82話 実地試験【後編】
「……と、言う考えなんだけど、どうかな?」
「明日を待つまでも無かったな。正解だ」
「先日、私たちに言われた言葉で気づいたのですね」
「まぁね……で、今の流れからどうやってサディエルを捕まえるか、なんだけど」
―――1時間後
「………」
クレインさんの屋敷に入った瞬間、サディエルは難しい顔をして立ち止まる。
気配とかで察してると言うよりは、オレらの性格を加味しての警戒だろう。
まっ、実際にオレらが待機しているわけだけど。
「おや、サディエル。戻ったのですか」
「レックスさん、どうも。クレインさんは仕事中……ですよね?」
近づいてきたレックスさんに、サディエルは表情を変えずに、僅かに後ずさった。
「えぇ、溜まった書類の整理がありますからね。もう少ししたら、休憩の為の飲み物でも、と思っておりますよ」
「そうですか。ところで……」
スッ、と双方の目が細められる。
互いが互いを標的としているような、そんな視線が交わされた。
「"いつ"、参加されたんですか?」
「先ほどですね」
言うや否や、2人は同時に床を蹴った。
「流石にそろそろ気づくだろうなとは思ってたけど、初手レックスさんとは、やるな!」
そう、サディエルは確かにこういった。
アルムやリレルと協力して、俺に触れることが出来たら勝ち、と。
このサディエルに "触れる" 人物は、限定されていない。
言葉と展開から、オレがサディエルに触れることが出来たら……と最初は解釈していたわけだけど、それは間違いだった。
サディエルは、オレらの実力も、自身の実力も、見誤ることはしない。
過大も過小も評価しない。
だから、彼はあえて『隙』を作ってくれていた。
オレに気づかせて、そこを遠慮なく突けと。
アルムやリレルと協力して、どんな手段を使っても良いし、誰でもいいから自分に触れろと。
ほんっっっと、言われないと分かりづらいよね!
こっちが気づくと信じて、こんな言葉遊びをやらかしてくれるんだから。
「いい機会です。腕が鈍っていないか、確かめさせてもらいますよ、サディエル」
「やめてくださいよレックスさん。フットマン時代の護衛訓練思い出して吐き気しそう!」
互いに距離を保ちながら並走し、サディエルはそのまま2階へ続く階段を目指す。
階段を上り始めると同時に、左右の通路から屋敷に勤めているフットマンの皆さんが顔を出す。
「サディエルの奴が来たぞ!」
「おっしゃ、捕まえろ!」
「うげっ!? ヒロトたち、やりすぎだアホ!」
アホでも何でも言ってくれ。
それに、フットマンの皆さんの役目は、あくまでもサディエルを2階に行かせず、この場に留める事だ。
流石に登っては意味が無いと察したサディエルは、素早く手すりに手を掛けて、1階へ飛び降りる。
着地と同時に、階段の下に隠れていたアルムが飛び出して、サディエルの背中に向けて手を伸ばす。
「うおっと……そっちもようやく本格参戦か、アルム」
「まぁな。5年前のリベンジもついでだからさせて貰うぞ、サディエル」
それを紙一重で避けると、サディエルは自身の足に何かを纏わせる。
1歩蹴ると、通常よりも長い距離を移動した。
あぁ言うのは、だいたい風の魔術だろうな。
おおよそ、風を自身の足に纏わせて、瞬発力と脚力を補強したってところだろう。
だが、逃げた先……屋敷内に入った時点で、サディエルにとっては死角となっていた太めの柱から、同じく隠れていたリレルが姿を現す。
「お待ちしておりましたよ」
「やっぱいるよな、リレルも。お前もリベンジか?」
「はい。思えば、船旅での模擬試合……本気を出されていなかったわけですし」
「いやまて、あれは本気を出さなかったんじゃなくて、出せなかった! ついでに、あの時はまだ弱体化の自覚が……」
「問、答、無、用、です」
そう言うと、リレルは無詠唱でガランドに対して使った拘束の魔術を使用する。
屋敷内の至る所にオブジェとして飾られている観葉植物や、色とりどりの花から、枝や蔦が一斉に伸びてサディエルに襲い掛かった。
「流石にこれは反撃していいよな! "風よ、切り裂け!"」
寸前まで迫った枝や蔦に対して、サディエルは風の魔術で切り裂く。
それを見たレックスさんが眉をひそめ……
「サディエル! クレイン様のお屋敷のモノを壊すとは何事ですか!」
「先に観葉植物と花々を拘束具に変えたのは、オレじゃなくてリレルですよ!?」
濡れ衣はんたーい! と、サディエルは涙目で叫ぶ。
理由はどうあれ、屋敷の備品に傷をつけられたことで、レックスさんの表情が真顔になった。
うーわー、遠目から見ても恐怖しかない。
同じように、鋭い眼光から放たれるプレッシャーに、サディエルの頬が引きつる。
その隙を見逃さず、アルムとリレルがサディエルに接近した。
挟み撃ち、に見えるけれども左右で位置を僅かにズラし、上手くサディエルの逃げ場を無くすように動いている。
攻撃するタイミングも絶妙にズラしながら、2人は彼に手を伸ばす。
しかし、サディエルの方が僅かに上手だった。
彼は一瞬の判断で、被弾する直前にしゃがみ込んで2人の手から逃れ、レックスさんが立っている方向とは真逆にダッシュした。
そのまま、屋敷1階の廊下に駆け込む。
「ちっ、今のでもダメだったか。今回は行けると思ったのに」
「残念です。と言うわけで、後はよろしくお願いしますよ、ヒロト」
オッケー、任された。
その言葉を聞いて、オレは立ち上がりチャンスを伺う。
「………完全に誘導されたな、これ」
一方で、苦虫をかみつぶしたような表情で、サディエルは愚痴りながら小走りで廊下を進んでいる。
誘導させて貰ったわけだけど……オレとしては、何であの包囲網で決着がつかなかったのかを問いたい。
ここからどうしたもんかと必死に思案している彼の耳に、ドアがガチャリと開く音が届いた。
慌てて歩みを止めて、警戒していると……
「今日は妙に騒々しいのう……おや、サディエル君」
「クレインさん。仕事の方は終わられたんですか?」
「まぁの。肩こりと腱鞘炎が酷いのなんの……これから、レックスにお茶を頼もうとおもってな」
「あぁ……それでしたら、先ほど準備するとレックスさんが……っと!」
ひゅん! と風を切るような素早さで、サディエルの右手に何かが掠りかけた。
「ふむ、残念じゃ。せっかくの見せ場じゃったのに」
「……クレインさんまで」
あっははは……と、乾いた笑いを浮かべながらも、ゆっくりとクレインさんから距離を取る。
「いやの? 儂も童心に帰りたい時ぐらいあるわい。面白そうな遊びをしていると聞いたもんでの」
「遊びじゃ……いや、見ようによってはそうか」
「あぁ、心配せんで良いぞ。儂はお主と違って体力はゼロじゃからの。追いかけはせんよ」
「ありがたいお言葉で。では、後程改めて謝罪しますし、させますんで!」
そう言うと、サディエルは背中を見せないようにドアを通り過ぎ、一定ラインまで離れてから走り出そうとし……
「うわっ、っとと! 危なかった」
目の前にあった曲がり角から急に出てきたフットマンに、驚きなんとか回避する。
黒縁眼鏡をかけた茶色の目で茶髪のフットマンは、驚いた表情を浮かべた。
「ごめん、ぶつかりそうになって」
「……いえ、お怪我はありませんでしたか」
「大丈夫だ。こっちこそ、ごめんな。仕事中……え?」
ガシッ、と自身の右手を掴まれて、サディエルは目を見開く。
そして、ゆっくりとこちらを見る。
「えっと……参加者だったのかい?」
「はい。ただ、参加者というか……」
ゆっくりと左手を頭に持っていき、"オレ" は、つけていた茶髪のカツラを脱ぎ捨てる。
「今回の作戦の立案者、だけどね?」
「ヒロト!?」
「へっへー、大成功。オレの姿が見えないことには気づいてただろうからね」
眼鏡を取りながら、オレは満面の笑みを浮かべる。
一方のサディエルは、やられたー……と空いている左手で顔を抑えた。
「最初から真っ向勝負なんて無理な話なんだよ、サディエル相手にはさ。だから、言葉通りにアルムやリレルと一緒に、クレインさんたちの説得をして、レックスさんや、フットマンの皆さんにも参加して貰ったってわけ」
「で、お前はフットマンの真似事しつつ、変装して構えていたって訳か」
「そう言う事。オレはずっと、屋敷の外の窓から様子を伺っていて、サディエルが逃げ込んだ通路に繋がる窓から、屋敷に入らせて貰った」
あとは、偶然を装ってフットマンとしてサディエルに近づく、それだけだ。
見た目も恰好もいつもと違うし、声と目の色も、リレルが風の魔術と、光の魔術の応用で変化させている。
詳細は分からないけど、声は風を使ってオレが本来発する音程をずらしていたので、いつもよりは低音気味に聞こえていた。
目に関しては光の当たり具合、屈折? を利用して……たまに人の髪の毛が黒色なのに、茶色に見えたりするやつ、アレみたいな感じで、茶色に見せていたんだ。
カラーコンタクトが無いからな、この世界。
一通りの説明を聞き終え、サディエルは深い深いため息を吐く。
「おめでとうヒロト。実地試験は合格だ」
「よっしゃ! やった!」
思わずガッツポーズをすると、追いかけてきたらしいアルムとリレル、レックスさんも合流して来た。
「上手くいったみたいだな」
「頑張りましたね、ヒロト」
「上手い具合にしてやられたよ。ったく、フットマンに化けるって誰の案だよ」
肩を落としながら、サディエルは2人に答える。
そのまま、クレインさんとレックスさんの方を向き……
「すいません、クレインさん、レックスさん。ご迷惑をおかけしました」
と、深々と頭を下げた。
それを見て、オレらも慌てて頭を下げる。
それを見たクレインさんは、いつも通り豪快に笑いながら
「気にしなくてよい、元気なのはいいことじゃ。それに、屋敷内の利用を許可したのは儂だ。レックスやフットマンたちも良い運動になったじゃろ」
「私はけん制のみに止めておりましたので、さほどかと」
「それならサディエル君。彼のストレス解消に付き合ってやってくれんか? 今は以前のように力を出せるんじゃろ」
「うげっ……そ、それはご勘弁を…‥‥嫌な思い出が蘇る」
「鍛え直して欲しいと言う事ですね。ではサディエル、行きましょうか?」
「滅相もございません! いや、ちょっと、レックスさん!?」
言い終わるよりも早く、レックスさんはオレからサディエルの右手を奪って、ズルズルと引きずっていく。
単純な腕力勝負だと……レックスさんの方が強いのか。
先日、病院から抜け出してきた時は、てっきり弱体化効果のせいで負けてると思っていたけど、ガチ負けだったと。
必死にオレらに救いの目を向けてくるサディエルを見て……
「サディエル、がんばれー」
「骨だけは拾ってやるから」
「お元気で」
生暖かい視線と共に、彼を見送ったのであった。
ちなみに、サディエルが帰って来たのは、その日の夜。
あの体力無尽蔵とまでは言わないけど、それぐらいなイメージの彼がクタクタになりながら、夕食の席に姿を現した。
一方で、疲れ知らずなのか、そんな雰囲気を欠片も見えず、何事もなかったかのように配膳をするレックスさん。
「………サディエルの体力も大概だけど、レックスさんも相当なんじゃ?」
「当然ですよヒロト様。クレイン様をお守りするのが、バトラーの仕事ですので」
「体力だけでも、俺の2倍はあるからな、レックスさんは……」
うわぁ……そりゃ凄い、と言うか怖い。
そう他人事のように思っていたオレは、2日後に地獄を見ることになるのを……この時はまだ知らなかった。




