02 看板娘と野犬
無事に依頼を終え、ハンターギルドに達成の報告と報酬の銀貨を受け取る。
「依頼達成おめでとうございます。野犬に噛まれませんでしたか?」
おそらく狂犬病の心配だろう。
「大丈夫です、噛まれませんでしたよ。ご安心ください」
「……無傷とは驚きました。忠告を無視して危険な依頼を受けたので、お耳が遠いのかなと」
「ははは……」
(この受付さん、なかなか辛辣だな。
それとも、これくらいじゃないと男社会のハンターギルドじゃ働けないとか?)
受付嬢は関心した様子で、少年の背中を見る。
「弓で仕留めたんですか?」
「いえ、剣でやりました」
腰の短刀に手をかざす。
「街中で弓だと身動きが取りにくいかと」
「なるほど、経験があるというのもウソではないようですね」
(ホラ吹き野郎だと思われてたわけだ。いや10歳だとホラ吹きガキか)
書類を整理しながら、受付嬢は微笑む。
「これなら問題なく依頼を任せそうですね。なにか変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、特には」
腑に落ちない点は何点かある。
なぜ街中に野犬がいる。
依頼で街中を散策してもわかったが、ブールストリームはある程度管理された街だ。
主に森や山に生息してる野犬が、距離がある街に現れていること自体がおかしい。
そもそもハンターギルドに来たところから、いや、その前の門での兵士とのやり取りからも感じるこの違和感はなんだろう。
それにあの野犬、見た目はみすぼらしかったが、野生味に欠けていたように思える。
腹が減っているはずなのに、襲ってこない。
……何かを、食った後みたいだ。
その“何か”を、考えかけて――やめた。
だが依頼自体には何も問題なかった。
てっきり魔法で野犬を従えたテイマーや、警察犬と警官のコンビのような輩達を想定していた為、肩透かしを食らった気分。
しかし、初依頼達成は喜ばしい。
日もだいぶ傾いてきた。
帰りには市場に寄ってみようか。
報酬も良かったことだし、初日らしく屋台で買い食いも悪くない。
「それは良かったです。どうせまた同じ依頼が入りますから、またお願いしますね。初依頼お疲れ様でした」
受付嬢の気怠るい声が呟かれた。
☆
あれから数ヶ月が経った。
あの時感じた違和感はなんのその、野犬の討伐依頼は定期的に出されていた。
そして可能な限り、その依頼をディーは受けた。
報酬は良く、あのとき感じた一抹の不安が悪い意味で的中するかもと思ったからだ。
しかし、問題は何も起きなかった。
強いて言えば、同年代の少年ハンターと依頼が被ったことが一度だけあった。
彼は討伐に不慣れなのか、冷静とは程遠かった。野犬より少年のほうが気が立っていた。
結局少年ハンターは野犬に逃げられ、ディーもろとも依頼失敗。
原因がギルド側の不手際でバッティングしたので、違約金を不要だったが半日が無駄になった。
その日宿屋に帰ったら、看板娘にバカにされたのを未だに覚えてる。
ディーはあの後も看板娘の宿を拠点にしていた。
もっと安いところはないかと他の宿をリサーチ中、宿から出たところを買い出し中の看板娘に目撃され、往来の中浮気者発言されたのだ。
あのときの周りの視線はいたたまれなかった。
「お盛ん」だの
「若気の至り」だの
「色を覚えるが早すぎ」だの
「あの年で女を引っ掛けることばっかり覚えてロクな男にならない」だの
散々な言われようだった。
そのあと宿に戻り、居合わせ看板娘の両親を交えた交渉を受けた結果、現在もこの宿を継続してる。
一ヶ月単位なら宿泊代をいまより安くする。と魅力的な提案だった。
リサーチした他の安宿よりも安価だったのだ。
ディーは自慢げな看板娘と握手を交わし、あの浮気者発言すらこのためだったのかと呆れ、同時に関心した。
(アレだ……ホストに通ってる客が隠れて別のホストに通っているのが発覚して、担当ホストに高額シャンパンを煽られるアノ感じだ)
フランスにシモーヌ・ド・ボーヴォワールという20世紀を代表する哲学者がいた。
この哲学者の著書『第二の性』に記した、ある有名な言葉がある。
【人は女に生まれるのではない、女になるのだ】




