11 緊急依頼
ディーの冒険者生活は順調そのものだった。
朝、冒険者ギルドに行き、依頼を受け、半日から長いときは3日程かけて依頼を達成する。受付で依頼品を納入し報酬を受け取ったら、受付嬢や屯してるハンター達と軽く談笑する。
帰りに時々手頃な屋台がないか物色したり、試しに買い食いしてみたり。拠点のひつじ亭の食事も質素ながら美味しい。
生意気な看板娘と今日あったくだらない話をして部屋に戻ったら、執筆作業をして就寝。
そしてまた日が昇る。
ディーがブールストリームに来てから、既に二つの季節を終えようとしていた。
里を出てきたのが冬の終わり頃。
左右を海と山に挟まれたブールストリームが所属しているこの国。
西の白海:別称アクデニズの沿岸であるブールストリームは、中央の山脈地帯であるヘラクレス山脈が北からの寒気を遮るため、一年を通じて温暖で湿度が高い気候。
そのため冬といっても日中の平均気温は5℃〜7℃前後と氷点下まで下がることは滅多にない。沿岸部で雪が積もることは珍しく、降ってもすぐに溶けてしまう。雪が降ると珍しさからテラスでお茶をする人がいる始末だ。
そんな冬の記憶も何ヶ月も前のこと。
現在は初夏。
街外への依頼だと、じっとりと汗をかく季節になった。
人々の表情も空のお天道様のように明るい。
それもそのはず、ようやく長い雨季が終わったのだ。
北の蛮族国や他国に比べて、年中通して暖かい国だが、明確なデメリットが存在する。
それは非常に雨が多いことだ。
体感では一年の1/3〜半年間は雨が降っている気がすると街に住む人は言う。特に秋から冬の約半年間は、「秋・冬」ではなく「雨季」と云われてる。
どれだけ雨が降り街の民がうんざりしているか数字で表そう。
年間降水量はおよそ2000〜4000mm。これは単純計算で現代日本の倍だ。
恵みの雨は貴重だから成り立つ言葉。日常が雨のブールストリームの民には悩みの種以外の何物でもない。
なぜここまで雨が多く発生するか簡単に言うと、白海から湿った空気が流入し山にぶつかって雨が降る。そしてその雨が全て降る超湿潤ゾーンがこの街なのだ。
森人の里は比較的涼しい気候だったため、常に湿度むんむんの気候に無駄に体力を消耗したのは記憶に新しい。
一方、王都がある東側はと言うと、やや乾燥する以外は雨季も少なく過ごしやすいときた。
西と東の間の中央には高さ5,000m級のヘラクレス山脈という山脈地帯がそびえ立っている。
それが壁になり白海からの湿気が遮断され、義務教育で習うフェーン現象により温度が上がり空気が乾燥する。 結果、東は乾燥地帯になるという寸法だ。
それもその筈。王都は西と東の良い所取りをした地域を選定して建設させられた為、雨季も少なく気温も穏やかな、海にも山にも足を伸ばせる立地となっている。
この国は海・山・内陸の三つのシステムが一つに圧縮された、非常に稀有な国なのだ。
そんな国もといブールストリームにも稼ぎ時という時期がある。
それが雨季が過ぎ去った春の終わり頃から夏の時期なのだ。
特に春の終わりから初夏の今は、最も雨が少ない時期であり、非常に過ごしやすい気候で観光にピッタリ。
それを表すかのように、ギルド外の大通りは大勢の人でごった返している。
市場や露店・商店などがひしめき合っているこの通りは人の行き来が多いが、いつもの比ではない。既に移住後半年が経とうというのに、人の多さで人酔いしてしまいそうだ。ディーの身長では人の流れに抵抗するのも一苦労だ。
一滴の雨も降らない真っ青の朝。
およそ一週間前から観光モードに入った街は朝からどこも大賑わいだ。
宿の看板娘も朝から接客に励んでいた。各部屋のお客様の起床時間をメモし、それに合わせてモーニングコールならぬモーニングノックをし、朝食の準備や手作りの地図を渡していた。ディーは常連だから「要らないでしょ? ウソよ。あげる」との事。拙いものだが不思議と愛嬌を感じられる地図だ。だから客は皆受け取るのだろう。
移住のタイミングが冬で良かった。もし今来たならどこの宿も普段の倍近くは取られるのを覚悟しなければならない。あの看板娘ならこちらの足元を冷静に見極めて、懐ギリギリを狙ってくる。そして補填や割引をして心理的にお得感を感じさせるだろう。
この世界で働く子どもは強かでないといけない。
ディー自身も観光期で依頼が増えるのを見越して、こうして少し早めにギルドへ向かっている訳だ。
市場や露店の従業員が激しく行き交う道を抜け、ようやくギルドに到着した。
なんだか中から大きい声がする。
外に出てくるハンター達もコソコソと話しながらギルドを後にする。
その顔はバツが悪そうな表情だ。
何事だろう。
ディーは警戒モードで冒険者ギルドの扉を開けた。
中に入ると受付嬢の一人が声を張り上げていた。
「誰かいませんかー!? 外で野犬の群れが現れました! 緊急依頼です! どなたかお願いしますー!」
緊急とは珍しい。いつもなら緊急ではなく一週間以内の達成希望として、クエストボードに載せられているのに。
(あ……この時期だからか)
現在ブールストリームは、貴重な観光シーズン真っ只中。つまり街全体が繁忙期だ。いつもは王都に向かう客足も、繁忙期ならばブールストリームにも多くの人が行き交う。そんな時に観光客や荷馬車が襲われたと遭っては問題だ。
(なんで誰も依頼を受けない? 緊急依頼なら報酬は期待できそうだが……)
疑問は近くから聞こえてきたハンター達の声ですぐに判明した。
「そんなこと言ったって……なあ?」
「あぁ。ただの野犬討伐であの報酬じゃな」
「他の依頼のほうが安牌」
「それな」
全く持って同感である。
野犬程度とはいえ、報酬が低いなら誰も受けない。薬草採取依頼が安全なら尚更だ。
ハンターは現代の個人事業主みたいなものだ。怪我や病気にかかっても補填も保険もないため、休養期間は収入ゼロ。だからこそ危険は可能な限り排除する。「ハンター稼業は冒険しない」こそが肝要なのだ。
しかし報酬が安いなら申し訳ないが関係ない。今日は別の依頼を受けよう。
そんなことを考えてボードに向かっていたら、受付嬢から声を掛けられた。
「あ、やっと来た! こちらに来てください」
心中で嫌な顔をし、外面は微笑を携え受付に向かう。
「ディーさんおはようございます。早速ですが依頼をお願いしたいんです」
「それについては」
お断りしたく……、と続けようとして止める。
受付の周りにいた数人のハンターがコチラを待ち構えていた。
受付嬢はディーの視線を読み取り彼らの説明を行う。
「こちらの方々は低級ランカーで組まれたパーティーです。野犬討伐に弓を使えるハンターを探しておりまして……」
なるほど。
初めての緊急依頼に、初めての他ハンターとの合同依頼。
今回はいつも通りの依頼とはいかなそうだ。




