08 生命線
「え? 失敗ですか?」
「はい、依頼された内容での採取は達成できませんでした」
ローレルが「そんな馬鹿な……」とあんぐり口を開ける。
それとは対象的にディーの表情は余裕に溢れている。
ディーは目の前に居る、途方に暮れた表情を見ながら紅茶をすする。
(相変わらず良い後味。時代が古いイコール味が劣るって考えは偏見だよな)
二人は夕日に照らされたメインストリートの飲食店にいた。
メインストリートの市場エリアと商会エリアのちょうど中間地点に、紅茶を売る露店【チャチャ】がある。
そこには着座して休憩できるスペースが有り、二人はそこで向かい合っていた。
売り物の紅茶のタイプとしてはチャイが近い。
しかし現代日本の飲食店で提供される甘いチャイではない。ささやかな清涼感が味わえる異国感溢れる全く甘くないチャイだ。
砂糖がまだ貴重な時代、スパイスやハーブの類でいかに満足感を味わらせるかが腕の見せ所。
ディーがここを知ったのは店の狙い通りか、買い物に疲れて一服したいと立ち寄ったのがキッカケである。思う壺とは正にこの事。そのとき期待しないで味わった一杯に感動し、度々寄っている。
ちなみにローレルは、街外でのクエストがうまくいかず落ち込んでいたときに見つけたとの事。
まあ、ローレルは今現在も落ち込んでいるわけだが。
「だってディーさん『任せてください。何度も外での依頼はこなしています。見た目は子どもでも仕事は大人以上ですよ。フハハハ!』って言ってたじゃないですかあ!」
「そんな笑い声してません」
「そこは今はいいんですう! それより依頼が失敗てどういうことなんですか!」
いかん。トーンがマジになってきた。
流石にそろそろ説明をしよう。
「指定された平原では薬草が採れなかったんです」
「へ?」
ぽかん。とした後、数秒考える素振りをして、否定する。
「いやいや! そんなわけないですよ。あそこには沢山生えていましたよう」
「それが……誰かに取り尽くされていたんです」
私も驚きました、と付け加える。
ローレルは再び「そんな馬鹿な」と呟く。お口あんぐり。
思いの外ローレルの表情は暗い。
ハンターとしてはありふれた依頼だが、彼女にとっては急務の依頼なのだろう。
いじわるはここまでにしよう。
出発前の騒ぎのせいでまた待ち合わせがうまくいかず、警吏の詰め所とギルドとメインストリートを探し回った意趣返しは十分果たした。
「失敗は失敗ですが、採取が出来なかったとは言ってませんよ」
ディーはそう言うと、鞄を木製の机の上に持ち出し、中身を開いて見せる。
蔓で結ばれていた状態の4種類の薬草が見えた。
「な〜んだあるじゃないですか」
「指定された平原じゃなく“死の森”付近の薬草なので、依頼通りではないんですよ」
なるほど。と頷きながらローレルは紅茶をすする。さきほどの落ち込みはウソのように調子が戻ってる。
「ま、なんにしても薬草が注文どおりなら私は万々歳ですう。ありがとうございました〜」
薬草を手に取ろうとした為、鞄を閉める。
不可解な声がローレルから聞こえた。
「ディーさん?」
「“死の森”近くの薬草と伝えたでしょう?」
「だからなんですか?」
「依頼料と見合いません」
頭を傾げる。
「でも頼んだ薬草と一緒ですよ?」
「同じ食べ物でも、産地が違えば価格が違うじゃないですか。それと一緒です、今回の依頼報酬金だと“死の森”産の薬草はお渡しできかねます」
「うええ? そんなことって……」
困ったようにオロオロしだすローレルだが、ディーは淡々と伝える。
「冒険者なら場所が違うだけで報酬金が違うのは当たり前でしょう?」
「う……でも、」
中々粘るな。
仕方ない。少し方向性を変えよう。
「依頼を出す際、エリア指定しないことも出来たはず。それをしなかったのはソチラなのでは? それにハンター経験があるなら、“死の森”がどれほどの危険かはお分かりですよね?」
「うぅ」
「な・の・で」
ディーはおもむろに、「選んでください」と両の手をローレルの目の高さに上げる。
「私のクエスト失敗で何も残らないか、“死の森”産薬草を追加料金上乗せでお買い上げ頂くのか。どちらにしますか?」
ローレルは長い時間、頭を悩ませていた。
うーんうーんと唸っている。
この様子からも、この薬草は彼女の生命線なのではないかと予想する。思い当たる線はポーション作成の材料か。
しかし一点疑問が生じる。
ポーションはハンター・市民にとっても馴染み深い薬品である。しかしその代表的なレシピは既に公開されており、それでは2種類の薬草を使用されるのが定番だったはずだ。4種類も使うというのは聞いたことがない。
わずかな時間ディーは頭を巡らせるが、【考える人】のようなポージングをしながら悩んでいる彼女を待っていたら日が暮れそうだ。
答えを促すよう、後押しの一言を加える。
「それと……もう一種類の薬草も入手しましたよ?」
再び鞄を開け、薬草の束を見せる。
「あっ、これ」
「たしか、見つけたら採取希望のものでしたよね? お詫びと言ってはなんですが、採取しておきました」
「ディーさん!」
人懐っこい大型犬を彷彿させるローレルの表情。
もはや答えを聞くまでもない。
「それではお買い上げ、ということで」
「う、でも、あ、おぉう……」
「では今回はなかったという事で。ご安心ください、“死の森”産の薬草なら他に買い手もつくので……」
「うわあ、買います買います。お買い上げですう!」
勝った。
依頼失敗にならなくて良かった。彼女にはああ言ったが、叶うなら依頼失敗など一度もしたくないのだ。
「それでは追加料金についてですが……」
☆
最後の薬草は相当欲しいものだったのか、結構ボッタクれた。
懐が温かくなり、ホクホクな気分のまま帰路につく。
待ち合わせに二回も苦労したことを無意識に根に持っていたのか、値段交渉については一切手加減はしなかった。
ローレルの表情はどんどん悪くなっていったが、採取に苦労したのでそこは御愛嬌。
「ご容赦を」と謝意を訴えかけてくるローレルの言葉が、「ご勘弁を」と泣きそうに変わっていくのが滑稽だった。
まがいなりにも商人としてやっていくなら、取れるときに最大限取らなければならない。彼女はその尊い犠牲になったのだ。
しかし、すでに刈り取られた薬草については謎のままだ。
ギルドに問い合わせるも、何も分からず終いだ。
当日届けが出されてるハンターも該当なし。
届けがない且つ付近に滞在中のハンターも洗ったが、薬草を取り尽くすという暴挙をするような人物は居なかった。
現場に残されていた足跡について聞くも、要領を得ない答え。むしろその条件だと真っ先に疑われるのはディー自身では? と言い返されてしまった。
念のために周知はしておきますね。
問答は終了した。
帰り際、依頼が載っているクエストボードを確認した。
何度目かの野犬討伐任務が目に留まった。




