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14/23

十二月十八日 午前十時頃

 再び高玉市は小雨に包まれる。明智小町は赤い傘を差し、高玉病院に向かっていた。反対の手には、サクライのショートケーキの入った箱の袋を携えている。探偵が病院を訪れた理由は、たった一つしかなかった。水科小雨に娘を守れなかった謝罪をする為に。

 正面入り口から入り、受付を過ぎて、彼女のいる五階の病室を目指す。病棟のエレベーターを押して、中に入る。五階のボタンを押して扉が閉まると、エレベーターは上昇した。その間、小町は見舞い品の入った袋を眺める。

あの日。バイトの終わった凛に小町は「約束するね」とサクライのケーキを、来週の金曜日に三人で食べよう約束をしていた。その時の嬉しそうな親友

の笑顔を、探偵は忘れられない。奪われた笑みと命を思うと、息が詰まりそうになった。

「凛ちゃん……」

 上へ昇る度に、胸が押しつぶされる。彼女と最初に出会った思い出が、喫茶店「AME」の思い出が、たくさん胸に往来した。同時に、深い後悔と罪悪感に苛まれる。渦巻く感情を抱いていると、五階の到着を知らせる音と共に扉が開いた。

 病棟の左側を歩き、案内所を過ぎる。廊下を歩き、窓越しから地上を見下ろした。病院の歩道を幾つものカラフルな点が行き来している。その中で見かけた水色の傘。水科凛が差していた傘と同じ色。チクリと胸が痛む。どれだけ後悔しても、あの楽しかった時間は、二度と戻らない。

「凛ちゃん。本当にごめんなさい。約束、守れなかった……。もう一度、凛ちゃんに会いたい。会いたいよ」

 消えない胸の痛みを抱きながら、小町は窓から視線を逸らす。重い足取りで、小雨の待つ病室へ向かった。閑散とする廊下に響く靴音が、虚しく聞こえる。そして、近づく度に緊張が高まった。

「ここだね。五〇五号室」

 病室のドアの隣には、患者の名前が掲載されている。そこに水科小雨の名前が目に入った。浮つく気持ちを抑え、ドアを開く。

「失礼します……」

 室内は蕭条としていた。狭小な広さで、畳八畳ほどである。左の壁側にベッドが密接していた。横手には高さのある台があり、テレビが置かれている。正面にはカーテンの開かれた窓があり、小雨はベッドに腰掛けたまま、外の景色を眺めていた。彼女の隣に見張り役であろう看護師が丸椅子に座る。

 探偵の存在に気付いたらしく、小雨達はドアに目線を向けた。小町が面会に来た旨を伝えると、了承した看護師は席を立ち、探偵に会釈して部屋を去る。看護師の退室を見届けてから小雨に視線を移す。入院してから二日しか経っていないが、その様相は頗る衰えていた。

綺麗に整っていた髪は乱れ、赤茶色い髪から何本かの白い毛が顔を出す。目の隈も際立ち、金壺眼に変わっていた。頬の筋肉が弛緩し、あの華美で可愛らしい小雨の面影は、無残なほどに落ちぶれている。

「小雨さん……」

 今にも泣きだしたくなる想いで、小町は頭を下げた。すると。

「あっ、けち、さん」

 蚊の鳴くような声音で、探偵の名前を呼んだ。彼女の目は、とうに光を失っていた。虚ろな瞳で、生気は微塵にも感じられない。やせ細った身体や青白い顔を眺める。

(小雨さんをこんなにも苦しめてしまったのは、小町のせいだ。何の為に、小町は、この事件を調べていたのだろう……。こんな、悲劇が起きないように、する為、だったのに)

 小町は彼女のベッドまで近づき、ケーキの袋を目の前で見せる。三人で食べるはずだったサクライのショートケーキを持ってきた旨を伝えると、彼女の瞳孔が大きく開いた。

「凛……。私の、凛。ああっ」

 頭を抱えて、小雨は紅涙を絞る。手首に目元を押し付け、嗚咽を漏らしていた。心痛して耐えられなかった探偵は、急いでケーキを台の上に乗せ、彼女の前で跪く。

「小雨さん、ごめんなさい! 小町のせいです。小町が、もっと気を張っていれば、もっと凛ちゃんの側にいてあげれば、こんな、こと、には……」

 大声を上げて、探偵は大粒の涙を流した。何度も、ごめんなさいと、謝り続ける。しかし、小町よりも彼女のほうが、きっと悲しいはずだ。一人娘を失った小雨の気持ちは、どれほどまでに絶望的だろう。シングルマザーで大切に育ててきた凛を、心の拠り所だったはずの娘を、亡くしてしまった。その悲しみと虚無は、得も言えない痛烈なもののはずだろう。

 平身低頭に、そして、顔をくしゃくしゃにして何度も小町は謝った。友達を失った悲しみと守れなかった悔しさで、涙も嗚咽も止まらない。決して彼女に許してもらうとは毛頭にも思っていなかった。気分を害して帰れと言われたり、顔も見たくないと言われたりすれば、直ぐに踵を返すつもりだ。

ただ、凛を死なせてしまった原因は自分自身にある。喫茶店「AME」に二回ほど通っていた時から、探偵は既に気を抜いていた。凛達とカフェモカを嗜んでいた時も「これ以上の犠牲者も問題も出ない」と考えていたのである。その粗相が、こうして取り返しのつかない運命を招いてしまったのだ。もっと、周りに注意を払っていたら、まめに連絡を取り合っていたら。奪われなくていい命は、奪われずに済んだかもしれない。慙愧の念に耐えられず、小町の身体は震えていた。

 自己嫌悪に押しつぶされそうな最中、小雨は探偵の隣に来て、その場でしゃがんだ。震えて詫びる小町の肩に手を置いて、かぶりを振った。

「明智さん。あなたの、せいじゃ、ないんです。本当は、わたしは、事件のことを、本気にしていなかった、のですから。でも、まさか、本当に娘が、亡くなるなんて」

 気の狂れそうな頭を探偵は持ち上げて、彼女を見つめる。かぶりを振って、小雨の言葉を否定した。

「そんなことありません。小雨さん、全部、小町が悪いんです。もっと小町が、しっかりしていれば……。凛ちゃんは、死なずに、済んだのに」

「いいえ。明智さん、あなたのせいじゃない。あなたは、あなたなりに、よくしてくれました。何度もお店に、顔を見せにきてくださったし、あの夜も、お店に来てくださったじゃないですか。凛ちゃんは? と娘を気遣ってくださって。私は、その一言で、凛を大事にしてくださっていると思い、嬉しくなりました。だから、明智さん、どうか、そんなに自分を、責めないで……」

 嗚咽を交えて、彼女は内に秘めていた気持ちを小町に伝える。その言葉に探偵は驚きを隠せなかった。

「どうして、どうして、そんな優しい言葉を、言えるんですか。小町は、凛ちゃんを、守れなかった」

「私は、こう思うんです。天国にいる凛が、今の明智さんの姿を見たら、きっと悲しむと思うんです。明智さんの笑顔は、天使のように、明るい笑顔です。凛は生前、明智さんの話をよくしてくれました。笑顔が可愛い、本当に良い人だって。彼女が、そう言っていたのだから、本当なんだと思います。私も、そう、思っています」

「小雨さん……」

 包帯の巻かれた手で目をこする。彼女の温かい言葉が嬉しくて、その優しさに感動して、探偵は泣き続ける。小町の頭に、そっと温もりが伝う。小雨の手の温もりだった。凛を撫でていた時と同じように、愛に溢れる優しさがある。小町も、その愛を受けていた。

「明智さん、ごめんなさい。その、手の傷……」

 彼女の目線の先には、赤く滲む包帯がある。探偵は「いえ」と手を押さえた。

「友達を失った心の痛みと比べたら、どうってことないです。それより、あの時、小雨さんを止めることができて、本当に良かったです。もし、小雨さんを止められなかったら、きっと、小町も生きていたか、どうか……。生きる望みなんて、とっくに無くしていたと思います」

「ごめんなさい。凛がいない世界なんて、耐えられなくて」

 悲しげな微笑みを湛えて、彼女は呟く。その表情から溢れる想いは、探偵も同じだった。

「正直、小町も一緒です。でも、凛ちゃんと約束したから。必ず犯人を見つけて、これ以上の犠牲者を出さないと。恐らく、次に狙われるのは四十川さんです。だから、彼女だけは、何が何でも守らないと。これ以上、悲しい想いを、したくないです」

 探偵が言い終えて、涙を拭うと、小雨は小町の手を取る。包帯の巻かれていない反対の手を握りしめて、赤く濡れた瞳で探偵を見つめた。

「明智さん、どうか、犯人を見つけてください。千春さんは、凛の大事な友達です。きっと、凛だってまだ生きていてほしいと願っているに違いないです。どうか、彼女を犯人から守ってあげてください。娘を失う苦しみは、私だけで十分ですから……」

 ずっと握りしめる、その手は冷たい。しかし、探偵には、温かく感じる。

(小雨さんは、本当は身を切られたような苦しみを抱えているのに、それなのに千春ちゃんのお母さんのことまで考えている。こんなにも、他人を思いやれる優しい人が、どうして、こんな運命を辿らなくちゃいけないの……)

 考えれば考えるほど、親子の幸せを奪った犯人が許せず、悔しくなる。小雨が可哀想で堪らなくなり、頭を垂れて、小町は嗚咽を漏らした。必ず、自身の手で犯人を見つける。胸の中で強く決意した探偵は、彼女の手の上に包帯の巻かれた手を乗せて、握り返した。

「小雨さん。必ず、必ず小町が犯人を見つけ出します。そして、これ以上の悲劇が生まれないように、食い止めてみせますから」

「お願いします。明智さん。これ以上、誰かが死んだり悲しんだりする姿は、見たくないもの……」

「はい……」

 探偵の言葉に嘘はない。天国にいる凛との約束を守る為ならば、例え無償でも捜査を続けるつもりだった。しかし、事件解決の気持ちだけは日に日に強くなるが、肝心の犯人特定の手掛かりは掴めていない。依然、多くの謎を解き明かせないまま、時間ばかりが過ぎていた。だからといって、小雨に正しい進捗状況を伝えられるはずもない。今は、彼女の気持ちを落ち着かせ、少しでも安心させることが大事だった。嘘も方便と考えた小町は、目じりを拭って、決然と言い切る。

「約束します。必ず犯人をあぶり出して、事件を終わらせます。小雨さん、どうか、任せてください」

「明智さん……」

 僅かに彼女の口角が上がったように見えた。冷え切った彼女の手を、小町は、もう一度両手で握って温める。今、探偵にできることは、心の底から小雨に寄り添うことだった。


 彼女を慰めながらショートケーキを小町は口にする。甘酸っぱい味が、口に広がった。とても美味しくて、頬が緩む。

すると、喫茶店「AME」にいた時の、凛の顔が自然と浮かんだ。彼女がサクライのケーキを見て、喜びをいっぱいに表現する笑顔や、ケーキを口に運んで「美味しい」と話す姿が想像できた。

次第にケーキが塩っぽくなる。叶わなかった約束が残念でならなくて、小町は鼻を啜った。生クリームの上から、涙がぽろぽろと落ちていく。視界がぼやけるまま、小雨に目を遣る。彼女も涙を零してケーキを食べていた。一口、また一口と食べて「美味しい」と呟く。その姿に、小町は少しだけ嬉しくなった。けれども、やはり三人で一緒に食べたかった気持ちが、胸に広がる。それは小雨も同じだろう。それでも、彼女は美味しいと言って、自分に微笑みを見せてくれる。それに応えるように、小町も精一杯の微笑みを返した。


少し元気な様子を見せてくれた小雨に別れを告げて、探偵は病室を後にする。エレベーターに乗り込み一階まで降りる間、何度も何度も心中で犯人を必ず見つけると決意していた。ドアが開いてから、総合受付の広場まで歩き、正面の出入り口まで向かう。自動ドアを抜けて、外に出ると、小さい雨が降っていた。手にしていた赤い傘を差して、小町は歩道を歩く。

「よし。気持ちを切り替えよう。まずは、犯人だけど、犯人か……。個人的には、由理絵さんの恋人説が濃厚だと思う。でも、一体誰が?」

 去来する人も少ない飲食店の並ぶ軒先を歩いている時だった。鞄の中から着信音が聞こえ、探偵はスマホを取り出す。画面を見遣ると、発信元は千春だった。

「えっ、千春ちゃん」

ふと昨日の、か細い背中を思い出す。千春も、凛を失って絶望の淵に立たされていたはずだ。そんな心境にいる少女からの電話に、たじろいでしまう。

(少しだけでもいい。ちょっとでも元気になって、くれたなら……)

小町は画面の緑マークを押して受電する。

「あっ、もしもし。千春ちゃん……」

『小町さん……。こんにちは。その、昨日は、ごめんなさい』

「ちょっ、ちょっと待って」

 折しも、左手側にローソンが見えて小町は軒端まで駆けた。傘を閉じて、再びスマホを耳に当てる。

「千春ちゃん、そのっ、ごめん。いやっ、謝って済むことじゃない。でも、謝らせて……。本当に、ごめん、なさい」

 声を詰まらせて、少女に凛のことを謝った。千春は何も言い返さない。暫く沈黙が続き、雨脚の強くなる音が聞こえる。許してもらえないのは当然だと、自分を責めていると、俄かに千春の吐息が耳に伝う。漸く、少女は口を開いた。

『いえ。小町さん、昨日は心配させてしまって、すみませんでした』

「そんな……。謝るのは、小町の方だよ。小町のせいで……凛ちゃんは、ぐううっ、ううっ、ごめん、なさい……」

 消えない自責の念から、探偵は小雨と同様、千春に謝罪の言葉を伝える。伝えなければ、小町の気が済まない。誰もが、探偵のせいではないと口にしても、それは受け入れられなかった。友を死なせてしまったことに小町も、一生付きまとう重い十字架を背負う。

『そんなこと、ないですよ』

 それでも、千春も小雨と同じように、小町を責めなかった。その言葉は何よりの救い。あれだけ泣いても涙は枯れることを知らず、小町の目に溢れてくる。

もしかしたら、千春は無理して、そういったのかもしれない。どうしても、悪い方に曲解して物事を受け取ってしまう。少女に謝る以外の言葉が浮かばず、何を伝えたらいいのか分からない。すすり泣く小町は、無言を貫いていた。時折、聞こえてくる千春の咳払い。そのまま彼女から沈黙を破る。

『小町さん。凛ちゃんが、どうして死ななくちゃいけなかったのか、誰が凛ちゃんを殺したのか。私なりに考えていたんです。それで、ひとつだけ気付いたことは、犯人は由里絵ちゃんじゃないってことです』

 彼女の言葉に小町は息を呑む。

「どうして、そう思うの?」

『由里絵ちゃんは、確かに凛ちゃんに対して、少し我儘なところがあったと思います。でも、彼女は、本当は優しい人だったはず。恋人と喧嘩していた時でも、お昼は三人で仲良く食べてたし、私がお弁当を忘れた時も、自分のご飯を半分も分けてくれたんです。それで、もし由里絵ちゃんが幽霊になって、凛ちゃんを襲うかと思ったら、それは違うんじゃないかって。同性愛を揶揄った三田村や森なら、まだ分からなくはないけれど……』

「千春ちゃん。それじゃあ、犯人は由里絵さんじゃなくて、彼女と深いかかわりのある人物。それこそ、前に話していた恋人や家族説は、あり得る?」

 再び沈黙する。雨の音と重なって、少女の「それは」とか細い声が聞こえた。

『それは、分かりません。でも、凛ちゃんまで、殺めるかというと……』

「うん。小町もそう思う。ごめんね、話は変わるけど、千春ちゃんはさ。由理絵さんの恋人が誰であるか、分からないもんね。それが分かると、非常に助かるのだけれど」

『そうですね。彼女は教えてくれませんでしたから』

 探偵の眼前に映る往来は、無数の雨の波紋が広がる。鞄を傘代わりに駆けるサラリーマンや、カジュアルな恰好の大学生達が、はしゃぎながら走り抜く。

黙り込む二人だが、時折、少女の咳込む声が小町の声に届いた。その回数も多く、愈々、心配になった探偵が恐る恐る声をかける。

「千春ちゃん、その、大丈夫?」

『なんとか。ここのところ、ずっと、雨が降って冷えていましたし、昨日のこともあってか、ごほっ、ごほっ。ちょっと風邪気味で。体調を崩したみたいで、咳が出まして』

 何度か少女は咳を吐く。

「そっか……。ごめん」

 呟くように謝ると、無理強いしたような、千春の明るい声音が耳に入る。

『小町さん、そんなに謝らないでください。悪いのは犯人ですよ』

「そうだけど」

『それに、青山先生から聞きましたけど、昨日は学校に来られたそうですね。別の先生に迷惑だと言われて、しょんぼりされていたと。青山先生、小町さんのことを心配されていましたよ』

 恥じらいから、探偵は「あう」と、さらに恥ずかしい声を出してしまった。

『ふふっ。こうやって、事件解決の為に動いているじゃないですか。きっと、天国から見ている凛ちゃんも、嬉しく思っていますよ』

「千春ちゃん、ありがとう」

『いえ。私も小町さんのこと、心配でしたから。ねえ?』

 突然、彼女から呼びかけられ、一瞬ばかり小町は困惑する。

「どっ、どうしたの?」

『小町さん、お願い。この事件が解決したら、私と、もう一度、ちゃんとしたデートをしましょう。二人だけの、秘密の時間を過ごしましょう。きゃっ、言っちゃった! 隣に凛ちゃんが、いたら、怒られてたんだろうな。はあ、凛ちゃん……』

「二人だけの、秘密……」

 この瞬間、小町の中で、あらゆる事柄が浮かび上がった。

「そんな、まさか……」

『うん? 小町さん?』

「あっ、ごめんね。千春ちゃん。うん、そうだね。終わったら、ちゃんとデートしよう」

 涙ぐむ声で『ありがとうございます』と少女は、お礼を言う。その涙は嬉し泣きではなく、やはり凛を失った悲しみから泣いているのだと、探偵は察した。誰もが苦しみの渦中にいる。だからこそ、亡き彼女の為にも、少しでも前向きになろうと小町は考えた。天国から見ている凛に、心配をかけたくない。その想いから、少女のデートを承諾した。彼女だって、千春の笑顔が見たいはず。だから、少しでも、少女を喜ばせたくて。

『小町さん。約束ですよ。天国にいる凛ちゃんを嫉妬させるくらいに、イチャイチャデートしますからね』

「あははっ。うん、うん。大丈夫。約束するよ」

『にひっ、言質とりました。小町さん、私も何か分かりましたら、連絡しますね』

 いつもらしい千春の様子が想像できて、探偵は軽く笑みを零す。少女に、また連絡すると伝えて小町は電話を切った。直後、スマホのメモ機能を起動させて、先ほどの会話で直感的に浮かんだ考えを纏める。

「そうか。さっきの違和感の正体は……」

 頭の中に、職員室内で目についた風景の写真が浮かび上がる。

「それだったんだ。どうして、写真立ての中には青山先生の近影ではなく――風景の写真が入っていたのか」

 メモ画面に文章を打ち込みながら口も動かす。

「それに、あの時。『どうして、水科さんが』と彼女は言っていたのか。これも違和感だったんだ」

 靄のかかった脳が、晴れ渡り、解決に繋がるパズルを組み立てていく。文章を改行して、違和感の正体について答えを書き連ねる。

全ての考えを入力した後、少し興奮気味に小町は鑑識官の連絡先を押す。送信するコール音が鳴り続く。そして。

「あっ、もしもし。傳ちゃん! 聞いて。この事件の犯人……」

 口早に話すと、若い女性の声が耳に届く。

『えっ。小町か?』

「あっ、あれ? 傳ちゃん、じゃない?」

『おいおい。俺だ。操だ」

 電話の相手は、探偵のよく知るスピリチュアリストの明才地操であった。操は女性でありながら一人称が俺である。加えて、普段の風采も紺と白のスーツ着だったり、デニムとストライプ柄のシャツを着用したりと、女性らしい恰好が嫌いだった。

彼女もまた、傳法谷と同じく小町の大事な親友である。次いで、探偵に心霊関係の依頼が舞い込んだ際は、快く協力して依頼解決に導いてくれた。操も自身の事務所を持っているので、いわゆる、ビジネスパートナーという立ち位置でもある。

 密かに小町は、今回の事件を操に相談していた。実際に、由理絵が幽霊となり怨恨から働いているのなら、いっそのこと心霊のプロに任せよう。そんな腹案を抱えていたからだ。

『全く。俺と傳法谷を間違えて連絡を寄越すとは。疎忽な探偵さんだな』

「でへへ。ごめん。ごめん」

『まあ、いいや。それより、お前さんから依頼されていた、例のメールの件で話したいことがある。このまま時間を取らせてもらっても良いか?』

 予想外の質問を受け、探偵は目を見開く。

「もちろん、大丈夫だよ! それで、そのメールって……」

『うん。結論から言うと、あのメールは作為的なものだ。決して亡くなった人間が、何かを伝えたくて送った、霊障によるものではない』

「やっぱり……」

 操の言葉に小町は少しだけ、安堵した。探偵の読みが当たったからである。

『ああ。小町から送ってもらった、メールの画像を霊視したんだが、全く霊的なエナジーは感じなかったな。もし、霊障によって送られたものならば、その発信者のエナジーが僅かでも感じられるはずなんだ。ところが、霊障特有の負のエナジーというか。恨み、辛みからくる気持ち悪いエナジーというか。そういったものが感じられない。また一緒に由里絵さんの写真を送ってもらったが、そこから感じ取ったエナジーと、メールの発信者の持つエナジーが全然違う。もし亡き由里絵さんが送ったメールであれば、感じるエナジーは由里絵さんのものであるはず』

「ということは、犯人は由里絵さんではないってことだね」

『そうなるな。仮に由里絵さんとは違う霊体だとしても、霊的なエナジーは共通しているから、発信者が霊か、生きている人間か、そこまで分かる』

 彼女の言葉に探偵は頷き、何かに納得した様子を見せた。

「やっぱり。これは殺人だったんだ。生きている人間による、殺人」

『だな。そして、その容疑が掛かっている由理絵さんの霊視も、させてもらった』

 この後の言葉が何なのか。既に小町は察しがついていた。悲しそうな声音で「うん」と答える。

『写真から得たエナジーを頼りに、残留思念で彼女の居場所を調べてみたが……。残念ながら、彼女は既にこの世にいないと思われる。最後に彼女が見たと思われる場所は……』

 操が言い切る前に、探偵は言葉を遮った。これも、察しがついているからだ。

「大丈夫だよ、操ちゃん。その由里絵さんが、亡くなった場所なら、見当がついているよ。氷見市の、海岸沿いでしょう」

『ふふっ。小町、流石だな。そう。お前さんの言う通り、彼女は暗然とした、闇の広がる砂場で夭折したようだな。手首を果物ナイフで掻き切ったらしい』

 全てを悟ったような表情で探偵は深々と、溜息をつく。

「そうか。そうか、そうか。やっぱり、そういうことだったんだ……」

『どうやら、お前さんの望ましくない人物が犯人のようだな』

 言葉通り、小町の予想は捗々しくない結末を描いていた。

「うん。多分、あの人だと思う。でも、本当は、この予想が外れてほしいくらいなんだけどね。あの人が、そんな……」

 犯人の予想がつき探偵は落胆する。深い溜息を吐くと、小町を後押しするように、操が励ましの言葉を送った。

『小町、辛いかもしれないが、俺達は真実を導くことが仕事だ。探偵も、スピリチュアリストも、同じだと俺は考えている。死者の声を霊視で直接的に聞くか、現場に残された証拠品や周りの証言から情報を組み立てて、間接的に聞くか』

 力なく首を縦に振って、小町は「そうだね」と口にする。

『お前さんは無理しすぎるからな。そんなに一人で抱え込むなよ。また、何かあったら連絡してくれ』

「ありがとう。操ちゃん……。優しいね」

『うっ、うるさい。じゃあな」

 どこか、照れている様子が想像できて、探偵は微笑した。直ぐに真顔に戻り、軒端から少し身を乗り出して、濡れないように雨を見上げる。自然と空が泣いているように思えた。凛の涙、由理絵の涙が権化と化して、頗る雨空となったように見える。立ちはだかる現実に、やるせない想いが、口から零れた。

「きっと、由里絵さんは、こんなことを望んでいませんよ。――青山先生」


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