その10・次の道を決める
その夜、タイキーはテクスと話をすることにした。
いつもの台所を併設した食堂のテーブルに、お茶のポットと焼菓子入りの缶を置く。
「このクッキー、美味いだろ」
「う、うん」
日持ちのする焼菓子は、近所で幼馴染のミリーリが時々持ってきてくれる。
テクスも何度か会っていて、畑仕事を教わっていた。
タイキーは自分用には珍しく酒瓶を出す。
琥珀色の蒸留酒は高級品らしく、王都を出る時に部下たちから餞別にもらったものだ。
たまにしか手を出さないため、まだ半分くらい残っている。
グラスに注ぐと香りが舞い上がった。
「お酒、飲まない人だと思ってました」
テクスが話し掛けてくる。
「嫌いではないが、好んで飲むこともないかな」
タイキーも警備隊新人時代はよく飲まされた。
しかし、部下を持つようになってからは付き合い程度にしか飲まくなり、今はよほどのことがなければ飲まない。
今夜は飲みたい気分である。
山羊のチーズを肴に摘む。
「それでだ、テクス。お前さんの道がまた一つ増えたわけだが」
これからの話を確認する。
まず一つは、テクス自身が「ただいま戻りました」と、さり気なく帰ること。
元々、一人旅がしたいと言って出て来たらしい。
養父母にはエリリアンが預かっていると連絡している。
家に戻れば今まで通り、一生涯、妹弟の補佐をする義兄という立場になるだろう。
しかしながら、今の養父母に全くテクスを気遣う様子はなく、ほぼ放置状態なのが気になる。
二つめは、商人として先ほど来た男性の世話になること。
王都に戻っても養父母の家ではなく、あの中年男性が世話してくれる部屋を借り、本格的に見習いから仕事を覚えることになるだろう。
後ろ盾が養父母から部下の男性に替わるが、商人になるつもりなら良いかもしれない。
三つめは。
「このまま俺の弟子になって修行するか、だな」
テクスは大きく頷いた。
「僕の気持ちは決まっています」
最初から家を出るつもりだった。
未成年である自分では、王都から離れてもイガリスの街が限界だと分かっていた。
でもここなら顔見知りのエリリアンがいて、何かあれば養父母に連絡が取れる。
テスクは彼なりに引き取ってくれた恩や、約六年間を一緒に過ごした家族に情はあるのだ。
タイキーは、ちびちび飲んでいたグラスをテーブルに置いた。
一つ大きく深呼吸をすると、指を組む。
「間違っていたら怒ってくれ」
ポツリと溢す。
「ご両親に何か言われたんじゃないか?。例えば養子縁組を解消する、とか」
テクスは手に持っていたお茶のカップを落としかけた。
「な、なんで、それをー」
「やっぱりか」
警備隊時代、タイキーの書類仕事は多岐に渡った。
民間の揉め事は役所の仕事だが、刃傷沙汰になると警備隊が間に入ることがある。
なかでも、婚姻や養子の縁組解消には財産の問題が絡む。
手っ取り早く追い出すか、最悪、命を狙われる。
テクスのように、養子をもらった後に実子が生まれた場合、養子を相続から外すことは珍しくないのだ。
「だから、養父母は一人旅を許可したのか」
タイキーは黒髪の染料が剥がれ落ち、すっかり白いものが多くなっている自分の頭を掻いた。
養父に「成人になる前に縁組を解消する」と告げられた十二歳のテクス。
「家を出るなら相応の支度金や仕事の世話はするが、家に残るなら使用人として生活しろと言われました」
それを聞いたテクスは自立する準備として、一人で旅に出たそうだ。
タイキーは頷いた。
「決まったな」
テクスの前にある道は、もう一つしかない。
「今から俺はお前の師匠であり、親代わりだ。安心しろ」
そう言ってニコリと笑う。
「修行は厳しいかもしれんが、これからもよろしくな」
「は、はい!」
テクスの頬に我慢し切れなかった涙が頬を伝って落ちた。
翌日の午後、テクスの父親の部下がエリリアンの秘書と共にやって来た。
「色々と手続きが必要となりますのでね」
中年男性は人の良さそうな笑顔で、秘書を連れて来た理由を説明する。
タイキーは応接間のテーブルに置かれた書類を確認した。
「なるほど。これが養父母からの委任状か」
部下であるこの男性が持って来たということは、養父母はすでにテクスを手放す準備はできているのだ。
タイキーはやるせない気持ちになった。
委任されたのは、上位文官の資格を持つエリリアンの秘書である。
「では、こちらをお願いいたします」
秘書がタイキーに用意した書類は、未成年であるテクスの新しい保護者の契約である。
「承知した」
タイキーはすぐに署名し、テクスにも確認させた。
委任状を添えて街の領主に提出、承認されればタイキーはテクスの正式な保護者となる。
それに気付いた男性が立ち上がり、叫んだ。
「なんだ、これは。話が違う!」
養父母から預かってきた委任状を元に、彼はテクスを引き取るつもりだった。
「この子はオレが目を掛けて育てたんだ!」
怒る男性に、タイキーは冷たい視線を向ける。
「テクスくん自身が選んだことです」
そして男性が持参したテクスとの養子縁組の書類を目の前で破り捨てる。
「私は一年前まで王都の警備隊にいましてね。少年ばかりを弄び、成人前に捨てる事件を担当したことがあるんですよ」
見るも無惨な死体もあった。
追われた容疑者は何故か捜査中に事故死している。
「そ、それは、オレにはなんの関係もない!」
タイキーの目はその男性から離れない。
「ええ、そうでしょうね。しかし、この子が王都で一人で生活するのは危険過ぎるんでね」
目立つ容姿の子供には、できるだけ安全な環境が必要だ。
それなら、まだ養父母の家にいた方がマシである。
タイキーの言葉に男性は暴言を吐きながら出て行った。
その間にも、エリリアンの秘書は淡々と仕事を進めていた。
「では、お預かりいたします。後はお任せください」
「ん、よろしく頼む」
深く一礼した秘書は退室する直前、タイキーに囁いた。
「さすが『神眼の副隊長様』ですね」
「はて、なんのことかな」
数日後、手続きは無事に終了したと報告がきた。




