15 陰
無事戦闘を終えたディー達は、狼の討伐証拠である耳や爪などを集めていた。
今回のような大量の討伐をした際は、まずは討伐対象かを判別できる小さい素材をギルドに持ち帰り、それが討伐対象と一致した後にギルドの回収班が伺う事が多いらしい。
今回は最初から馬車付きな為、およそ三分の一の素材を回収し、後ほど回収班が来る手筈だ。
あの後、精神的に落ち着きを取り戻したディーは戦線に合流。後方射撃を主にしたサポートでパーティーに復帰し、無事に討伐を終えた。
予想以上の狼達の統率力により苦戦を強いられたが、流石は歴戦の戦士達だ。足並みさえ落ち着けば討伐に時間はかからなかった。
苦戦の原因は明白。ディーの動揺である。
少人数でのパーティー戦において、一人一人が与えられた役割を何が何でも遂行する事が、なにより大切である。九死に一生を得ながらディーはそれを身を持って痛感した。
討伐対象を“街中で見た野犬の群れ”と勝手に先入観を抱き、その差異から心身を硬直させ、パーティーを危険に晒した。
後方射撃という、全体を見れる指示役も兼ねたポジションが瓦解したことにより、パーティーの負担は重くなり、パーティ内での全体把握の共有が行われなくなり連携の循環が滞る。そして起きたのが狼たちの囲い込み漁だ。
狼は頭が良い。
戦闘力は魔物より低いが、生まれたときから群れで狩りをしてきた狩人である彼らには統率力がある。魔物退治のプロのハンターが油断して返り討ちに遭うケースが多々報告されている。
今回の狼達が行った狩りの戦略は、戦力を足止めと狩りの二班に分け、狩り班に戦力を偏らせてのシステム化された動きだった。
ディーが戦線に復帰した時には、他の二人を複数で囲い込み、リーダー役の戦士が足止め役に追い込まれていた。一歩復帰が遅ければ全滅もあり得た展開だ。
そんな狼だからこそ、討伐の価値は保証されている。牙も毛皮も大いに有効活用されるのだ。
狼の牙は、海では「鮫の歯」・山では「熊の爪」のように、自然の力の象徴あるいは自然の守り神にみなされる動物の象徴的なパーツとして 「魔よけ」「幸運のお守り」として好んで利用されている。
現代のチベット民族の人々は、体の中心線上にお守りとして身につけ ることで、邪気を払い幸運を招くと考えており、その考え方はこの世界でも現役である。
現代では悲しいことに時代とともに廃れていく一方だが、加工技術が未発達なこの世界ではまだまだ人気がある。特にアクセサリーとしての人気が高い。
狼の皮は、主に毛皮または毛を抜いて鞣した皮革として加工される。狼の毛皮は防寒性・防水性・耐風性ともに優れているため、ハンターや国内の山側の人間に需要が高い。
補足として現代世界の狼は、ワシントン条約(CITES)により国際的な取引が厳しく規制されている種が多い。しかし、この世界の人間種にそんな考えがあるわけなどない。現代世界でさえ、未だに戦争や内紛が終わる事がないのだ。難しい問題である。
「結局あの狼は何だったんでしょう」
今は、その金になる素材採集の真っ只中だ。
ディーが耳や爪の小物担当。前衛一人が見張り。もう一人が毛皮を剥ぐ。
そして槍使いが肉削ぎ担当。皮の内側に残っている余分な脂肪や肉片をナイフで削ぎ落とす。この作業を怠ると臭いやカビの原因になってしまうのだ。素材の状態が良いと買取価格が上がる。だから細かい事や目端が利く槍使いが担当だと、前衛の二人は言う。いつも大変そうだ。
「あぁ? 山から降りてきたハグレだろ?」
軽装備の剣士が言う。この戦闘でも彼は無傷だった。口の悪さは実力に裏打ちされた自信から来るのだろうか。
「それはそうなんですが、」
「話が違うって言いたいんだろ、悪かった。テキトーな事を言って、軽率な発言だった」
リーダーが顔を上げてこちらに頭を下げる。
もう一人の剣士は「なんのこっちゃ」と頭を傾ける。
「俺が野犬の群れって決めつけたから、狼の群れに驚いたんだろ。ほんと悪かった」
ディーに助けられたこともあってか、リーダー剣士の態度は最初と打って変わった様子だ。
「いえ、そこはいいんです。私のミスで危険な目に遭わせてしまいましたし」
「じゃあなんだよ?」
「振り出しに戻ったな」
黙々と作業をしていた槍使いが、ディーに水を向ける。
「分からないのは狼ではなく、街中の野犬のほうです。今回が野犬の群れって勘違いされてたってことは、いままで出てたアイツらは何なんです? どこから来たんですか?」
ディーの言葉に一同一斉に黙る。
一番最初に口を開いたのは、口の悪い剣士だった。
「……そもそもよ」
軽装備の剣士が尋ねる。
「その野犬ってどんなのよ?」
「はあ?」
今更の質問に苛つき、敬語が剥がれ落ちた。
コホン、とわざとらしく咳つき、取り繕う。
「野犬は野犬ですよ、野良犬ですよ。野犬討伐のくせに報酬が割高だから受けたことあるでしょう?」
「ねえよ」
「え、」
「街中になんか出没してるっつーことは知ってるが、依頼を受けたことはねえ」
「なんで」
ディーの疑問に彼ら三人が応える。
「あの依頼は低級に上がれないハンターの為の情けつーか、暗黙の了解みたいなもんなんだよ」
「とっくに低級に上がった俺らはあの依頼は受けないし、他にも高収入な依頼はあるしな。そもそも俺らが最低ランクの時には、そんな依頼なかった」
「ここ最近だよ、あの依頼が出てきたの」
三人が一様に話す。
この三人から疑問が解決することはなさなそうだ。
「そう、ですか……」
「まあそんな下らないこと気にすんなよ。最初はヒヤヒヤしたが、後半は活躍したじゃねえか。ガキにしては動けてたしよぉ」
「ああ、俺も助けられた。子供と侮っていたのを謝るよ」
「こっちは不安が現実になって困ったよ。……でも弓の腕は良かった」
ディーの落胆と対照的に彼らの反応は朗らかだ。
戦闘終了によりギアがニュートラルに戻ったのか、この明るい感じが三人の本来の雰囲気なのだろう。歴戦の時間を感じられる、頼り頼られる関係性が会話から感じられた。
ずっと独りだったディーには、そんな彼らの関係性が羨ましかった。
エルフ達に助けられ一〇年間保護されてきたが、ここまで遠慮なく言い交わせる関係性はなかった。
助けられることはあっても、こちらから助ける事は無かった。出来なかった。日常生活の手伝いで精一杯だった。
見ず知らずの赤ん坊を助け・育ててくれただけでも頭が上がらないのに、そんなエルフ達が同胞のエルフからディーを助けたことで非難を受けているのだ。そんな中、他の子供のように図々しい言動をすることが出来ようか。現代世界での人生を経験していた彼には不可能だった。
エルフの里でようやく身体を思うように動かせるようになるまで五年、そこからはエルフの一員になるため狩猟採集と魔術の修練。そして追放を予期してからは人間種の街で生きるための勉学。追放。移住。そして今に至る。
現代では親に捨てられる以前に、学校などの集団生活経験がなく、今に思えば他者と関わる時間が極端に少なかった。今回の経験は自身の集団生活の足りなさを痛感させられた出来事だった。
先入観はそれが顕著に出た結果だ。一言尋ねれば解決できたことなのだから。
「――そんでよお!」
思考の海にどっぷり浸かっていた頭に、軽やかで明るい声が響く。
「は、はい!」
「話聞いとけよ! メシだよ飯」
「めし?」
クエスチョンマークが頭上に浮かんで見えるような様子に他の二人が補足する。
「お互い初のパーティー依頼で上手く行かなかったこともあったが、とりあえず祝杯をあげようかって話」
「キミの場合は酒じゃなくてジュースだけどね」
「――喜んで」
有難い言葉に胸が一杯になりつつも誘いに応じ、そこから四人は素材の剥ぎ取りを再開する。
暫くすると馬車が引き返して来た。素材と四人を積んだ馬車は帰路に着く。
(課題が多い依頼だったが、得るものは多かった。)
満足気な気分で街に戻ってきた一行は、門をくぐり貧民街を通って行く。メインストリートとは変わり、薄汚い色合いが続く。しかし車内の様子は明るい。彼らはこれからの美味しい食事と酔いを与えてくれるお酒のことで頭が一杯なのだろう。
(酒ってどんな味なのだろう? 美味しいのかな……。ってか一応成人したから飲んでいいのか? 飲酒可能年齢とかってこの世界にあるのか?)
現代世界の十代で命を落とした彼には、飲酒の経験がなかった。ディーに成ってからが人生初めての飲酒なのだ。
これからの楽しみが増えた。
談笑を交わしながら視線を感じてスラムを振り返る。
崩れた壁の隙間に、何かが――気のせいか、すぐに消えた。




