その11・女性に質問する
それからのテクスが極端に忙しくなったかといえば、そんなことはなかった。
今まで通り、牧場と畑の世話をし家事を手伝う。
昼食はいつものハマト食堂に出掛け、欲しいものがあれば近くの市場やジェジェ商会に寄る。
テクスが言い出した修行については「まず体力をつけろ」とタイキーに言われ、毎日早朝、滝のカフェまでの往復を走ることになった。
変わったのはそれくらいだ。
「おはよう」
「おはようございまーす」
よくカフェの店主夫婦に挨拶されるが、たまに孫娘のルリナの寝ぼけた顔を見ることもあった。
テクスはそんな彼女の姿を密かに楽しみにしている。
秋のある朝、ルリナが店の前を掃除しているのに出くわす。
「だって、あなたが頑張ってるから私も負けていられないじゃない」
それで早起きを始めたらしい。
「あの子は少し口は悪いが本当は優しい子なんだよ」
隣りで老夫婦が微笑む。
ボーッと見惚れていたテクスの腕をルリナが掴んだ。
「たまには休憩していきなさいな」
「お茶の淹れ方を練習しているの」と言われ、断れるはずもない。
テクスは屋外のテーブル席に座らされた。
タイキーには血縁者にカザンという同年代の男性がいる。
カフェの老夫婦はそのカザンの両親であり、ルリナは別れた妻との娘だ。
縁を切っているが、金に困っている父親に見つかると何をされるか分からない。
そのため、タイキーはカザンを滝には近寄らせないようにしていた。
クズの父親を見て育ったせいか、ルリナは特に男性に対して当たりが強い。
しかし、タイキーのことだけは理想の男性として憧れており、その弟子であるテクスには多少柔らかく接してくれている。
「どうぞ」「ありがとうございます」
カップを置くとルリナは向かい側に座り、テクスに感想を求めた。
「お、美味しいです」
本当はルリナにじっと見つめられ、緊張して味はよく分からない。
「良かった!。それならタイキー様に淹れて差し上げられるかしら」
ルリナはすぐタイキーの話をする。
「一緒に住んでいるなんて羨ましいわ。私も弟子にして頂けないかしら。ねえ、テクス。タイキー様に訊いてもらえない?」
テクスは思わず頷きそうになったが、慌てて首を横に振った。
あの男、カザンがたまに館にやって来るからだ。
「いえ。それは無理です」
「むー」
ルリナは頬を膨らませるが、ダメなものはダメである。
「あの、ルリナさん。一つ訊いてもいいですか?」
テクスは思い切って、日頃思っていたことを訊ねる。
「あら、なあに?」
「えっと、ルリナさんはタイキー師匠のどこが好きなんですか?」
若い女性が大人の男性に憧れることはある。
しかし、テクスから見ればタイキーはごく普通のオジサンだ。
体格も中肉中背、髪は白髪混じりの黒でボサボサ。
若い女性に好かれるような容姿ではない。
地元の名家らしいが金持ちには見えないし、建物は大きいが使用人は一人もいない家に住んでいる。
失礼な話だが財産目当てではないと思うし、タイキーに拘る理由が分からなかった。
「あら。あなた、自分の師匠が王都でどれだけ有名だったか、知らないの?」
「有名?」
テクスも王都育ちだが、子供なので噂話を聞く機会はあまりなかった。
「王都警備隊の副隊長、タイキー様に嘘は通用しないと有名だったのよ?」
ルリナが自慢気に微笑む。
犯人がどんなに巧妙に隠しても副隊長の前に出ると真実が暴かれる。
そう噂されていたそうだ。
テクスの脳裏には、拷問や自白剤などヤバそうな言葉が浮かんだが口にはしない。
「それでね。タイキー様は『神眼』を持っていると言われていたの」
「『神眼』?……」
テクスは先日、エリリアンの秘書が小声で言った言葉を思い出す。
『神眼の副隊長』
テクスは家に戻り、いつも通り牧場にいるタイキーを見つけて駆け寄った。
「師匠!。あの、『神眼』って本当ですか?」
「はあ?」
いきなり訊かれてタイキーは驚く。
そして、
「あー、ルリナ嬢から聞いたのか」
と、苦笑した。
「その話は後でな。先に仕事を終わらせよう」
「はい!」
テクスは急いで手伝いを終わらせ、軽く湯浴みをして朝食の席に向かった。
今朝はハムエッグに、パンとバターが用意してあった。
食卓にスープとサラダを並べながら、テクスはチラチラとタイキーを見る。
「今日は森に行くぞ」
「えっ」
『神眼』の話ではないのか、とテクスは困惑する。
しかし、師匠には逆らえないので「はい」と頷いた。
普段、出掛ける時は表玄関の鉄門を通るが、今日は裏庭に出る。
愛馬のシーヤが近付いて来て鞍を着けた。
今日は馬での外出らしい。
タイキーは、テクスと二人で相乗りする。
「しっかり捕まっておけよ」
と言って、木の囲いに向かって走り出した。
「ハッ」「ヒィッ」
シーヤは軽々と柵を飛び越え、森の中へと駆け入った。
イガリスの街にある湖から南西に広がる森。
観光客向けの湖畔の遊歩道から森の中に入れるが、途中から進入禁止地域になっている。
その入り口に一軒の小屋があった。
シーヤが停まると、小屋から一人の大柄な老人が出て来た。
「おや、坊ちゃん」
「爺さん、それはやめてくれ。俺ももう四十歳を越えたからな」
「がはは、そうでしたな」
老人はニーシスという。
祖父に仕えていた最後の使用人で、タイキーが不在の間は館の管理を任せていた。
カザンの無謀な押し掛けにも耐えた強者である。
今はこの森の番人だ。
「どうぞ、中にお入りください」
「いや、俺は見回りの仕事があるから、この少年を頼む。実は弟子に迎えたばかりでね」
「おやおや、そうでしたか」
「テクスといいます。よろしくお願いします」
きちんと礼を取る少年に老人の顔が綻ぶ。
「こちらこそ。若旦那様がお戻りになるまで、しっかりとお預かりいたします」
そこへ三頭の騎馬が近づいて来た。
「お待たせいたしました、タイキー様」
イガリスの街の警備兵たちである。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
タイキーと警備兵三人の馬が走り去り、テクスはニーシス老と共に森の小屋に残された。




