14 狼と犬の間
獣の牙がディーの喉元へと肉薄する。
咄嗟に身を翻し、間一髪のところで喉ごと噛みちぎられるのを躱す。
しかし緊急回避の代償は大きかった。尻餅を着く体勢で躱したツケが直ぐ迫る。
間合いはすでに、あと一跳び。獣の荒い息遣いが生々しく響き、血の匂いが鼻腔を突いた。
後ろの短刀に手をかける。
――距離を取ろうと腰を上げようとした瞬間。
獣の牙がディーの喉元へ再度肉薄する。
「…………ぐうゥう!」
間に合わず狼に覆い被さられる。
体勢を変えようとするも狼はそれを逃さない。短刀を盾にして、喉元への一撃を辛うじて防ぐ。
狼の生臭い息と涎がディーの顔に零れ落ちた。
猿轡の代わりとなった短刀に渾身の力を乗せ、牙を紙一重で遠ざける。それを嘲笑うように狼は再びディーを噛み伏せる。
一進一退の攻防が続いた。
日差しを反射する白刃のような牙。
喉の奥から響く低い唸り声が空気を震わせ、直接体に響く。
デザートを前にした子どものように狼の大きな口から、涎がダラダラと垂れ流れる。
のしかかる巨体の重みと、強靭な筋肉の躍動が伝わる。
(食われて、たまるかぁ!)
ディーの身体から巨大な精密機械が起動したかのような重低音が漏れ出た。
ヴゥゥゥン……と、鼓膜の奥を揺さぶるハミング。まるで目に見えない電子回路に電流を通すような圧迫感が満ちていく。
ディーの体表に、薄く淡い光の膜が覆う。その光の膜が力強く光るにつれ、牙を押し返すディーの腕力も強化される。
「があ゙あぁぁあ!」
狼を引き剥がそうと、深く食い込もうとする顎の力を全身の筋力を振り絞って押し返す。
怪訝そうな唸りが眼前より響く。困惑とは一変して短刀を咥える力は決して衰えることはない。ディーを決して離さまいとする意志の強さ、生命力を感じる。
片腕で体を支えたまま半身を起こし、今度は狼を押し伏せようと力を掛ける。
狼の野生の殺気と、生き抜こうとするディーの意志が、至近距離で交差し、ぶつかり合う。
刃と牙の攻防。
――ディーの眼がコンクリートのような鈍色へと染まった。
その瞬間、冷徹な駆動音が攻防の均衡を破る。
空気が高速で何百回も振動する、無機質で拒絶の重低音。そのハーモニーの底には、電子回路が焼き切れる寸前のような鋭い金属鳴りが薄く混ざり合っていた。
ブォン、と重く鈍い破裂音が響き、火花の瞬きと共に牙ごと狼が切り裂かれた。
情けない声を上げ、血を吐き出す。
溢れ出す血を地面に吐き出し、顔を上げようとしたところを魔力を込めた一撃で切り落とす。
骸と化した地面に伏せる狼を、乱れる息のまま見つめる。
緊張の糸が切れる。
それに鼓動して、体表を覆う鈍色の膜が消えていく。発光が消失したと同時、身体を重い脱力感が襲う。
風邪で寝込んだときのような倦怠感が、数秒膝をつかせ、そして霧散していく。
(……ギリギリだった。もし、これが複数だったら確実にやられていた)
膝に力を込め、立ち上げる。
まだ戦闘は続いてる。
あれだけ生意気に啖呵を切ったんだ。これで終わってたまるか。
離れた位置で影のように動く狼達に向かい、ディーは再び駆け出した。




