その9・少年は苦悩する
それからしばらくの間、テクスは口数が少なくなった。
家畜の世話や畑の手伝いは率先してやっていたが、ふと手が止まり、ボーッとしていることが増えている。
「まあ、しょうがないか」
タイキーにも覚えがある。
王都に出たばかりの頃は、きれいな女性を見る度に赤くなったり、話し掛けられればしどろもどろになったりしたものだ。
「若者の特権だなあ」
今のうちに大いに悩めば良い、と見守っている。
それから数日後の朝。
いつものように牧場の仕事を終え、二人で朝食をとっていた。
「あの、キーさん」
食事の手を止め、テクスが話し掛けてくる。
「うん?」
タイキーもフォークを置いて、お茶を一口飲む。
「すみません、なんか変な感じになってー」
テクスは恥ずかしそうに俯いている。
「気にしちゃいないよ。若いうちは色々あるものさ」
ホッとしたように顔を上げ、テクスは思い詰めたように話し出す。
「ルリナさんにドキドキしてしまったのは確かです。あの嫌な男が父親だと知っても、彼女のことは、その、嫌いにはなれません」
「親と娘は別だと思う」と、はっきり口にした。
タイキーはニヤニヤしながら聞いている。
「でも、やっぱり僕はまだまだ未熟だし。もっと他のこともちゃんとやらなきゃって思いました」
彼女に釣り合うように。
彼女を助けられるように。
テクスは顔を上げ、真剣な表情でタイキーの方へ身を乗り出す。
「だから、僕を鍛えてください!」
「ほお。何を鍛えるんだ?」
試すように訊ねると、テクスは強く拳を握り込んだ。
「剣とか勉強とか、女性に対する礼儀のこととか。いっぱい学ばないといけないんじゃないかと」
「あははは!」
タイキーは思わず笑ってしまった。
テクスは困った顔で座り直す。
「ダメ、でしょうか」
「いいや、すまんすまん。馬鹿にしてるわけじゃない」
タイキーのニヤニヤは止まらないが、かなり嬉しそうだ。
「テクスの気持ちはよく分かった」
ただ、鍛えるにしてもエリリアンの許可はいるだろう。
預かっているだけの他人様の息子に勝手な教育はできない。
昼食はいつもの食堂に行くが、その前に商会に顔を出すことにした。
「やあ、エリリアンさん」
秘書を無視して支部長室に押し掛ける。
「なんだね、急に」
「あー、すまんね。でもすぐに終わるからさ」
もう昼食時間であり、エリリアンの仕事は一区切りついている頃合いを見計らってきた。
秘書の男性も嫌な顔はしているが、阻止まではしなかった。
「テクス坊ちゃんの保護者と連絡は取れたかい?」
タイキーは秘書に訊いた。
王都とイガリスの街は馬車で二日、馬を走らせるだけなら丸一日中飛ばせば到着する距離である。
そろそろ何らかの知らせが来るはずだと思っていた。
「ええ。エリリアン様宛に」
全員の目が支部長に向かう。
「午後から知らせるつもりだったよ」
エリリアンは薄い封筒を取り出した。
秘書が既に開封していて、エリリアンは中身を取り出すとタイキーの目の前でヒラヒラと振る。
「私に一任するとさ。商会のために使える人材に、とは書いてあるがねー」
エリリアンの目には嫌悪が浮かぶ。
「これが親のすることか!」
バンッと大きな音をさせ、それを机の上に叩き付けた。
連れ戻す気もなく、見知らぬ土地に行った息子への気遣いもない。
親の情というものが全く感じられない文面だと言う。
「だが、私は任された。その私がタイキー、アンタに任せても文句はないだろう?」
「ふふふ」と、怖い笑顔を浮かべた。
それに応じるようにタイキーもニタリと笑う。
「決めた。俺はテクスを弟子にする」
「はあ?」「なんだと?」「へっ」
エリリアンも秘書も、テクスまでが驚きの声を上げた。
「俺の知識と技術を叩き込んでやるよ」
そう言ってテクスにニカッと微笑む。
僅かな日数だが一緒に過ごしてきた。
タイキーはテクスになら色々と教えても構わないと思った。
「どうせ俺には子供はいない。ちょうど後継が欲しいと思っていたからな」
「ふむ、それは妙案だね。とりあえず、イガリスの地主の家に行儀見習いに預けたと手紙を出しておくよ」
エリリアンはタイキーの申し出に乗った。
「もし、坊ちゃんがタイキーの目に適ったなら、私があのクズ親に正式に籍を抜くように仕向けてやるよ」
他家の養子にする。
そう言われてテクスの養父はどんな反応を見せるだろうか。
当人のテクスは呆然としていた。
あまりの展開の早さに付いていけない。
タイキーはそんなテクスの頭に片手をポンッと乗せる。
「お前は気にしなくてもいい。俺たちがやってるのは大人同士の駆け引きだ。だが、最後に決めるのはお前自身になるがな」
ゆっくりと考えればいい。
「は、はい」
テクスにとっては、またとない機会である。
父親からの手紙を見てはいないが、だいたいの予想はつく。
「がんばって修行します!」
テクスはエリリアンとその秘書の男性に宣言した。
しかし、翌日。
一人の中年男性がタイキーの家を尋ねて来た。
「テクス様を引き取りに参りました」
応接間でタイキーの正面に座った男は、テクスの父親の部下の一人である。
「僕は父様から許可を頂いています」
テクスはその男性をあまり信用しておらず、警戒しているようだ。
父親からは「どこにいるのか、引受人はいるのか」がはっきりしていれば構わないと言われて出発し、テクスはエリリアンの元を選んでいる。
「しかし、テクス様はまだ未成年でございます。わたくし共はまだ早いのではないかと」
父親の元に戻るのが嫌なら、自分が預かり、商会本部で働けるようにする、と言う。
タイキーはじっとその男性を見ていた。
上司に逆らってまで実子ではない子供を引き受ける。
この男性になんの得があるのだろう。
「テクス様。見知らぬ他人にご迷惑をお掛けするより、幼い頃からお世話をしておりますわたくしにお任せください」
商人らしい柔らかい笑顔をテクスに向ける。
「では明日の昼、お迎えに参ります」
男性は、それまでに帰り支度を済ませるように言い置いて出て行った。




