06 ポーション売りのローレル
「あのー」
「うひゃあっ! は? はいっ、なんですかっ」
周りをせわしなく見てた彼女には、突然視界の外下から声をかけられてビックリした。
「ハンターのディーです、依頼の件で伺いました」
「……あなたみたいな子どもがハンター? 依頼は外での危険なものだけど……」
「大丈夫です、低級ランクなので行けます」
ディーを怪しそうに見下ろす女性に、キッパリと言い切る。
このやり取りをこの街にきて何度繰り返しただろう。……あと5年はかかる気がする。ただでさえ童顔だし。
ディーは溜息を小さくはきながら、首にかけたドッグタグになっているハンターズライセンスを見せる。
「これでも立派なハンターです、外での依頼も何度も達成しています」
「わわ、これは失礼しましたっ! すごいですね〜子どもなのに」
イラッ。ただでさえ分かりにくい待ち合わせ場所で苛立っていたのに、更に子供あつかい。慣れているとはいえ精神は成人男性なので、子供扱いはシンプルに苛つく。
もうこの際、振り切って子どもじみた言動でもしてやろうか?
ディーは咳払いをし、あのセリフをアレンジする。
「見た目は子供、仕事は大人! その名も、低級ハンターのディー! …………でやらせてもらってます」
後から恥ずかしさが襲ってきた。
つまり舐めるな、と言いたかったのだ。
女性は口をドングリのように縦に開いて感心している。
「ほんと凄いですよ〜敬語も使えてるし、私マナーがなってないってよく師匠に怒られましたから〜」
それはシンプルに大人としてどうなんだ?
ぽわぽわとした口調で話す女性に、ディーは話を進める。
「確認ですが薬草採取の依頼を出したローレルさんで間違いないですね?」
「はいっ、わたしがローレルです。なあんで知ってるんですか〜?」
「……依頼書に記載されておりますので」
(氏名も明かせないやつの依頼なんて受注するわけないだろ! ってか自分で書いただろーが!)
ディーのイライラゲージが溜まっていく。
今度は気を落ち着かせるための息をはく。
いけない、いけない。子供どころかガキ扱いして両親を連れてこいとバカにしてくる奴よしマシだ。
「それで薬草採取についてな」
「ああ! それなんですけど夜には終わりそうですかあ?」
話を遮られるも、張り詰めた笑顔で応対する。
「はい、依頼書通りの要望でしたら夕方には納品できるかと思います」
「おぉー」
ローレルがパチパチと手を叩く。悪くない気分だが、やはり子ども扱いされてる。
「要望は三種類の薬草がマスト、それ以外は余裕があればの認識でよろしいですか?」
「はい、お願いします! けど、その薬草が採れる場所は魔物が出ますけど、大丈夫ですかあ?」
心配そうに見つめるローレル。
ディーは彼女の背後の杖を見て、それは飾りではないことを知る。
「よくご存知ですね。エリア的には野獣しか出ないとされてますが、それを餌としてるモンスターがたまに出てくるんですよ」
「あはは……このまえ痛い目をみたので」
長ーい息をはくローレル。
遠い目をしてる姿からは、目に見えぬ苦労がモヤのように滲み出てくるようだった。
背中の使い込まれた杖からも戦闘の心得があるのだろう。しかし魔術師単独では多数の敵への対応は困難だ。
ここブールストリームは近くに魔境と呼ばれる“死の森”がある。そこへ続く森や平原にはモンスター以外にも多くの野獣が居て、それらも人同様に集団で襲ってくる。単体では弱くとも、束ねれば強靭になるのは生物共通の摂理だ。
「それは災難でしたね、次はせめて前衛職を一人つけるといいですよ」
「はい……」
「ご安心ください、私はオールレンジ対応できます」
身体をわずかに捻り、背中の弓と腰の短刀をローレルの目に入るようにする。
弓で遠距離から数を減らし・短刀で近距離の対応。これ位できないと単独での討伐は危険だ。
「うぅ、ほんと凄いですねえ……お任せします」
自信なさげに頭を下げる彼女に、ディーは返事をする。
「任されました。それで採取した薬草の保存状態なんですが……」
☆
「お話中失礼する。少々尋ねたいことがある」
その後、詳しい薬草の保存状態について話し合い、いざ街の外に出発というタイミングで第三者から声がかかった。二人して「誰だろう、知り合いかな?」みたいな顔で見つめ合う。
振り返ると、そこには警吏の男性が立っていた。
男性は口を真横に結び、両腕を腰の後ろに脚を肩幅大に開き、どっしりとした佇んでいた。
どうやらディーではなくローレルに用がある様子。
「きみ名前は?」
「ローレルですぅ……」
「滞在許可書は?」
「ちゃんんと有ります、先週から滞在してますぅ」
ビクビクとした様子で懐から滞在許可書を見せると、警吏は少し安心した様子だった。
「違法滞在者ではないんだな」
「はい、無実ですう」
体格の良い警吏に凄まれ、頭一つ分は背が低いローレルは懇願するように無実を述べる。
(無実ってなんやねん)
不要な誤解を招きそうなローレルの発言に内心ツッコミを入れてると、警吏は気を引き締めたように目に力を入れた。
切れ目の瞳がカッと開かれ、彼女がビクッと肩を上げる。
「営業許可書は?」
(こっちに来てすぐポーション売りを始めるくらいだ。そういった手続きは慣れたもんだろう)
「え?」
静寂が生まれた。
聞き間違いでないことを祈る。
三人の間に、栓が抜けたら爆発するようなピンとした緊張感が張られる。
現代日本では、納税というシステムが成人と共に必ず組み込まれる。だから本業以外で収入を得たとしても、後から納税さえすれば全く問題ない。
しかしここは違う。当たり前だが商業活動を行うなら、個人法人問わず商業ギルドに申請しなければならない。申請といっても身元確認だけして登録料を払うだけの簡易的なものだ。勿論ディーも本の販売に伴い既に登録済みだ。
届け出を出さずに商いを行っている者もいるが、そういう者は何か遭った際に何も保証されないし、何も守られない。しかもその後は警吏にしょっぴかれ、街や国の決まったルール毎に牢獄行きは免れない。
そう、今のように。
「え? え? なんですか、滞在許可書があるから大丈夫、ですよね?」
この冷たい空気から答えは明白だ。
「大丈夫、ではない」
警吏は自身の眉頭を押さえる。
困ったように肩を落とし、体勢を崩す。
「詰め所に来てもらおうか。見るところ、そこまで売れていないようだから被害者は少ないようだ」
「ええ、こ、困りますぅ! ポーションが売れないと今晩のゴハンが……」
「牢では最低限の食事は提供される」
警吏に手首を掴まれ、有無を言わせない圧で連れてかれそうな状況に口を挟む。
「警吏さん」
「なんだ! ……ってたしか最近きた」
「低級ハンターのディーです、彼女わたしの依頼主なんですよ」
「依頼主? それなら冒険者ギルドに登録はされてるのか」
「はい。今回が初めての依頼ですが、単発契約ではないみたいなので正式登録されていました」
「ふむ」
警吏が「それなら、いや……」と、こめかみを指でトントンとする。
ローレルが涙目でこちらを見上げていた。いつの間にか警吏にしがみつくような体勢になっていたようだ。世界が変わっても困った人は居るもんだ。
「彼女引っ越したばかりみたいですし、そもそもクエスト失敗したのか、金欠で焦っていたのではないでしょうか? 冒険者ギルドにはちゃんと登録してた事からも、商業ギルドでの届け出はうっかり忘れてしまったのではないでしょうか。ね、ローレルさん?」
ローレルに目配せする。
彼女は数秒何がなんやら分からない面持ちだったが、自分に助け舟が出されていることを理解すると、今度は警吏からディーの腰にしがみつき、オウムのように何度も頷く。
「はい! はい! はいはいはい! ディー君のおっしゃる通りですう!」
子ども扱いされるだけでプライドが若干傷つけられるディーにとって、この手の平くるっくるの姿勢は見習うべきかもしれない。
警吏はそのやり取りを見て、困ったように頭をボリボリ掻いた。
(本当お疲れ様です)
「はあ、今回だけだぞ」
「ありがとうございますぅ」
「念のため聴書だけは取らせてくれ」
「わかりました、お手数掛けしますう」
(ほんとだよ)
警吏とディー、揃って溜息する。
ポーション売りの魔術師ローレル、ポンコツ認定待ったなし。まだ認可されてないから非合法ポーション売りか。
聴衆に見送られる中、二人は詰め所に向かい歩いていく。
「明日同じ現場を見つけたら、問答無用で牢屋行きだからな」
「はい゙ぃ〜!」
少し離れた距離からも、情けない声が通りに響く。
野次馬してた人々も無駄に疲れた様子をしていた。
初対面の短い間に、遺憾無くポンコツぶりを遺憾なく発揮した女性ローレル。
二人を見送った後、ディーはハッとする。
(くそっ、ちゃんと報酬の用意はあるのか、確認するの忘れた!)
来た道を戻る。
冒険者ギルドに事の顛末を話し、きちんと報酬が確保されていることを知ったディーが街の外に出れたのは、ローレルと会ってから1時間後のことだった。




