるかな?


 完璧はめざせるけれども達成は無理であり、完璧になった瞬間に外からの観測でそれが否定される、とか、うーむ、不完全であるからこそ、完璧に近いということもありそうではあるなぁ。


 神様は完璧ではないかどうかという話でもあるのか?


 私はまあ、完璧ではないな。

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