27話 毎朝の光景
異世界に来てそろそろ1か月が過ぎ、冒険者歴もまもなく2か月目を迎えようとしている。
途中で小さな村に立ち寄って食料調達などをしながら、オレたちの旅路は今のところ順調そのものだった。
……と言うか、やることが多くてあっという間に時間が過ぎている感がある。
これもサディエル曰く
『人間、下手に退屈だと嫌なことや不安なことしか考えが浮かばない。んで、ありもしない、起こりもしない不安で落ち込む。そんな時間の方が圧倒的にもったいない』
『予定をびっしり埋めて、暇を無くすってこと? これだけの量だし、そういう意図ならそうかもだけど』
『せわしないのも良くない。時にのんびり、時にメリハリを、そして楽しく毎日を過ごす為だ』
とのこと。相変わらず、意味がさっぱりというか、1つづつ教えるんじゃないのかよー!
……と、言いたくなりそうだが、サディエルの方針は『教えはするけど、まず言葉の意図を考えること』を優先しているらしい。
すぐに答えばかり教えると、オレが答えを待つだけの人間になるからだって。
本当にどうでもいい人間に対して、人はアドバイスなんてしない。親しい間柄なら尚の事だ。
『もちろん、ヒロトがある程度の善悪及び疑うことを知ってるから、ってのもあるけどな』
そう、サディエルは付け加えつつ言った。
彼らのアドバイスの意味を、まず自分なりに噛み砕いて考える事。
んで、考えて結論が出たら、それが正しかろうと、間違っていようとサディエルたちに伝える。
そしたら、彼らなりの意図を教えてくれる。
そういう方向で行こうと、あの日にオレたちは決めたのだ。
すっごい遠回りだ、無駄なぐらい遠回り。さくっと答えを教えて欲しいとすっごく思う。
思うけど……大事なことだから。
『けど、やっぱ言わせて。めんどくせー! すぱっと教えてよ!?』
『あっはははは! 頑張れ頑張れ、時間は掛かって当然なんだ。赤ん坊だって、喋ったり歩けるまで平均10か月掛かるんだからなー』
『オレは赤ん坊と同じってか!? サディエルひっでー!』
サディエルさ、時々思うんだけどオレが困ってる姿見て愉悦に浸ってね?
いやいや、流石にそれはない、無いよな? うん、仮にもしあったとしたら、オレは彼を1発どころか10発は殴る権利はあると思う。
そうだった時は素直に殴ろう、そうしよう。
そんな決意を固めて、今現在オレは何をしているかというと……
「まず、ナイフはあくまで自衛の為だとしっかり覚えろ。攻める為じゃない、自分の命を守る為のものだ」
次の目的地である大きめの国を目の前にして、アルムからナイフの扱いについて教わっていた。
そう、体力が少しついてきたので、朝の運動に体の動きを取り入れるついでに、自衛についてのノウハウの講義ってわけだ。
「アルム、提案!」
「なんだ?」
「攻撃は最大の防御、と言う言葉があります!」
右手を上げてオレはそうアルムに進言する。
が、アルムの頬が引きつったのが見えた。
「ヒロト……その言葉の意味は、具体的に聞かなくてもだいたい想像はつく。ようは下手に防御を覚えるより攻撃ってことだろ?」
その通り! な、わけだけど。
あ、やべ、なんか既に嫌な予感がすっごくする。
すぅぅ、とアルムは大きく深呼吸した後……
「早すぎるわアホ! 状況が圧倒的優勢でない場合には、防御にも一定の注意を払っておかないと、攻撃の乱れなどの隙を突かれて一気に攻め込まれる。つーか、お前は状況が優勢だ劣勢だのの判断も出来ないだろ」
「オレの所では、下手な汎用性よりは尖った戦い方の方が強かったりするんだよ!」
「なるほど確かに悪くはないのだろう。だがな……どう考えてもそれは、戦いに関する基礎が出来て、負け筋が分かってからだ。こっちの負け筋を突かれずに、逆に相手の防御の隙を突かないと、そのまま戦闘が長引いて状況が不利になる」
だよなぁ……いや、破壊力と先手必勝は強いんだけど。
アルムもそれは了承の上で、その戦法の弱点という名の"負け筋"を提示しているのだ。
本当に万能で便利で厄介だね、負け筋考察って……
いや、負け筋を極力潰して、前衛が100%本領発揮出来るようにすることこそが、後衛の仕事なわけだけど。
「そもそもの話、戦闘が長引いたとして、まずヒロトの体力が持たないわけだが……お前、10分間全力疾走は出来るようになったんだっけか? ちょーっと忘れたから教えて欲しいんだけど」
「まだ無理なの知ってて、わざとだろその質問!?」
「もちろん」
「ぐあああああ! 鬼! 悪魔! 人でなしー!」
「鬼で悪魔な人でなしで結構。それで命が1つでも2つでも救えるなら、どうぞ好きなだけ罵倒してくれ」
くっそー……難しいよ、本当にさ。
勝ちだけ考える方がまーじで楽だけど、負けを誰かが考えてるから、勝ちだけに専念出来るというのもある。
はぁ……とことん現実だな、うん。今更だけど。
今回の戦術論も無事決着がついたので、アルムは自分用の木で作った短剣を持ちながらオレを見る。
「話を戻すぞ。ナイフは刃先が短い為、通常の剣などと比較しても防御できる面積が少ない。よって、守りに使う場合には1手間加える必要がある」
「ピンポイントで振り下ろす位置を見抜いてガードって、ようは野球のド素人がプロの剛速球をホームランで打ち返せるかって話だもんな……そもそもバットに当てるのすら難しいのに」
「例えに使った内容はわからんが、だいたいそんなもんだろ、多分」
あ、こっちに野球はないのか。
いや、そもそも娯楽そのものがってパターンかな、うん、久しぶりに異世界あるあるな内容が聞こえた気がする。
―――オレの今の旅路に欠片も関係ない部分ばっかりだな。
「って、じゃあ何で剣じゃないんだよ。カバー出来る範囲は圧倒的に剣だよな」
「そりゃ短剣の方が、軽くて殺傷能力があり、高い携帯性と秘匿性があるからだ。重くて持ち上げられない剣で身を守れるわけない」
それもそうだ。
持ち上げられない、扱えない武器で自分を守れるわけがないってことだけど……
「それなら、槍とかでも良かったんじゃない?」
「振り下ろされた剣や斧を、柄で防ごうとするなら鉄以上の素材で作ってもらう必要があり、相対的に重量も増える。なお、柄の基本素材は木材だ」
その意味分かるよな? と問われて、オレは無言で頷いた。
そうだった、鉄がそもそもこの世界は入手しづらいんだった。
んで、柄の部分が木材ってことは、やろうと思えばさくっと斬れちゃうわけでして……そこから先は、想像しなくても分かる。
オレの頭がかち割られる、物理的に。
「そんなわけで、もう少し体力がついたら剣も視野に入れるが、今はナイフで戦闘の基本的な体の動かし方だ」
「了解」
頷いて腰に帯剣しているナイフの柄を握りしめ、シャッ! と鞘から抜き放つ。
このナイフを抜き放つ動作ってのは、やっぱり良いよな。
今から戦闘だ! って感じでかっこよく出来るわけだし。
「あれ? アルム、そっちは木で作ったやつでいいのか?」
「構わないさ。斬り合うわけじゃないし……というか、これにしとかないとまずい」
「なんでだよ」
「そうだな……ヒロトの所の言葉で何かいい表現あったっけか……」
うーん、とアルムは両腕を組んで悩み始める。
すると、先ほどからずっと近くにある岩に座って、静かに本を読んでいたリレルが顔を上げて
「アルム、あれじゃないですか? "車は急に止まれない"」
と、例を上げる。
それを聞いて、アルムの方も「あぁ」と納得いった顔をして
「それだな」
と、同意する……うん、ちょっとまって、オレの方がその意味分からない。自分の世界の言葉なのに。
何でそれが急に的確な表現として出てくるの!?
すると、アルムはちょいちょいとオレにこっちに来るように合図する。
「一旦ナイフ置いて、僕に殴りかかって来てみな」
「えぇぇ? いいの?」
「普段の憂さ晴らしだと思って全力でな」
何だろう、この場合ってだいたいそれ上手くいかないというかなんというか。
まぁいいか、本気で殴る気でっと……
オレはナイフを一旦地面に置いてから、一気にアルムまでの距離を詰める。
どうせ回避されるだろうから、馬鹿正直に真正面で顔面に向かって……!
「アルムかく……うわ、ちょ、ま……ぐへっ!?」
殴ろうとした直前、急に目の前に突き出された木の剣……の、柄頭の方が見えて、オレは慌ててブレーキを掛けるも間に合わず、喉元に強烈な痛みが走る。
思わず喉を抑えて、けほこほと咳き込む。
「な? "車は急に止まれない"だろ。今は短剣程度の長さだから良かったが、これが剣やもっとリーチのある槍を想像してみろ」
「想像したくない……」
ああああ、漫画とかでよく見るいきなり剣先が見えて瞬時にバックステップ! ってやつ。
出来るわけねーだろ、そんなもん! ってことですね、わかります。
「今みたいに、ヒロトはまだ危険を察知して急に止まれない。それなのに真剣使ったら、こっちがいくら注意しても、お前が勝手に剣に突っ込んで来る」
「怪我したくないので、木の剣でお願いします」
納得いってくれたみたいで、と言いながらアルムはナイフを持つように指示する。
オレは痛む喉を抑えながら、ナイフを拾って向き直る。
「それで、とりあえず素振り100回とか?」
「腕の筋肉がまだまともについてないのにそんなことしたら、変な形で筋肉がつくから却下」
一般的な特訓方法はとりあえずやらないのか。
筋肉の付き方まで視野に入れるって、マジでありえない……んじゃなくて、それがこっちの普通なんだな。
「当面はナイフの持ち方と、足の運び方を徹底する。これらが無意識に出来るようになった頃には、腕の筋肉もちゃんとついてるはずだし、剣を扱う場合にも応用出来る。それになにより……」
「なにより?」
「足の運び方を学ばずに戦うと、だいたいの素人は、戦闘中に踏鞴を踏んでコケるからな」
「ダンスで例えると、パートナーの足を踏んづけたり、スカートの裾踏んで倒れると同義ですよ」
リレルの補足はめっちゃありがたい。
ダンス苦手な主人公が、女性にリードされるのはいいけど、スカート踏んだり足踏んだりのあれか。
うん、そういわれたら想像しやすいし……やらかしそうだな、オレ。
と言うか、オレの中の基礎って、剣の素振りとか太刀筋ってイメージだったのに、まさかその前の足運びとは。
「……あっ、なぁアルム。オレの所では良く、まず体術を重点的に修行ってパターンもあるんだけど、もしかして」
「あぁ、同じ理屈だろうな。体術は全ての武器に通ずる基礎動作の塊だ。複数の毛色が違う武器を扱うやつは、総じてまずは体術から会得する」
体術や格闘術を極めた人に、強いキャラが多いのはここにも理由があるってことか。
んで、急に普段使わない武器を持たせても、一定ライン使えたりするのもそういうことってわけで。
「それじゃあ、ヒロト。僕の動きみながら、同じように動いてみてくれ」
「分かった。最初は?」
「まずは基礎の基礎、構え方。右足を半歩前に、それから……」
そこから、アルムの動きに合わせてゆっくり、ゆっくりと動きを反復練習。
これが想像以上にきっつい!
ゆっくりとした動作で、常に体重を正しい場所にかけ続けるのが、すっごくきつい。
一通りの動きを真似するだけで、もう足ががくがく震えている。
「膝が笑っている状態は、もうちょい足に筋肉つけばなくなるから」
「はい……」
筋肉って……どれぐらいでつくんだったっけ? 少なくとも1か月じゃないことは分かるけど。
そう思いながら、オレはどさりと地面に倒れる。
あー……今日も天気がいいなぁ、快晴だ……え? 現実逃避だって? それぐらいさせてください。
「おーい、3人とも! そろそろ出発するぞー!」
そこに、クレインさんと出発準備をしていたサディエルが声をかけてくる。
オレたちはリレルから受け取った水を飲みほして立ち上がり、そのまま荷馬車まで行って、順番に乗り込んだ。
「それじゃあ、行きますぞ。順調に行けば、あと3時間ほどしたら次の目的地になる」
クレインさんの言葉を聞いて、オレは進行方向を見る。
昨日の夜の段階では暗くて見えなかったが、太陽が出た今ならば少し遠くだが黒く広い何がか見える。
恐らくは、それが目的地の国であり、国を守る城壁なのだろう。
「初めての本格的な国か、どんな感じなんだろう。やっぱギルドもでかくて、図書館とかもあるのかな?」
「まっ、これまでの街に比べれば色々ある。俺らはしばし休暇だし、のんびりしよう」




