04 ものは言いよう
ディーは古書店を後にしたあと、一目散に宿に戻った。
拠点にしてる宿【ひつじ亭】の入口を開け、受付で仕事をしてた看板娘の横を通り過ぎる。
「ちょっとお客様! ただいまの一言もないわけー?!」
背後から看板娘の声が聞こえたが、気にせず自身の部屋にある二階への階段を一段飛ばしで駆け昇る。
下の階で「騒がしいわよ!」と看板娘が母親に叱られ「だぁって〜!」と抗議している。
(後で謝らないとな)
廊下をズンズンと大股で進み、自身の部屋の鍵を開け鍵をかける。
一人だけの空間で楽になりたかった。
そのままベッドに勢いよく倒れ込む。
ぼふっ、と音をたてベットが沈み、かすかな日向の香りが漂う。
鼻腔の奥まで香りが届き、いい気分が脳にまで到達した気がした。
(……やり遂げた)
心のなかでガッツポーズをしつつ、独り言を放つ。
「うまくいって良かった〜」
大の字に四肢を広げ、背伸びをする。
ディーは、バカンス中の観光客のように満足気にリラックスしていた。
この世界に来て初めての大仕事がうまくいったのだ。有頂天になるのも仕方ない。
あの古書店での目的は、ディーが執筆した本を店頭に置いてもらうことだった。
エルフの神威を借りた演技をしてまで、店主と舌戦を繰り広げ、店頭取扱の契約をもぎ取ったのだ。
ディーは安堵しきっていた。
ため息が漏れる。
なんせ、あの場で言ったことの半分はでまかせなのだから。
商談中は気が気じゃなかった。
一人前の証は承認証明本物だ。
選別のくだりは念のための保険。
万が一エルフの耳に届いた時、誰彼構わず売り捌いている。というよりかは知る人ぞ知る本で、限られた古書店にのみエルフが許可する。という形にした方が安全と思った。
エルフとヒューマンとの架け橋を任された件については完全に嘘である。
エルフのお偉いさん方がヒューマンのガキをただ里外へと解放は出来ないからと、納得しやすい理由を提示&そのため布教用の商材として本の販売許可を得て、それと引き換えにエルフの里出身という証拠として一人前の証を頂戴した。という順番なのだ。
それは人間種という異物を、エルフの里から正当にに追い出すための手回しでしかない。
悲しいことにヒューマンとの交流が再開することなど、誰も望んでいない。
(いや…………少しだけいるか。あの人達には申し訳ないけど、俺の力じゃ役に立ちそうにない)
ディーの脳裏には、親身にしてくれた数少ないエルフ達の顔が浮かんでは雲のように流れていった。
☆
エルフ種の国【森人の里】は、基本的に人間種に排他的な国柄だ。
過去に人間種が行った奴隷狩り、そして最終的にエルフの思想の根幹である森や山・川などの自然破壊活動が決め手になった。
それまでは冷戦程度だった緊張状態も終わり、血で血を洗う殺戮の歴史が始まったのだ。
細かい説明は諸々除くと、エルフ種からの人間種への印象は最悪。その一言に尽きる。
そんな国の近くにディーは赤子のとき捨てられたのだ。
森の野獣や魔物に食われる前に、エルフに殺させる可能性のほうが遥かに高かった。
ディーは赤子ながらに死を受け入れていた。
この世界でも捨てられ運命を終えるのか。
一度のみならず、二度目の人生を与えられたのに、そのどちらも捨てられて潰えるのか。
俺は満足に一度たりとも満足に生きることさえ出来ないのか。
どうやら神様はいるらしい。
運よくディーを拾ったエルフは、里の中でも珍しく人間に理解がある者だった。
エルフの里では少人数だが、里のおよそ一割弱は人間種への嫌悪感・忌避感が少なく、交流や交易くらいは問題ないのでは? と前向き考えているらしい。
その大半が戦乱を経験していない五百歳未満の若いエルフであり、だからこその拒絶感が薄いのだろう。
いくらエルフ種とはいえ、全員が全員会ったこともない、ましてや本や人伝てでしか知らない人間種を心の底から嫌悪できる者は少ない。
赤子のディーは運よく自分を保護してくれるエルフと、それを認め助け合うグループに支えられるという、神のお導きとも呼べる巡り合わせで救われた。
しかし彼らは所詮少数派、里の多数の意見には逆らえない。
しかも庇ってる対象が、諸悪の根源である人間種の子どもである。
百害あって一利なしのヒューマン。エルフ皆が嫌う欲望の獣。殺してもいい命。
人間の十倍は長命であるエルフにとって、国や・時代が・誰がなど関係ない。人間種というだけで嫌悪と差別の対象なのである。
想像してほしい。
仮にゴキブリが「悪いことをしたのは別の、過去のゴキブリだから退治するのはやめてほしい」と言ってきたら。
貴方はやめるだろうか? おそらくやめない筈だ。なぜなら理由はどうでもいいから。
どこかで聞いたセリフだが、「存在することが罪」だからである。
次に吐くセリフは「なら消えろ」だろう。
人の、こういう言い訳というか都合の悪いことを、良いように変換できる力は唯一無二だと思う。
今後科学や世界がどれだけ進歩しても、人間以外に、この悪意の加工技術の高さを表すことは永遠にできないだろう。
悪意の抽出という行動は、人にしか出来ない業なのだろう。
話の趣旨がズレた。
本題へ戻そう。
要するに多数派のエルフにとってディーを庇うメリットは0。
しかし少数派グループを表立って否定拒絶もしたくはない。彼らは誇り高き森人の民であり、たった一人のヒューマンのガキさえ居なくなれば正気に戻るであろうと思っているからだ。ハシカにかかったようなものだ、と。
だからこそ少数派達が納得できる正当な理由が必要だった。
そこで人間種の成人年齢が十歳という点に着目した。
本来は人間種の王族・貴族の慣例だったが、いつの間にか一般社会まで浸透し、その年齢を基準として今も生活がされ制度や仕組みも出来た。
本来は五歳まで生きられた子どもを正式に家の子どもとして認可。カウントすること。
十歳を迎えた後、他の貴族達にお披露目=社交界デビュー。これが十歳を迎えた子どもには雇用の権利が与えられる、故に権利的に成人という扱いに変化した。
これには続きがあり、社交が十歳より始まり、およそ十五で独立や結婚などで親元を離れることが可能になる。
そしてこの十五歳というのが、貴族や市井共通での、本当の意味での成人なのだ。
言うなれば十歳の成人は(仮)。
十五で成人(正式)。
故にこの世界では十歳から働ける/雇用してもよい程度の認識である。
実例を挙げるならばディーが拠点にしてる【ひつじ亭】の看板娘も、十歳から両親が経営してる宿屋で正式に働いてる。しかし、丁稚扱いだ。要するに見習いや研修生扱いである。
そこから更に五年働いてようやく初心者マークが取れて、一人前扱いだ。
補足すれば、意見が分かれるところだが、五年で半人前扱い十年働いてようやく一人前扱いの考えも多い。
しかしそんな事はエルフには関係ない。
“成人”という使い勝手の良い言い訳を得た上層部はマイノリティーグループに、
【十歳までなら里での生活を認める。それ以降は森人と人間種の寿命の違いからも、里に縛るべきない。人間種は人間種のもとで生命を全うすべきである】
との慈悲深い御達しを下したのだ。
結果的にマイノリティーグループが、ヒューマンの子どもを見捨てたと外から見られない為に、森人と人間種の架け橋となる崇高なプロジェクトをディーはエルフ上層部と掲げ、少数派グループもそれを了承した。
これが顛末だ。
そこからは準備で大忙し。
数年でヒューマンの街で暮らせるよう最低限の狩りや採取の腕を上げつつ、
エルフが知りうる限りのヒューマンについての情報収集、
エルフの知恵や知見を、ヒューマンへの嫌味や嫌悪感を受け止めながら聞き込み。且つ、それを反映させない、プラス人にとって咀嚼できるように言語化。
その後、何万文字と執筆し、“本”という形にするため外装の裁縫や細工。
更に複数作らないと商売にならないため、ひたすら写本作業の繰り返し。
簡単に文字に起こしただけでこの量だ。
これ以外にもマイノリティーグループとの交流や生活。
エルフのお偉いさんに提出する手土産や書類提出、ディー追い出しプロジェクトの根回しを自分自身が行う、など多岐に渡る。
凄まじい多忙さで日々を過ごしてたら、「あっ」という間に成人を迎え、速やかに里を追い出された。
数ヶ月前の出来事だが、文字通り独立して一人の人間としてブールストリームの街でディーは息をし始めたのだ。
(本当に成人を迎えた日に追い出されたからなあ……せめて皆に別れの一言くらい言いたかった)
いままでは捨てられた。という受け身な人生だった。
しかし、今は違う。
自分の責任で苦しみ、物事を達成するために努力し喜ぶ主体的な人生、第二の人生を歩んでいる。
一度目の人生は苦しい記憶であるが、無かったことにはしない、捨てたりはしない。
その地続きに今の“第二の人生”が在る。
だからこそ今日くらいは喜んで良いはず。
苦労して数年がかりで作った初めての本を、舌戦を乗り越えて店頭に置く契約を一つ確保したのだ。
ディーは喜びを表すように「う〜〜!!」と大きく背伸びをした。




