第十番歌:声は聞いても違ふ人の顔(四・結)
四
国原キャンパスの第一体育館は、広大であり、全学部の入学式・卒業式に使用されてきた。改装によって造られた二番目の体育館なのだが、旧第一体育館を圧倒する存在感と、使い勝手の良さで「新・第一」の座に据えられたのである。
第一体育館を構える広場は、真ん中に一本の太いソテツ、周辺には芸術学部による創立五十周年記念作品「世界の握手」シリーズが、点々と置かれていた。
「皆様、お揃いですね」
ゆうひイエローが、体育館を背にして、落ち着いた声で言った。向かい合っている人達は、はなび人格のふみかレッド、もえこ人格のいおんブルー、いおん人格のはなびグリーン、ふみか人格のもえこピンク、真淵先生、咎を抱えてまゆみ先生に憑依させられた者の六名だ。
「最初に、レッド達を戻しますぅ!」
イエローの髪飾りが、ひとりでにするする伸びてゆく。お腹を意識した深呼吸をして、垂れ目を思いっきり開いた。
「むかし都の、御前に申しあげよ、沙汰せむ! 桜蔭比事の舞!」
長き物、地に着かずして、宙にたゆたう。蒲公英色のリボン、之「結び玉の緒」。緋色・露草色・常磐色・撫子色のヒロイン達それぞれの額に、結び玉の緒の端がくっついた。
「ふみかレッド!」
「なっ、なんだよっ」
「グリーンは、内嶺北部の陣盤式アクセント、俗にゆう『関西弁』や。せやのに、南部の東陣式アクセントで話している。それにグリーンはな、寝坊しやってもヘアゴムできっちりくくるんや! 輪ゴムを重宝がっているんは、紛れもなくレッドや!」
手のひらでレッドを指すと、リボンが額をつついた。
「な、なんなの、いったい」
控えめだが、譲れないところは頑なに、いくら折っても折れない精神を有するふみかが目覚めた。
「いおんブルー先輩!」
「何事デスか!?」
「先輩の着てはったコスフィオレは、既製品でした。キャラクター愛するあまりに凝ってまうピンクは、お手製のコスフィオレでキャンパスを歩くんですよぉ。また、先輩は丁寧に『です[desu]』と『ます[masu]』を発音されます。ピンクは『デス[deθ]』と『マス[maθ]』です」
冷や汗をかくブルーへ、リボンがぺし、とはたいた。
「…………!」
物静か、でも、冷めてはいない精神を有するいおんが覚醒した。
「はなびグリーン!」
「はい……です」
「制服のスカーフがいがんでいたんやけど? ブルー先輩やったら左右非対称は許しはらへんわぁ。よう注意して聞いたら、促音で終わっているなぁ。先輩は不必要な会話はせえへんで。親戚に似せよう思ても、限界があったみたいやね」
グリーンの額を、結び玉の緒は優しくノックした。
「半睡半醒っ、あんでこんなトコにいんだよあたしっ!?」
フランクで物怖じしなさそうだが、品が良く人見知りな精神を有したはなびが起きた。
「もえこピンク!」
「え、あ、はい」
「レッドは、ゲームにあんまり興味ないんやよ。コントローラーかマウス握る時間があったら、文庫本を、短編集やったら二冊は読破しているわ。はいが『Hi』になっていたんやけど、マキシマムザハート語やな? 慣れは怖いで。長う使うてたら、なかなか抜けきられへんねん」
いぶかるピンクに、結び玉の緒が一喝した。
「にゃにゃにゃ!? 痛イっスよー」
人懐っこくて大胆、でも、繊細で「自分」を模索している精神を有したもえこが復活。
「おやおや、暗示にかかっていたのですか……。他者を演じていたことを見抜かれていらっしゃったのですねえ。ゆうひイエローさん、あなたの慧眼は僕の予測をはるかに超えておりますよ…………」
身につけたブローチに語りかけるように、真淵先生はヒロインを褒めた。
「安達太良先生の中にいらっしゃる方、これで心おきなく沙汰できますよぉ」
咎を裁かれる時を待つ黄泉の者が、あっけにとられていた。
「うちからの質問です。来世で再び、人間として生きるとしましたら、そちらでできた家族に遠慮はしませんか?」
「…………憚らぬ。天に誓おう……」
「最後にひとつ、伺います。奥様とお子様にメッセージを送るなら、何て送りますか」
「……悪かった。おまえ達を、一族の呪いに触れさせまいと、黙していたのだ。どうか、長く、永く、生きよ、と…………」
「わかりました」
法服をまとう資格はあらねど、ヒロインの衣装をまとい、咎をみつめる。亡き者を裁くための法律はあらねど、人を裁けるは、また、人なり。
―いざ、判決。
「疑うたらあかん! ゆうひジャッジメント!!」
白雲に手を挙げ、黄色いリボンがそれに合わせて螺旋を描いた。空に辿り着く階のようであった。
「判決を言い渡します。あなたを、百年の懲役に処します。黄泉にて、奥様とお子様の生涯を、どうか見届けていてください」
判事の必殺技は「締めつけ」であるが、咎人の首を絞りはしなかった。余ったリボンが、咎人の魂だけを抱き、黄色の螺旋階段へ放り投げた。
「…………本居夕陽殿、汝に沙汰いただき、憂いは晴れた…………」
まゆみ先生に「引き」寄せられた魂が、天へ昇っていった。
「……………………おまえは……、良き生徒に恵まれたな………………」
魂がつつがなく帰った証に、雲が散り散りになり、太陽が解き放たれた。
「次に生を受けたら、ひとりで抱えへんで、家族を頼ってくださいね」
ゆうひイエロー改め本居夕陽が、担任そして顧問の婦人教師を膝に乗せて、陽の光を浴びていた。法に違わずに日々を積み重ねてきた彼女なのになぜか、大きな存在に赦されたみたいで、ほっとしたのだった。
結
沙汰を終えた夜、夕陽は父とリビングでくつろいでいた。
「お父さん、『童話裁判』の源頼光についてですが……」
父・世夜は、ソファーから背中を離して全身を長女に傾けた。引っ込み思案な長女が、自ら発言するのは珍しかったのだ。
「うちは、有期刑が妥当やと考えます。人々に危害を加えていた鬼を殺したことは、してはなりませんでしたが、頼光は皆のために勇気ある行動をとり、二度と罪は犯さないと法廷で述べました。弁護側の証人も、彼を慕っており、社会復帰をサポートする姿勢でいます」
「酒呑童子殺害事件」は、刑法第百九十九条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」だったか。裁判は単純に進むものとはいいかねるが、構成上都合があるのだろう、検察が無期刑、弁護人が有期刑を求めている設定だった。子ども番組も趣向を凝らす時代か。
「そうですか。よう考えました」
長女の頭を撫でてやった。栗色の髪と丁寧に物事に取り組む態度は、家内ゆずりだ。きつい性格は、次女の真昼が継いでしまったようだが。
「お父さん、進路のお話もよろしいですか」
「どうぞ」
昨日の夕陽には言えなかった夢は、
「うちは、公立図書館で勤めながら、児童文学を書きます。作家にもなりたいのです」
「形にしたことがあるのか。ひとり籠もっては文壇に立てません。専門家に習うなどして研鑽を積んでゆかねば」
「文学部の先生に、読んでもらいます!」
真っ赤になって夕陽は、声を張りあげた。
「小説を書かれていた先生が、大学に二人いらっしゃいます。読んでもらって、指導をお願いしようと考えております。今月中に三篇書きます。『本朝桜蔭比事』のように、真似から入りますが、形にします」
考えなしは、父が嫌いとするものだった。正しい答えではなくても、自分の頭を使って、自分の言葉で、どうやって夢を叶えるか、考え、伝えた。
父の反応は、いかに…………。
「かまへん、やってごらんなさい」
遠慮、ごまかし、嘘を見抜く鋭い目が、承認の意を持った温かな目に変わった。もうひとつの夢を肯定されて、夕陽は晴れ晴れとした表情になった。
「はい……!!」
執筆用の「Yuhi」ノートが二冊、三冊と増えてゆく日は、そう遠くなかった。
〈次回予告!〉
「うち達、一歳ずつ歳ちがうんやねぇ」
「ほんとだ。下から華火ちゃん、萌子ちゃん、私、夕陽ちゃん、唯音先輩だね」
「おう? ゆうひとふみか同い年じゃないのか?」
「あはは、うち一浪してたんやよ。オーバーエイジやな」
「にゃ、そーなんスか。初耳デス☆」
「初項十八、公差一の等差数列……ですね」
―次回、第十一番歌「八雲たつ、アダタラマユミ」
「そーいや、まゆみは何歳なんだろな」
「パッと見、三十路じゃないスか?」
「いや、もっと上やと思うわぁ」
「意外と、私たちのお母さんぐらいかも」
「真相は、次の話に……です」




