60話 そしてエルフェル・ブルグへ
「うん、修理には16,000クレジットになるかな」
エルフェル・ブルグに最も近い街の鍛冶屋。
そこの店主である鍛冶職人がオレの剣を一通り確認して、そう言った。
先日のオーガとの戦闘後、オレの剣を確認すると……やっぱり魔物を一刀両断した代償がしっかりとあった。
いくらサディエルがお膳立てし、相手の骨にある程度のヒビを入れて、斬りやすしてくれていたわけだけど……
骨を巻き込んでぶった斬ったわけで……その無茶の結果が出たともいう。
『ちなみに、血もしっかり拭いてくださいね。拭かずに鞘入れるなんてことをしないように』
『何で? 鉄が錆びる、とか』
『それ以前の問題ですよ。血液中にある脂肪が固まってしまうのです。脂肪の融点はどんなに低くても30度前後です。つまり……』
『通常の温度だと、まず外気で固まるじゃん!? つか、脂肪で剣が鞘から抜けなくなるってことだよね。うわ、ハンカチ! ハンカチどこにしまったっけ!?』
そんな慌ただしいやり取りもあった。
あー……ファンタジーとかで、人とか魔物を切った直後に、剣を振って血を飛ばすような動きあったけど……あれも一応、理由があっての行動だったんだな。
そんなわけで、武器の損傷を確認して貰う為に、サディエルたちの薦めで鍛冶屋を訪れていたわけだけど……
「たかっ……」
修理代がシャレにならない。
いや、剣そのものも高かったけど、4万だったし。
「鉄が主材料だからな」
「って、サディエルはいいのかよ。オレと同じで剣だし、親玉ともう1匹相手の時使ってただろ」
「オレが剣をまともに当てたのは、親玉の右肩と心臓貫いた時だけだぞ。それ以外の大半はけん制だったし、骨にも筋肉にも当てないようにやったから修理不要」
なんですと?
オレは信じられないものを見る目をサディエルに向ける。
「ヒロト、見てなかったもんな」
「あの状態で、見る余裕をどうやって捻出すれば良かったのかを、問うて良いですかね……」
「うん、分かってて言った」
くっそー、無駄に爽やかな笑顔で!
と言うか、前々から彼らが口酸っぱく言ってたように、いざ1対1での戦闘となったら本気で周囲が見えなくなるよな。
かろうじて、彼らの声を聴く余裕があったのは良かった。
「修理の日数は?」
「そうだな……5日ぐらい貰えるかな」
うげっ、ここで5日の足止めか。
クレインさん、明後日には出たいって言っていたから、今回は諦めかな……エルフェル・ブルグにも鍛冶屋はあるだろうし、そこまで何とかしないといけないのか。
オレがぐるぐる考えている間に、サディエルは自分の財布から追加のお金を取り出し、鍛冶職人に手渡す。
「1万追加しますので、明日の午後、もしくは明後日の早朝までにお願いします」
「よしっ、最優先で修理しよう」
「ちょ!? サディエル!?」
思わずオレは悲鳴に近い声を上げる。
だけど、サディエルはあっけらかんとした表情で……
「最善の状態にしとかないとまずいだろ。次はヒロトにも頑張って貰う必要があるんだ、必要経費、必要経費」
「けど……」
「俺のへそくりだから気にするなって」
いや、そのへそくり、この旅の間に何度か凄い速度で減少しているって認識なんだけど。
最初の街では、しれっとアルムやリレルにぶんどられ……ごめん、オレも便乗してそのお金で食べました。
古代遺跡の国では、アルムの師匠さんの墓に添える花代とか。
ちなみに、サディエルたちの中で、パーティ共有のお金とは別に、個人が管理する通称「へそくり」制度があるらしい。
具体的に言うと、依頼の成功報酬や魔物討伐の戦利品売却で得たお金のうち、7割をパーティ共有のお金へ。
残り3割を分割して、各メンバーが「へそくり」として個人資産にしている。
普段の宿代や、備品代、その他もろもろの旅に必要なものは、共有から。
個人が必要と思ったモノ、アルムだったら筆記用具やノート・メモなど、リレルだったら医療の本などの持ち物がそれに該当する。
ちなみに、オレが加入してからは、その3割を4分割している状態だ。
オレの分は良いって言ってるのにさぁ……普段戦わないし、戦術論や訓練して貰ってるわけだし。
まっ、それを言ったら言ったで、"仮に1人になった時、無一文だったらどうすんだ"、の一言で一蹴された。
最近、その実例が身近に存在したことが判明したので、余計に反論出来ない状態である。
「というわけで、ご主人。よろしくお願いします」
「はいよ。じゃあ、明日の午後に来てくれ!」
「わかりました。さて、ヒロトいくぞー」
「ちょ、サディエル押すなよ!? あ、オレの剣お願いします!」
サディエルに押されながら、オレは鍛冶屋を出る。
合計26,000クレジット、購入時の半額以上……いや、実質無料の剣だったけどさ、アレ……
「後でオレのお金から、1万返すよ」
「気にするなって。この前もそうだけど、ヒロトは自分のことは妙に遠慮したり、不安になったりするよな。他人の時はそうじゃないのに」
「そう?」
つーか、この前って……あー、オーガと戦う直前か。
1人で魔物1体倒せって言われてあれこれ言ってたやつ。
「んー……多分、自分のことだからかな。他人の事だったらそんなこと思う前に助けなきゃとか、何とかしなきゃとかで頭いっぱいになっちゃって……考えたことなった」
「優しいなヒロトは。他人の為に本気になれるのは良いことだ。だけど、他人を大事にする前に、自分も大事にしろよ」
「それ、サディエルにだけは言われたくないんですけど」
「あっははは……さてと、もうすぐ合流場所のギルドだな」
話逸らしたな。
本当にこの人は……今一番大変で、自分の身を心配しなきゃいけないのはどこの誰だよ、ったく。
あー、無茶、無謀、無鉄砲の三大無な主人公に頭痛める感覚がまたしてきた。
もしくは、有能ではあるけど私生活がだらしない系の先輩を心配する後輩みたいな。
……どこの漫画やアニメのキャラだ、それ。実在するとは聞いてないよ。
「あら、サディエル、ヒロト。お帰りなさい」
そこにリレルの声が響く。
どうやらギルドは思ったよりも近かったらしく、外でのんびりと待っていたリレルがオレたちに気づき、小走りで駆け寄ってきた。
「鍛冶屋への用事は済みましたか?」
「終わった。明日の午後には修理が終わるって」
「早いですね。運よく他の仕事が立て込んでなかったのでしょうか」
「違うよ。サディエルがチップ掴ませて、順番の横入しただけ」
それを聞いて、リレルはにっっっっこり、と微笑みながらサディエルを見る。
「一応お聞きしますが……ちゃんと、共有資金から出しましたよね?」
「ダシマシタヨ」
棒読み、いっそ清々しいほどの棒読み。
そして、笑顔のままリレルはオレに視線を向ける。
ごめん、サディエル。オレはリレルが怖いんで、売ります。
「サディエルのへそくりから出ました」
「ヒロト!?」
「…………」
うわぁ、周囲が一気に寒くなった。
え、なにこれ、リレル……氷の魔術でも使っている? よくよく周囲を確認すると、オレらの近くを通った住民の方々も『なんか寒いね』という会話しているのが聞こえてるんですけど。
「終わったぞ……って、おい、また何やらかしたサディエル」
「開口一番に俺を疑うのは良くないと思うぞ、アルム」
「お前以外に誰がリレルを怒らせるんだ。ヒロトはいい子だから、まず無いわけだし」
2択ならほぼ確実でお前だ、とアルムは付け加える。
「リレル、サディエルのアホの説教は後回しだ。宿に戻って、連絡事項2点を話す」
そう言いながら、アルムは手に持っている袋を見せてくる。
恐らくその中に入っているのが、先日オレがアルムに提案した件の品だろう。
オレらは頷き、ギルドの反対側に建てられている宿へと戻る。
「で、やっぱりオレの部屋かよ!」
「なんとなーく、です」
いつも通り、オレが宿泊する部屋にみんなが集まる。
いやもういいけどね、いっそ新参者の部屋に集まるってパーティ内の条項でもあるのかと不安になるよ。
「ちなみに、オレがいなかった時はどうしていたんだよ」
「サディエルの部屋に集まっていましたよ」
違うんかい!
うん、これ以上この話題はオレの精神によろしくない、さっさとアルムに話題を振ろう。
オレはそう決意して、アルムを見る。
「アルム、連絡事項って?」
「あぁ。まず1つ目、エルフェル・ブルグから品物を預かってきた。ヒロトが提案してくれたヤツだ」
そう言いながら、袋から品物を取り出す。
見た目は、クラッカーを大きくして、取っ手を付けたようなものかな。
「こっちが日中用の信号弾、そしてこれが夜用の閃光弾。どちらも空に向けて発射して、僕らが危険な目に会っているという連絡になる」
「信号弾に閃光弾? どうしたんだこれ」
あ、そっか。
これをアルムに相談したのって、サディエルが検査でダウンしていた時だった。
「次の襲撃があった際に、これでエルフェル・ブルグに連絡及び救援要請する為だ」
「あぁそうか。そうだよな、近くまで行ってるんだからそれもアリなのか……近辺に街や国が無いところでの襲撃を前提で考えていたから、俺らだけの対処をって思ってたけど……なるほど」
うん、意外と盲点だよな。
近くに国や街が無い場所で襲撃される可能性を考慮していたなら、オレらだけ、という前提も分かるけど。
「戦闘に入り次第、これで連絡を取る。持つのは僕、リレル、ヒロトだ。サディエルはすぐに戦うことになるだろうから、いらぬ隙を作らない方がいい」
そう言いながら、アルムはオレとリレルに連絡用のセットを渡してくる。
「使い方は、空に向けて、柄頭の紐を引っ張ればいい」
「分かった」
「了解しました」
シンプルな内容で助かった。
いやまぁ、緊急用なんだから、使い方が簡単じゃないとまずいよな。
「さて、2つ目だ。ヒロト、手を出せ」
「ん?」
アルムの言葉に首を傾げなら、オレは右手を差し出す。
その手のひらに、何かが置かれた。
それは、1つのペンダント。
ペンダントには丸い円盤がぶら下がっており、そこには五芒星が描かれていた。
直角三角形になっている部分には、それぞれ水晶のような宝石がはめ込まれている。
「これ……!?」
「あぁ、この世界における冒険者専用の魔装飾。マジーア・ペンタグラムだ。知っての通り、これに魔力を込めると、パーティメンバーが近くにいるか、生存しているかの確認が出来る代物だ」
そう言いながら、アルムは自分のマジーア・ペンタグラムを取り出す。
それを見て、サディエルとリレルも同じように、自身のマジーア・ペンタグラムを取り出し、同時に魔力を込める。
はめ込まれた宝石のうち、"4つ"が光り輝く。
以前見た時、石の輝きは"3つ"だった。
それが、4つになっている。
「ではヒロト。この世界で初めての魔術を使いましょう、目を閉じて、目の前のペンダントに心の中で"光れ"と命じてください」
「リレル?」
「大丈夫です。魔術は想いです。こうしたいという想いの具現化……実は、単純なことなんですよ」
言ってくるよなぁ……魔力や魔術がない世界の人間だよ、オレ。
だけど……
オレは目を閉じて、手の中にあるペンダントに向けて命じる……"光れ"と。
すると4つの明るさが眉を突く。
同時に、すごいだるさを感じる……アルムたちが魔力の消費が激しい、と言っていたのはこのことか。
ゆっくりと目を開けると……目の前のペンダント、そこにある宝石の4つが光っていた。
「おぉ……!」
光る宝石を見て、オレは思わず感動してしまう。
4つ、間違いなく4つ光っている。オレも、この光の中にいる。
「それはヒロトの分だ。大事に持っていろよ」
「あぁ! 大事にする!」
オレはもう一度目を閉じる。多分、消し方は逆だろうから……っと。
予想通り、"消えろ"と思ったら魔力、なのかな、が吸い取られる感覚がなくなった。
「ファンタジーでは、こういうのは良くあるんですか? 教えてませんよ、消し方」
それを見て、リレルはクスクスと笑いながらそう聞いてくる。
オレは光が消えたペンダントを見てから、答える。
「うん、想像力だけなら、オレの世界のファンタジーは負けてないからね!」
―――第3章 冒険者2~3か月目【リレル編】 完
これにて、第3章完結となります。
次回、小話を挟んでから4章開始です。
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