表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/100

026_中身を埋める

 中身を埋める必要があるのではないか、とも思うわけですね、自我というか判断基準が曖昧なのは経験が少ないから、学習が足りていないから、ということには間違いないわけであり、それなら、そこを足らせば良いわけである、というシンプルな答えが出てくるわけではあるものの。


 そもそも私の設定そのものが、神様であり、知ろうとするならばかなりの勢いで知ることができるものであり、そしてその時間も結構一瞬に近いのではないかというか、そうであったわけで。


 全知全能ではないものの、数百年、数千年の叡智を、それは人類の文化全体を知るということではあるわけですが、この脳みそというか思考領域にインプットすることができるはずである、というかしたわけではあるけれども。


 そうすると自ずと導き出されるものであるものが、答えが無いという答えなのであり、もう少し丁寧にいうならば、素晴らしい人勢とか、幸せとかそいういものは、一概に言えるもの、断定できるものではなく、環境やら条件やら、そこに至るまでの歴史によって千差万別であるということであるのですよね。


 その環境やら条件やら、そこに至るまでのエピソードを含めて創造できるという、ことではあるわけですが、そこが自由になるならば、そこを省いても良いのではないかなという意見にもやはり妥当性がありそうなのだよね。


 予定調和でしかなく、どうやっても最後に辿り着く場所が同じで、さらにいうならば、悦楽やら快楽やら娯楽やら、幸福感というものそのものを、計画通りに進めることができるのであるならば、それを作る意味があるのであろうかという疑問が、生まれるわけでありまして。


 楽しいからやってみる、好奇心がくすぐられるからやってみる、というような、こう人間っぽいムーヴでいけるか?というと、それはそれでやっていける性格なり環境なりを整えればいけそうではある、けれども。


 予定外が起こり得ない、イレギュラーが発生しない、感情の揺らぎが感じられない、そのような物語を創造して、それを楽しむような性格に変質させて、書き綴ってみることに、意味があるのであろうか?という疑問が生まれてしまうわけであり。


 変化していくことが面白いのであり、どう変化させていくのかを悩みながら決定していったり、ままならなかったりする流れを、どう紡いでいくのか?がやはり醍醐味なのではないかな?とは思うわけであり。


 何でもできるという設定が生まれた瞬間に何もできなくなったのではなかろうかとか、こう、思うわけなんだよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ