十二月二十一日
高玉警察署の玄関口の横合いに置かれた木々は、強風によって揺さぶられていた。伸びる枝は窓に差し掛かっている。その枝を窓越しから女性が眺めていた。小さな会議室で椅子に腰を掛けて、頬杖をつく。
紺色の制服姿で、腕には鑑識の腕章を嵌めている。胸ポケットの上辺りに「傳法谷」と書かれた記名章が付いていた。
「小町さん、遅いですね」
烈風の音が室内に入り込んだ。彼女は探偵を待っている。室内は、こじんまりとした会議室だった。傳法谷の座る近くには、何も書かれていないホワイトボードが置かれている。それと、大人が四人座れる椅子と長机が二つ、くっついて置かれていた。絵にかいたように簡易的な内装である。
一時間ほど前。彼女が別の事件の鑑識結果を資料にまとめていた際、小町から電話がかかってきた。興奮気味の口調で「傳ちゃん。九時半に会議室Aに来られる? 犯人とトリックが分かったんだ!」と内容を伝えられる。まさかの事態に戸惑うも、傳法谷は「分かりました」と返答せざるを得なかった。手元の仕事も気になるが、QRコードの謎と事件の方が、より気がかりであったからだ。
目下、彼女は待ち合わせの時間を十分ほど過ぎた探偵の到着を、まだかまだかと待ちわびている。
「やっぱり、遅いですね。まずいな。こんなところ、誰かに見られると、サボっていると思われる……」
その時。誰かの走る靴音が聞こえてきた。段々と音は会議室に近づいてくる。ドアを蹴破る音に驚いて、傳法谷は飛び上がった。扉のある右方へ注視する。
「ごめん! 傳ちゃん、遅くなった」
ドアノブを掴み、息せき切る小町がいた。
「小町さん、遅いですよー。いつくるのだろうかと、ひやひやしてたんですから」
「本当に、ごめん。ちと、調べものをしていたら、時間がかかってしまって」
両手を合わせて謝る姿に、傳法谷は唖然としながら、次の会話を切り出す。
「はあ。それより、話を戻しましょう。小町さん、犯人とトリックが分かったとか」
彼女が問いかけると、探偵は目を輝かせ「そうなんだよ!」と大きな声で答えた。
「ああっ、あの、小町さん。あんまり大声出さないでください。あくまで、私が行っているのは非公式でして、密偵みたいなものですから。見つかったら、懲戒免職もありえますので」
はっ、とした表情で探偵は口元に両手を当てて、口をふさぐ。
「ごめん、ごめん。それじゃあ、この事件の真相を解き明かそう。この名探偵、明智小町に任せるです!」
「あのー。小町さん、自分で名探偵というのは……」
彼女のつっこみを無視したらしく、探偵は手近に置かれていたホワイトボードに近づく。傳法谷は立ち上がって、ボードの前の椅子に移動した。
すぐに探偵は黒マーカーを手にして、ボードに横書きでアルファベットのQとAをそれぞれ書き出す。頭には一、二と数字を付けて、順序を排する。
「うわ。これは、長くなりそうですね」
「傳ちゃん、ごめんよー。でも、この事件を終わらせるには、どうしても傳ちゃんの協力が必要なんだ」
「あはは。大丈夫ですよ。まあ、とりあえず、本題に入りましょう」
Qの後に小町は文章を書き綴る。マーカーのキュッキュッという音が沈黙したまま室内に響く。暫時が過ぎ、ホワイトボードには五つのQ&Aが設けられていた。意気揚々に探偵が「それじゃあ、一つ一つ教えていくね」と口を開く。鑑識官は机の上に手帖を広げて、メモを取る準備をしていた。右に頭を向けながらホワイトボードの前に立つ探偵を見つめる。胸ポケットに差し込んだボールペンを引き抜き「お願いします」と返答した。
「それじゃあ、一つ目」
ボード下に置かれていた差し棒を探偵は手に取る。そして、腰に手を当てて、まるで教卓に立つ教師の如く振舞った。
「その一。被害者の森、三田村、凛ちゃん、千春ちゃんの元に届いたQRコードについて。このメールについて振り返ると、ただ不気味な漢字が集まっている集合体の画像だった。しかし、形がQRコードに酷似していることから、これはQRコードではないかと、二人で話していたんだよね?」
「そうですね。それで、小町さんの携帯で画像を表示させて、自分の携帯で、それらを読み込ませましたよね。でも、結果はエラーも出なくて、読み込めなかったじゃないですか?」
傳法谷の言葉に、探偵は口元をにやりと上げ、頷く。
「そう。確かに、あれはスマホでは読み込めなかった。だから、もしかすると、他に何か別の意味があるんじゃないかと。何かに見立てたものなんじゃないか? この漢字の配置に何か意味があるんじゃないか? 色々と考えたんだよね。でも、違ったんだ。あれは本当にQRコードだったんだよ」
手帖に探偵の言葉を綴る鑑識官が、怪訝そうに顔を上げた。
「えっ? スマホではダメだったのに? どういうことです」
「うん。普通、スマホにQRコードが届けば、スマホで読み込ませるものだと――思い込むよね?」
探偵に指し棒を向けられた、女子から少し年齢の遠い女生徒は首を傾げる。ペンを下顎に当て、教師の言葉の真意を考えた。
「思い込む……。ええ。そう思いますよね」
「でも、実際は違ったんだよ。あれは、スマホではない別の端末で読み込ませるものだったんだ。いわば、犯人はそれを殺害に使うトリックにしていた」
「いや、待ってください。QRコードが殺害のトリックって。それって、何かの端末で読み込んだら、呪いで死んでしまう。という、オカルトだと言いたいんですか? それだと皆さん、その端末を持っていたという意味にもなりますよ? その端末って、一体?」
トリックが気になり、傳法谷は興奮して口早に囃し立てる。教師は両手を前に突き出して「まあまあ」と制した。そのまま教鞭を執って、得々と話を続ける。
「落ち着いて。先ずは、この情報を頭に留めておいてください。あれはQRコードだった。そうだと理解すれば、全ての謎が解けるから。あと、端末の正体も、どうして分かったのか、それも、おいおい順に話していくからね」
「うう。推理小説好きの自分にとっては、不謹慎ではありますが、興味がそそられます。端末の正体? 気になって仕方ありません」
頭を抱えて、鑑識官は髪の毛をかき乱す。彼女を横目に探偵は、ホワイトボードに書かれたAの後にQRコードと記入して話を続けた。
「その二。メールの配信者は誰なのか? 結論から言うと」
小町はAの部分に答えを書き示す。
「もちろん、犯人です」
「そりゃそうですよ」
的確な生徒のつっこみに、教師は怯まない。依然、得意げに授業を行い、詳細を語る。
「傳ちゃんの言う通り、犯人が彼らにメールを送っていた」
「ええ……。そのまんまじゃ」
不満から顔を歪ませて呟く。生徒の言下、探偵は「でも」と差し棒を彼女に向ける。
「ここで不思議に思わない? どうやって犯人は、相手の連絡先を知ったのだろう」
「ええっと、やっぱり、身内が犯人だという説が濃厚ではないでしょうか? 自分が思うに、犯人は部活顧問の青山氏か、水科さんの、友達の四十川さんではないかと」
指し棒を前に「その理由は?」と、クイズ番組の司会者ばりに問いかけた。
「うーん。だって、知り合いでないと、そんな個人の連絡先だなんて知りえないじゃないですか? あと考えられるとしたら、何かのお店で売買した際に個人情報を記入したとか、ヤフーオークションのようにネットで個人情報を登録するとか。でも、それって蓋然性は低いですよね」
「そう。相手の連絡先を知るには、余程の親密性を深めてから教えてもらう。それか、お店での情報登録だよね。でもね、傳ちゃん。小町達が、この謎を解くには――常識を疑うことが、全ての謎を解く鍵だったんだよ」
「えーっと、つまり。犯人は、何かのお店の人だった。ってことですか?」
にやっと不敵に笑う小町は「ナイスですね」と答える。
「はっ? どういうことですか。なんで、その可能性に至ったんですか?」
「ふふっ。それも、後ほど、話していくね。つまりね、この事件は、全てが芋づる形式で繋がっていたんだよ」
「繋がっている?」
頭を抱えて生徒は唸っていた。分からない、分からないと頻りに呟く。頭上から「ふふん」と先生の声が降りかかる。
「とりあえず言えることは、メールを送っていたのは犯人。そして、犯人は彼らに直接、連絡先を聞いて知ったのではなく、間接的に知った。ということ、だね」
「間接的、それがお店から? うーん?」
「まあまあ、次にいこう。きっちりと、全てが線で繋がるからね」
小町はAに「犯人」「間接的に連絡先を知った」と記載した。
「その三。犯人は、どうやって被害者達の連絡先を知ったのか。これはさっき話した通り。犯人は本人達から直接聞いたのではなく、間接的に知った。さて、傳ちゃん。ここで、疑問に思うことはない?」
「えっ……。ああ、なるほど。間接的に知った、ということは、犯人は被害者達と――面識がないということ。ですね」
小町は嬉々とした表情で頷く。すかさず、生徒から「いやいや」と、つっこみが入る。
「いや、おかしいですよ! だって、被害者達と面識がないのに、どうやって犯人は相手を特定して、殺害するんですか? 仮に殺し屋でも雇ったところで、相手の情報を伝えられなければ誰だって無理ですよ。全然、分かりません」
「だ、か、ら。傳ちゃん、常識を疑えって、ことだよ。そもそも、犯人は――一人。とは限らないよね」
「ええっ。まさか、この事件は、複数犯による犯行だと言うんですか!」
指し棒で丸を描き「正解!」と教師は生徒を褒め称えた。
「ええ。正解って。ということは。先ず一人目の犯人は、由里絵さんの恋人だというのは濃厚ですよね。あと一人……」
「うん。それがね。さっきのQ2で答えた『間接的に知った』人物が、もう一人の犯人なんだよ」
「間接的に知った……」
傳法谷は額に手を当てて、考え込む。
「まあ、その謎を解く鍵は、由理絵さんの存在なんだよね」
「由里絵さん……。まさか!」
「そう。まあ、次のQ4で伏線回収に繋がるんだよ」
小町はQ3のAに「犯人は間接的に知った。そして、複数犯」とマーカーで記入する。女生徒は手を上げて、意気揚々に自己主張した。
「明智先生。なんとなく、犯人が分かってきましたよ。それと、動機も」
そう言って、机に目を落とし、書き綴ったメモを眺める。その姿に、小町は「流石だね」と礼賛した。Q4に指し棒を向けて話を続ける。
「その四。由里絵さんの所在について」
「所在、ということは、彼女の居場所が分かったということですか」
「うん、由理絵さんが、今どこにいるのか。その情報も分かったんだ」
身を乗り出して女生徒は「それは凄い!」と目を輝かせた。
「どうやって居場所を突き止めたんですか? 前まで何の情報も得られなくて困ったとお話しされていましたが?」
傳法谷が尋ねると、先生は「ずばり」と食指を天に突き立てる。
「謎を解く鍵は、彼女の名前にあったんだ」
「なっ、名前ですか?」
ふふん、と小町は頷いた。自信に満ちた顔で、説明を始める。
「そう、名前だよ。ねえ、傳ちゃん。彼女の本名は『藤沼由里絵』さんだよね?」
「ええ。それは存じていますが、前に小町さん、話されていましたよね。彼女の苗字を調べなくちゃ、と。それって、つまり旧姓ってことですよね。それが分かったということですか?」
「うん。そういうこと。でもね、彼女の本名を知ったきっかけは、北川高校にあったんだ」
言下、生徒は「北川高校」と下顎にペンの端をくっつけた。
「そうそう。でね。傳ちゃんも、もう分かっていると思うけど、犯人はパソコン倶楽部の顧問、青山あかり先生だよね」
「やっぱり、そうですよね。それはイコール、由里絵さんの、恋人ってことですよね」
「そう。それでね。彼女が由里絵さんの恋人である証拠は何か? 実は小町が職員室に入って、青山先生の机を見た時に見つけたんだ」
メモを取りながら女生徒は「きっかけは北川高校。なるほどね」と呟いて、得心が行く。次に顔を上げて「見つけたものとは?」と問いかけた。
「写真立てだよ。あのさ、傳ちゃん。普通、写真立てって、自分の大切な人の写真を飾らない?」
「そうですね。一般的には家族か好きな人の写真。または、恋人の写真を入れると思います。カップルならば、デートの記念で撮影したツーショットの写真も入れるでしょうし……」
先生は大きく頷き、指し棒を後ろに回して、腕を組む。
「だよね。でも、小町が見た時の写真立ての中身は、傳ちゃんの言うものとは違った。青山先生の写真立ての中身は――海岸沿いの風景写真だったんだよ」
「えっ? なんで……」
生徒は腕を組み、机上に視線を落とす。よくよく考慮する。すると、稲妻に打たれたような、閃きの電気が走った。
「ああっ、そうか! なるほど! 青山先生は、由理絵さんと恋人同士であることを隠していたんですね。周りにバレないようにしていたのですが、せめて二人の思い出の場所だけでも、写真立てに入れたかった。だから、無人の海岸の写真を飾っていた。そういうことですね!」
「ビンゴだよ。傳ちゃん。因みに、その海岸沿いの名前は、雨晴海岸という場所だよ」
怪訝そうな顔をして、生徒が話す。
「確か、氷見市にある海岸ですよね。女岩とか、義経伝説で有名なデートスポットだと認識しています」
「まさにそうだよ。それでね。小町が過去に、この雨晴海岸で何か事件性がなかったか調べたんだ。新聞の記事に掲載されたような事件がないかどうかね。そうしたら、見つけたんだ。コレを!」
そういって、小町は箱型のカバンに手を入れた。しかし「あれ、あれ?」と首を捻って、中を模索していた。鑑識官は唖然と、その様子を眺める。少し経ってから、ようやく見つかったらしく「あった!」と驚喜の声を上げて、探偵は一枚の折りたたまれたA4用紙を取り出す。
それを傳法谷の机の上で広げた。折られていた紙は、地元高玉新聞の記事をコピーしたものである。そのA4用紙いっぱいに幾つかの記事が集まっていて、一面に散在していた。その一部の小さい見出しを、見やすいようにと探偵が印付けたらしく、赤丸で囲んでいる。注視して丸の中を見遣ると、その内容に鑑識官は仰天した。
「小町さん、これは」
傳法谷が驚愕した一文。そこには「雨晴海岸で女子高生自殺か」と書かれていた。被害者の顔写真の記載はなく、代わりに事件現場の雨晴海岸の画像が掲載されている。
「うん。ここで女子高生自殺と書かれているけれど、その人の名前がここに。見てみて」
赤いボールペンで線を引かれた文章に目を曝す。すると。
「まっ、間宮……由里絵、さん」
記事の一文には「間宮由里絵さん十六歳と見られて……」と実名が表記されている。鑑識官は息を呑んだ。探偵が言っていた彼女の名前の意味。つまり、この間宮由里絵こそが、小町の探していた藤沼由里絵であった。
「傳ちゃん、この苗字。実はね。凛ちゃんや千春ちゃんが学校の健康診断で来ていた、お医者さんの病院名と同じ名前なんだよ。間宮クリニックっていう眼科医で」
「ということは……。まさか!」
目を剥いて傳法谷は、探偵に視線を向ける。残念そうな面持ちで小町は頷く。
「そうなんだ。この間宮クリニックの院長こそ、間宮由里絵、いや、藤沼由里絵さんの――実のお父さんなんだよ」
「そんなばかな!」
驚きのあまりに、生徒は腰を浮かして、立ちあがった。探偵は首を左右に振って、黙って指を二本立てる。
「証拠は二つあるよ。一つ目は、被害者の森、三田村さんも眼科検診で軽度異常と判断された。これは千春ちゃんから、教えてもらった情報だよ。北川高校の男子生徒は十一月に健康診断を受けるからね。二人とも、間宮さんに行って、処方を受けたみたい。もちろん、凛ちゃんも千春ちゃんも軽度異常と診断されて、間宮さんに行ったよ」
小町の話に鑑識官は「なんてこと……」と顔を伏せて呟いた。
「二つ目は、みんな受診時に付けたコンタクトレンズを、亡くなる間際まで着用していたということ。昨日の朝方、傳ちゃんに被害者がコンタクトレンズを付けていなかったか、調べてほしいって言ったじゃない?」
目を見開いて、傳法谷は、さっと顔を上げる。
「はい! あの後ですが、森、三田村の検死データを調べると、確かにコンタクトレンズを着用していたことが記録として確認できました。水科さんの検死は、まだ解明されていないので不明ですが。ただ、小町さんから依頼された通り、コンタクトレンズを調べると素材がガラス製というのが判明しまして……。個人的に、それが、不思議だと思ったんです。本来、コンタクトレンズの素材はシリコン製やアクリル製ですから。ガラス製もあるんだと思いまして。でも、それが間宮さんと、どう繋がりが? ただのコンタクトレンズですよ。処方してもらったってだけじゃ、犯人特定の裏付けには……」
探偵は「傳ちゃん」と唖然とした様相で、やれやれと言って両手を上げる。ボードに置かれたマーカーに手を伸ばして、白板に大きく「常識を疑え」と書いた。
「だから、これ! なんだよ」
書いた文字をマーカーで指し示す。
「えっ? またですか」
「うん。つまり、これは。一見すればコンタクトレンズだよね。しかし、実際は、これも違う。コンタクトレンズに似た――情報を読み取る端末なんだよ」
驚いて傳法谷はQ1のAを見遣る。QRコードの文字が目に入った途端、頭の中で疑問の弾ける音が聞こえた。
「小町さん! それじゃあ、水科さんが亡くなる直前『由里絵さんがいる』と言った意味って!」
「その通り。凛ちゃんは、処方された端末を付けていて、その状態でグループLineを――覗いてしまった。だから、貼ってあったQRコード画像を端末が読み込んでしまい、あらかじめ仕組まれていた由里絵さんのプログラミング映像が再生された」
予想の斜め上の推理に、口を開けて、女生徒は佇立する。すぐに頭が回り始め、自身の考えを先生に伝えた。
「つまり、由理絵さんの幽霊は幽霊に非ず! 犯人である青山氏が作り上げたプログラミング映像だった。ということですね」
「お見事。まさに傳ちゃんの推理通りだよ」
Q1からQ4のAを順に目を走らせると、脳内を感嘆符が駆け巡る。点が線で結ばれた瞬間、傳法谷は「あっ!」と驚嘆の声を漏らし、自然と口元を手で押さえた。
「小町さん! 芋づる式の意味が分かりました。点が線で結ばれました!」
「おおっ! いいね。それじゃあ、説明してみて」
謎が解けたことに、鑑識官は話したくて身体が疼き始める。不謹慎だとは思いつつも、目を輝かせ、熱弁した。
「はい! つまり、この事件の犯人は、顧問の青山氏と眼科医の間宮氏の共犯だったわけです。そして、二人が犯行に至った理由は、亡き由里絵さんの復讐だったんです。彼女はLineグループで同性愛者であることを被害者に揶揄われ、それを苦に雨晴海岸で自殺した。それを知った恋人の青山氏と父親の間宮氏は共謀して、この計画を思い付き、犯行に及んだ」
「そう。今回の怪事件ともいえる、呪いのQRコードの正体は、殺害に使うトリックの一つだった。青山先生は、本職がプログラマーで、フリーランスとして別企業にも勤めている。そこで計画が進められていたAR。つまり映像投影の開発に彼女は絡んでいた」
喫茶店「AME」で聞いた青山の言葉を、探偵は傳法谷に話す。確かに彼女は。
『まだ試作の段階ですが。あとは、眼鏡をかけたままテレビ電話ができないか、そういう特殊なレンズの開発もしています』
映像の技術開発系のプロジェクトに参加している旨を離していた。その発言から小町は、次のように考えられると推理する。
「その企業では、眼鏡のレンズだけでなく、コンタクトレンズの作製もプロジェクトの一環として行われていた。他者には見えない映像を見えるようにする。その開発途中にあったコンタクトレンズのプロトタイプを青山先生は盗み、間宮氏に手渡した」
下顎に指を当てて鑑識官は「なるほど」と首肯して、席を離れた。机の周りをぐるぐる回り始める。次々と浮かび上がる憶測を、探偵の後に続いて、語り始めた。
「そして、間宮氏は復讐する相手を医院に招く為に、軽度異常と欺瞞を図った。処方箋のコンタクトレンズと偽り、端末を処方に出して、装着させることを目的に。小町さんが前に、今の病院は受診票にマイナンバーやメアドも記載しないといけない。と話されていましたが、あれはメアドの情報を得る為の偽装だったわけですね」
「その通り。それがQ3の答えになる『間接的に知った』になるね。そして、連絡先を知ってメールを送ったのは青山先生だと思われる。彼女は、森、三田村や千春ちゃんにメールを送る際に、ある一つの点に気を払っていたんだ」
「そう、それが……。分かりません。あうう。分からなくて、悔しいです」
落胆して、机に肘を付けて跪く。
「分からない? 彼らが殺された共通する場所。ベランダだよ。青山先生は彼らがベランダにいる時を見計らって、メールを飛ばしていたんだよ」
「なるほど。えっ、でも、どうしてベランダに限定していたんですか?」
ここにきてなんで分からないんだと言いたげに、小町は憮然とした様子で、溜息を吐いた。
「簡単な理由だよ。復讐方法が転落死させるしか、他に打つ手がなかったからだよ」
「打つ手がなかった?」
「そうだよ。この端末で人を殺すとしたら、大体の人が思いつくのって、ショック死じゃない? 驚かせて、心臓に大きな負担をかけさせて、心臓を止める。恐らく当初は、それが狙いだったんだと思う。でも、人の心臓は、どんな驚きでもショック死するほど脆くないでしょう?」
探偵の話に傳法谷は身体を起こし「確かに」と頷く。
「心臓の弱い人なら別段だけど、彼らは持病を持たない健常者だよ。そこで、人が驚いた際にどんな動きを取るか。そこに青山先生は目を付けたんだと思う。気味の悪い話で、ごめんだけど。傳ちゃん、もし、家に帰ってさ。部屋の電気を付けたら目の前の壁にね。体長三センチの黒光りのゴキちゃんがいたら、どうする?」
「ひえっ! そんなの、驚きますよ」
脳内に蠢く姿が浮かび、顔を歪ませる。
「だよね。それじゃあさ。そのゴキちゃんが天井に上って、傳ちゃんに向かって飛んで来たら、どう?」
「いや、叫びながら咄嗟にバックし……。あっ!」
再び雷に打たれた衝撃が駆け巡り、鑑識官は口に手を当てた。
「そうか。そういうことですか。青山氏は、その人間の咄嗟の行動に着眼したわけですね。被害者は由里絵さんが目前まで迫ってきたことで、驚いて後ろに下がってしまう。ベランダでないといけない理由は、その自身の体重で後ろから真っ逆さまに落ちて死ぬように、仕向けないといけなかった。だから青山氏は、由理絵さんを幽霊に見立てて、その映像をプログラミングした。というわけですね」
「ナイスですね。ついでにだけど、森君達が自殺した理由。これは恐らくだけど、恐ろしい姿の由理絵さんが目前まで迫ってきて、逃げ道が絶たれたからだと思う。でもさ。相手は幽霊、もとい映像だから、前に振り切って前進すればよかったんだよ。ただ、人間パニックになると正常な判断なんて、難しいよね。それで、彼らは飛び降りる選択肢しかなくて、着地に失敗して亡くなった」
腕を組んで傳法谷は「そういうことだったのか」と、青山が用意した手練手管に、不本意ながら感心してしまう。探偵は話を続けた。
「ただ、きっと青山先生は、作る際に辛かったんだと思うよ。大切な恋人を殺害の凶器に、まして幽霊に仕立てないといけないんだから」
鑑識官は少し声を抑えて「なるほど」と腕を下ろす。
「それにね。青山先生は、本当に凛ちゃんを殺すつもりはなかったんだと思う。それにも理由があって。例の写真立てを発見した際に、彼女は嘆いていたんだ『どうして、水科さんが』ってね。これ、今になったら、おかしいと思わない?」
「えっ? いや、大事な生徒が死んだんだから、そう言っただけじゃないですか?」
「ぶっぶー。傳ちゃん、アウト。それなら『どうして、水科さんまで』と言うべきだと思う。さっきの言い方は『水科さんが』と主語で限定しているよね。つまり、裏を返すと――森、三田村が死んだのは、殺害の計画に入っているのだから当たり前。でも、凛ちゃんが亡くなったのは計画外だったから本当に知らなかった。という見方ができる」
小町の推察に、生徒は感嘆して息を吐く。
「もっと早く気付くべきだったんだ。当初、なんか違和感を覚えていたんだけど、まさか、それが写真立てと彼女の言葉、だったとはね」
「なるほど。ただ、これで事件の全貌が明らかになりましたね。そのQ5の答えも出ましたし」
昂然と傳法谷はマーカーを取り、Aに答えを記入した。Q5はリビングで亡くなった理由は? であった。相手を驚かせた反動で、転落死させる為に場所は、ベランダでないといけない。そう記入すると、先生は小さく拍手を送った。
「そうなるね。以上で傳ちゃんに伝えることは全部伝えたよ。後は、間宮氏と青山先生を事情聴取させて、自白させるのが望ましいかな?」
「そうですね。小町さんの推理は蓋然性が優れていますし、両者の逮捕に向けて捜査を進められると思います。それじゃあ、自分。この事件を担当していた刑事さん達に持ち掛けてみます。多分、動いてもらえると思いますよ。皆さん、小町さんのこと、信頼していますから」
「おおっ、頼もしい。それじゃあ、傳ちゃん、お願いね。そうでないと、きっと亡くなった凛ちゃんも、入院中の小雨さんも、顔向けできないよ。必ず犯人を見つけて、捕まえるって約束したから」
指し棒を置く探偵の背中が、物寂しいように見える。傳法谷こと鑑識官は「分かりました」と刑事に伝える旨を約束した。
こうして、長きに亘った小町の推理は、一つの真相へと逢着したのである。だが、事件は探偵達の予想を遥かに超える展開を迎えようとしていた。




