83話 コンビネーション【前編】
―――エルフェル・ブルグ、滞在10日目の午前。
オレはいつも通りの運動と、受験勉強を一通り終えた後、雑談室で珍しくだらけていたサディエルの元を訪れて、昨日の件についてを話していた。
少し離れたテーブルでは、アルムはのんびりと図書館から借りてきた戦術書、リレルは医学書を読んで居る。
ここ最近と比較したら、なんとも平和な光景だ。
「コンビネーションは、パーティ内だけで完結させてはいけない項目だ。旅をしていれば、別の冒険者パーティとの共闘もあるし、魔物の襲撃における防衛」
あれも、これもと、指折り数えるようにサディエルがこれまでの旅で、コンビネーションに該当する部分を挙げていく。
「昨日だったら、この屋敷の皆さんと協力したこともそうだ」
「てっきり、オレとサディエル、アルム、リレルの4人のコンビネーションを、と思っていたら……」
「狭義の意味よりも、まずは広義の意味で認識して欲しかったからな」
オレが思っていたコンビネーションは、パーティ内で完結している範囲だった。
だからこそ、サディエルはその視野を広める為に、今回の実地試験を行ったと。
「それに、これは最終的に勝ち筋や負け筋を考慮する上でも重要になる。ヒロトは昨日の件だけじゃなく、数日前にも実践済みだ」
「えっ……いつのこと?」
「この前のガランドとの一戦だ。エルフェル・ブルグへの事前通達と救援要請を提案したの、ヒロトだったんだろ」
「あー、あれか。あの時は、せっかく襲撃のタイミングを把握しているのに、何の手も打たないのはどうかなーって……」
「発端は何でもいいさ。そこで、俺ら以外の手を借りる、と言う選択肢を取れたことが重要なんだ」
オレら以外の手を……か。
この前のガランドとの戦闘は、確かにエルフェル・ブルグへの事前通達と救援要請が功を奏した。
でなければ、サディエルからガランドを引き離す手立てがなくて、動きを止める事が出来ても、その後が続かなかったわけだし。
「ただ、俺ら以外の手を借りる場合、当然ながら何かしらの意思疎通が追加で必須となる。確か、アルムが戦闘開始と同時に水晶を使って、詳細情報を連絡したんだよな?」
「間違いないぞ。襲撃は襲撃でも、サディエルが操られた事と、現在位置の通達をした」
戦術書から目を離さず、アルムがそう補足してくれる。
「バークライスさんの方だって、単純な信号弾だけじゃ、具体的な位置も状況も把握出来ない。あくまでも救援が必要だ、と言う事しか分からないわけだ」
「だから、アルムが水晶で少しでも情報を伝えることで……」
「あぁ。少なくとも、俺がヒロトたちを襲撃している、と言う勘違いを除外して貰えたってわけだ。何も情報が無かったら、俺は単なる仲間殺し状態だ」
シャレにならないよ、それ。
バークライスさんのことだから、まずは本当にサディエルの意思なのかを疑ってくれるとは思う。
だけど、それに返答するのはガランドなわけだから……ダメだ、完全にサディエルご乱心って目線で見られる。
「その場に着いてから状況を把握するのと、移動中に状況を把握出来ることの差は大きい。その僅かな時間が勝敗を左右することだってある。これは何も、戦闘に限らず……」
「日常生活でも、だろ? 大丈夫、そのあたりはもう耳にタコが出来ている」
「よし、なら大丈夫だな」
オレの返答を聞いて、サディエルは満足そうに頷く。
「何と言うか、巡り巡って結局辿り着く先が、いつもの勝ち筋、負け筋ってのがね」
「それだけ、勝ち筋と負け筋を議論することが重要、と言う事ですよヒロト。目標に対して、失敗してはいけない項目の洗い出しと、対処なわけですし」
医学書から目を離し、近くに置いてあった紅茶を飲みながら、リレルがそう言った。
旅立った当初、いや、この世界に来た当初からの付き合いと言ってもいい、『勝ち筋』と『負け筋』。
サディエルたちの旅が、オレの中にあるファンタジーの旅と乖離が激しい理由でもあるわけだけど。
失敗してはいけない、致命傷に繋がりかねない部分を的確に処理しているから、今、こうやっていられるわけだしな。
お陰様で、オレがイメージするファンタジーあるあるの大ピンチ展開は、ほぼ未体験なわけだけど。
「以上のことから、まずは広義の意味でのコンビネーション、『俺ら以外との協力』については、大丈夫か?」
「うん、何となくね」
本当に、1つの言葉で色々な捉え方がありすぎる。
何でもそうだけど、忘れた頃に、あの言葉は実はこうで、その言葉は……ってのが多い。
時間を掛けてでも理解出来るようになることも、オレにとっては成長なのだろう。
「さて、明日からは狭義の意味でのコンビネーション、ヒロトが思っていたパーティ内での連携をやっていこうと思う」
「今から、じゃなくて?」
「協力してくれる方が、明日からしか時間が取れなくてな」
と言う事は、実戦形式かやっぱり。
これに関しては座学よりは実践をメインにした方が分かりやすい部分でもあるか。
「分かった。で、内容は?」
「3対3のチーム戦を予定している。互いに訓練用の武器を使用しての模擬戦だ。俺と助っ人2名のチームと、ヒロト、アルム、リレルのチームだ。攻撃を1発でも貰ったら、その試合中は戦闘不能判定で、どっちかのパーティが壊滅で試合終了とする」
模擬戦か。
サディエルがまーた敵側ってのが嫌らしいというか、何と言うか。
せっかく鬼ごっこでラスボス撃破したと思ったのに……そのラスボスが復活してきた気分だ。
「アルム、リレル。またよろしく」
「はい、頑張りましょうね」
「それはいいんだが、お前の助っ人ってのは誰だ?」
「それは明日のお楽しみ。期限は今回も3日間、ヒロトたちは俺らのチームから1勝すれば合格としよう」
「1勝でいいわけ?」
「じゃあ3勝にしようかなー……と言うのは、明日戦ってみてから自己申告で頼む」
すっごい自信満々。
だけど、このエルフェル・ブルグでサディエルが助っ人として呼んでくるのは誰なんだろう?
すぐに思いつくのは、幼馴染でもあるアークさんなわけだけど……彼は確か後遺症があるから、戦闘に参加云々は恐らく難しいはずだ。
となると……この屋敷にいる、フットマンの皆さんか?
「3人は今のうちに作戦会議をしておいてくれ。俺は少し走り込みに行ってくる。油断すると、すぐ本調子じゃなくなるから」
「その本調子じゃないのに、散々鬼ごっこで振り回してくれたのは、どこの誰だよ」
「あっははは、まぁそう言うなって。んじゃ、また後で!」
そう言いながら、サディエルはタオルを肩にかけて、部屋を出て行った。
さーてと、そうなると……
「アルム、リレル」
「作戦会議だろ」
アルムとリレルは本を閉じて、オレの所まで移動して来た。
「……少し、引っかかりますね。サディエルの助っ人さんの件」
「同感だ。僕ら相手に拮抗出来る、もしくは1歩踏み込まないと勝てない布陣なのだけは確定だろうが」
「2人は、サディエルが連れてくる助っ人に心当たり無し?」
「逆です。ありすぎるから、候補が絞れないと言いますか……」
ありすぎる、と来たか。
心当たりが無いよりもそれは厄介な気がする。
「手近な候補は、ギルドにたむろしている冒険者たちかな。あそこに行けば、誰かしら知り合いがいるだろうし」
「他となりますと……やはり、この屋敷のフットマンさんたちでしょうか。確か、クレインさんの護衛を務める為に、そう言う訓練を皆さん受けているとか」
冒険者やフットマンの皆さんか。
オレと言う明確な初心者の存在を加味すると、それぐらいの難易度ならありがたいかな。
「まっ、相手の力量考察は現状だと効果が薄い。今はそれよりも、ヒロトとの連携について話そう」
「そうですね。まずは、前衛をどうするか……ですけど」
「あ、それならオレがやってみたい! と言うか、経験させて欲しいかな」
右手を挙げながら、オレは前衛を立候補する。
今日までオレは、戦闘になった時は良くて後衛、もしくは後衛よりの中衛を経験して来た。
だけど、前衛に関してはまだ未経験だ。
適正あるなしに関わらず、1度は経験してみたい気持ちはある。
ほら、せっかく剣持ってるしさ、かっこよく2人を護って……は、すぐには無理でも、やってみたい。
「コンビネーションが主題であるならば、ヒロトが前衛の方が分かりやすいかもな」
「そうですね。今回ばかりは、下手に中衛や後衛をやると、余計に混乱しかねません」
「あの、中衛・後衛の方がやばいって反応に、オレは動揺を隠せないんですが……」
「対人戦だからな。対魔物とは勝手が違う」
あ、そうだった。
そうだよな、サディエルが連れてくる助っ人が、魔物なわけがないんだし。
となると……うわっ、初めての対人戦なのか、これ!
「ヒロトの場合は、まずはがむしゃらに動いて貰って、そこからすり合わせていくのが手っ取り早いだろう。恐らく、初戦からしばらくは、僕やリレルの声を聴く余裕すらないはずだ」
「うわぁ、ありありと想像出来る……」
「仕方ありませんよ。まずは前衛と言う立ち位置に慣れていきましょう。あちらの前衛はサディエルでしょうし」
サディエルを抑え込めるか、と言う点では……少なくとも、無理だろうな。
3日目あたりに1発お返し出来ればベスト、ぐらいに考えておこう。
低い志、と言わないで欲しい。
この3か月ちょっと、サディエルの前衛能力を見てきたからこその決意なんだ。
弱体化の影響が響いている時期ですら、オレ目線では特に変わりなく動いているように見えていたわけだし。
「どのみち、帰路では盗賊からの襲撃を視野に入れた訓練を、と考えていたところだったんだ。先手を打たれたが、いい機会だ」
「うん。まずはやってみてからだ! こういう時こそ、弱気になっちゃダメなはず!」
そもそも、帰路に関しては多少大変な道のりになってもいい。
サディエルの痣を何とかする方法を探そうと、と言ったのはオレ自身だ。
予定よりも色々と早く決着がついたとはいえ、元の世界に帰るまでの期限が変わるわけじゃない。
ガランドとの決着だってある、この程度のことで音を上げている暇だってないんだ。
「よしっ、ならば前衛はヒロト、中衛はリレル、後衛を僕という形で行こう」
「分かった」
「承知しました」
「それじゃあ次、戦闘に入ってからの声掛けについてだが……」
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―――コンコンコン
「誰だ?」
『サディエルです。今、お時間宜しいですか?』
「ふむ、入りたまえ」
『失礼します』
ガチャリとドアが開く音と共に、サディエルが入室する。
部屋の主は彼の顔を確認すると、椅子に座るように促す。
サディエルは一礼してから、テーブルに備え付けられている椅子に座った。
「明日からの件で確認に来ました。大丈夫そう……でしょうか?」
「問題ない。明日から3日間、有給を取らせて貰った。ここ最近、魔族に対する協議が多かったからな……」
「10割以上、俺のせいじゃないですかそれ。痣の方の研究は」
「順調そのものだ。検査では、だいぶお前に負担を掛けたからな。あとはこちらの領分だ、任せなさい」
それなら良かったです、とサディエルは安堵のため息を吐く。
「しかし、明日からが楽しみだ。アルムとリレル……あの人間不信の無骨者たちが、お前との旅でどれだけ成長したのか」
「2人は元からしっかりしていましたよ。少しばかり、人間関係で折り合いが付かなかっただけで」
「そんな感想を持てるのは、お前ぐらいだぞサディエル」
「それ、先日も2人に言われましたよ。だけど、きっと満足いく成長をしていると思いますよ、バークライスさん」
微笑みながらそう言い切ったサディエルに、対話の主……バークライスは不敵な笑みを浮かべる。
「ふふっ、本当に楽しみだ」
そこに、再びドアがノックされた。
バークライスが『誰だ』と問うと、『遅くなりました』と言う返答が返ってくる。
「入りなさい、レックス」
『失礼致します』
許可を得ると同時に、ドアが開く。
そこには普段の燕尾服とは異なり、珍しく私服姿のレックスが立っていた。
「おや、サディエル。もう来ていたのですか」
「はい。バークサイスさんに確認したかったので……さて、と。それでは、俺らの方も作戦会議を始めましょう」




