59話 はじまりから3カ月後【後編】
「リレル、僕は右を相手にする!」
「では、私は左の方をお相手致しますね。正面は任せましたよ、サディエル」
「ほいよっと、んじゃ先陣行きますかね!」
その合図と同時に、サディエルとリレルが一気にオーガへと距離を詰め、逆にアルムは距離を取る。
アルムはすぐさま弓矢を構えながら走り、右側に居るオーガに狙いを定めた。
音もなく放たれた矢は、一瞬でオーガの右肩にヒットする。
一方のアルムは矢がヒットを確認はせず、視線を素早く周囲に向けて、弓筒から次の矢を取り出た。
矢が当たったことで、右側にいたオーガがアルムに狙いを定める。
しかし、距離を詰めようとすると、同じ距離をアルムは下がる。
全く距離を詰めさせず、次の矢が放たれた。
(常に距離を保って、矢がヒットしたかどうかよりも周囲の安全と、距離を取れる場所があるかの確認を優先している……)
そうか、アーチャーは常に最適距離に居続けないと本領発揮出来ない。
大前提として相手に詰め寄られないように立ち回るのが正解なんだ。
そうだよ、立ち止まって無防備に弓矢を構える瞬間なんて、1対1ではありえない。
しっかりじっくり狙いを定めることが出来るとしたら、それは前衛と中衛がしっかりしている時。
それ以外は、今のように適時距離を取りながら戦うのが、アーチャーなんだ。
(そういえば、アクションゲームも弓矢や銃には適正距離があって、その距離から撃たないと威力が落ちるとかあったよな……)
シュッ、と再び矢が放たれる。
その矢は狂いなくオーガの左目を貫通した。
うめき声と共に、もがき苦しむオーガを他所に、アルムはオレの所まで戻ってくる。
最後の1本だと言わんばかりに、今度はじっくり構えてオーガの心臓を貫いた。
その一撃で、オーガはズシンと倒れ絶命する。
「こっちは終わった! いつも通りに周辺警戒に当たる」
「わかった!」
アルムの言葉を聞いて、前方で親玉と思われるオーガと、もう1体の攻撃を回避していたサディエルが答える。
オレはそのままリレルの方を確認した。
左側のオーガと距離と詰めていたリレルが、槍を構えて対峙している所だった。
こちらも、無闇に距離を詰めてはいない、槍の間合いだ。
だけど、アルムの弓とは違い少し距離を詰められたら、あちらの間合いになってしまう。
「……"風よ、吹き荒れろ"!」
槍の先から強い風が吹き荒れる。
強風で身動きが取れなくなった隙を突き、素早く右肩を一突き入れた。
リレルも、右肩?
深い一突きではなかったのか、リレルがすぐさま槍を引き抜き、そのまま無詠唱で水の魔術を放つ。
ダメージそのものはない、本当にオーガに水を浴びせただけだ。
そのまま一度距離を取り、再び魔力を集中させる。
「"風と水、そして炎よ! 雷鳴となりて轟け!"」
閃光が走る。
その閃光が消えるよりも早く、雷がオーガに直撃した。
プスプスと、焦げ臭い香りが鼻を突く。
だけど、黒焦げになりながらも、オーガは左腕を動かしリレルに振り下ろそうとした。
しかし、それよりも早くリレルが動く。
一閃、リレルの槍は寸分たがわずオーガの心臓を貫き、そのまま槍を引き抜くとオーガは倒れ伏せた。
これで2体。
「サディエル! こちらは片付きましたわ!」
「了解! それじゃ、ヒロトの為にお膳立てと行くか、"大地よ、そり立ちて!"」
サディエルがそう唱えると、対峙していた2体のうち小柄な方に、地面から勢いよく突き出した岩が直撃する。
僅かにボキリッ、と鈍い音がした気がした。
岩に直撃して吹き飛ばされたオーガが、オレの少し手前に落ちてくる。
「そいつの骨を少しばかり"折って"おいた! これなら、好きな倒し方が出来るはずだ!」
そこまで言うと、サディエルはオーガの親玉に剣先を向ける。
ここまでさんざんうろちょろされ、苛立っていたオーガの親玉はすさまじい咆哮と共に、サディエルに襲い掛かった。
一方で、岩で吹っ飛ばされたオーガがゆっくりと立ち上がり、親玉の方を見てそちらに行こうとする。
「待て!」
オレは行こうとするオーガの前に出る。
ゆっくりと右足を少し前に、左足を少し下げ、剣を構えて相手を見据えた。
グルゥゥゥ……
唸り声と共に、オーガは威嚇してくる。
―――大丈夫、大丈夫だ。
オレは一度深呼吸する。
まず最初の狙いは、相手の右肩。
アルムもリレルも、真っ先に狙った場所だ。
恐らく、オーガとの戦闘で真っ先に狙うべき、常套手段のはずだ。
そう、この世界では、ちゃんと魔物ごとの戦い方がある。
何年、何十年、何百年と培われて来た定石だ。
時に通じなくなるだろう。だけど、その都度、新しい戦い方を模索して成長し続ける世界。
(落ち着け、先に仕掛けるのはオレじゃない。焦っているのはあちら、それならば……!)
オレはゆっくりと剣を引き、両手で構える。
それと同時に、オーガの右手が僅かに膨れ上がったように見えた。
いや違う、膨れ上がってる……!
(そうか、最初に右肩を狙ったのは、これを防ぐため!)
だが、今こうなっているってことは……
「ヒロト!」
「右肩、貫けばいいよな!?」
「そうです!」
アルムとリレルの言葉と同時に、オレは走り出す。
しっかりと、両手で剣の柄を握り、剣を寝かせるようにして、右肩を貫く。
その直後、先ほどまで膨れ上がっていた右腕が、一気に元の形に戻っていく。
オーガの変化を確認し、オレはすぐさま剣を引き抜き、距離を取り直す。
―――ズシン!
直後、サディエルの方向から何か大きなものが倒れた音がした。
オレは思わずそちらを向くと、オーガの親玉が地面に倒れ伏せ、その手前でサディエルが剣を振るい、血を飛ばしているのが見えた。
「よしっ、あとはヒロトだけだ。右肩はちゃんと貫いたか!」
「ばっちり!」
「なら、あとはお前が好きなように倒せばいい!」
好きなように、か。
そりゃ、アルムやリレルの戦い方を見る限りならば、次は心臓を一突き、が正しいのだろう。
だけど……
「わかった!」
それならば……当然やってみたいことはある。
そうだよ、異世界なんだから、1度ぐらいはやってみたいじゃん。
魔物の一刀両断的なやつ!
さっき、サディエルが土の魔術を使って、岩をあのオーガに当たり、空を高く待って地面に"落ちている"。
その時、彼はこう言っていた……そいつの骨を少しばかり"折って"おいた、と。
思い出すのは最初の街、スケルトンたちの襲撃の時。
ダウンバーストの要領で高々と打ち上げられたスケルトンたちが、次々と地面に激突して、粉々になっていく姿。
あの時よりは飛距離こそないけど、魔力で補強されていないオーガの骨は、あの時のスケルトンたちと似た状態のはずだ。
骨が折れていると言う事は……剣が通常よりも通りやすくなっているということだ。
通常ならば、骨が邪魔して簡単に斬れはしない。
だけど、さっきのサディエルの攻撃でヒビが入っているならば……あと一押しで行けると言う事。
目の前のオーガは、親玉が倒されたことに動揺している……やるならば、今だ!
剣を構え、距離を詰め、大きく振りかぶる。
「よし、今だやれ! ヒロト!」
「何も考えんな、そのまま振り下ろせ!」
「やってしまってください!」
「うおおおおおおおお!」
オレの剣が、目の前にいるオーガの右肩に突き刺さる。
その瞬間、強烈に匂う魔物特有の血の匂いが鼻をつく。
そのまま力の限り、相手を切り裂くまで!
オレが想像しているよりも、遥かに長い時間、剣に力を込めている気がする。
こう、もっとスッパリと斬れるもんだと思ってた、だってそれが『普通』のイメージだったから。
オーガにだって骨はある、筋肉だってある。となれば、その部分は刃物が通りにくいのは必然なはずだ。
だけど……通常よりは、通りやすくなっている! このまま、このままだ!
「負けて……たまるかあああああ!」
オーガが無事な左手を高く掲げ、オレに向けて振り下ろそうとして来た。
それよりも早くアルムの矢が左手を射抜いて動きを抑制する。
その間に、さらに両手に力を加えて、押し込むように斬り伏せた。
右肩から斜めに左に切断されたオーガはそのまま倒れ、オレは事前に言われてた通りに大きく後ろに飛び下がり……バランスを崩して倒れた。
皆がオレの前に出て、オーガが動き出さないかを警戒する。
長い時間のようで、短い数秒の時を経て……サディエルは安堵のため息を吐いた。
「よしっ、起きてこないならもう大丈夫だ。全員お疲れ様! ヒロト、大戦果だな!」
その言葉を聞いて、オレはホッと一息吐く。
「あっははは……魔物って、あんなに斬れないもんなんだね」
「そりゃな。骨もあるから、下手な場所を切ったら、剣が刃こぼれして脂肪も付着する。その結果、殺傷力が無くなるから、ただの鈍器だ鈍器」
「鈍器って……剣が鈍器……斬れなくなるって……あははは……あっはははは! ほんと、なんだよこれ、おっかしー!」
オレにつられる様に、サディエルたちも笑い始めた。
笑いながらも、サディエルはオレに手を伸ばしてくれる。
安心して彼の手を掴んで立ち上がろうとするけれど、今頃になって恐怖感が戻ってきたみたいだ。
立ち上がれなくて、つい眉を下げてしまう。
仕方ない、初めてだったもんな、と3人は次々のオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、しばらく座っているように言ってくれる。
サディエルは、アルムとリレルにオーガの解体と、死臭含めた匂い消し用のお香を焚くようにお願いし、自身は周囲を警戒する役目についた。
そしてオレはゆっくりと、空を見上げて、喜びをじっくりと噛み締める。
「さーて、じゃあ今日はオーガのステーキ肉だな!」
「ごちそうですね! ヒロトの初勝利ですし、大奮発して沢山焼きましょう!」
「豪快に焼くか、お祝いだしな」
その言葉を聞いて、オレはびしりっ、と固まる。
若干血の気が引く感覚を覚えながら、サディエルたちを見る。
「あの、ちょっと、オーガの肉も食べれたの? いや、やっぱ食べるんだね!?」
「ゴブリンの肉も、ワーウルフの肉も食べれたんだから、へーきへーき」
いや、確かにそれらの肉は美味しかったですけど!?
けど、ゴブリンは実物見ていないし、ワーウルフはなんつーか、狼だからまーだ抵抗感少なかったけど……
ちらりと絶命したオーガたちを見る。
あまりにもなんつーか、アレな見た目の連中なわけでして。
「……やっぱ、こういう所は変だって絶対ー!!」
オレの心の底からの絶叫が、晴れ渡る空に響き渡ったのだった。




