その12・森を巡回する
この森は領主に貸し出されているが、所有者はタイキーであり、管理も任されていた。
定期的な見回りも管理のうちである。
タイキーとイガリスの警備兵たちは獣の繁殖の季節になると、こうして森を巡回。
冬眠前に異常に増えていないか、餌が不足していないかなど森の生態系に変化がないかを調べるためだ。
「よし、休憩しよう」
「はい」
森の中には数カ所、巡回する者たちのための休憩所がある。
普段なら、そんな人間の気配のある場所に獣たちは決して近寄らない。
その場所にいつもと違うところがあれば、森に異常があると分かる。
倒木に腰掛け、十分警戒しながら水筒の茶を飲む。
「タイキー様。先ほど小屋にいた少年が例の養子候補ですか?」
警備兵の中に、ニーシスの息子タラクがいる。
一つ年下で、タイキーのことは兵学校でも王都警備隊でも何かと気にかけてくれた。
現在はイガリス警備隊の隊長であり、今日も新人二人を引き連れて来ている。
「ああ。相変わらず情報が早いな」
タイキーは苦笑した。
「父がお世話になっていますからね。それで、彼はカザン氏とは何か関係があるのですか?」
タラクからすれば、クズ男カザンもタイキー家の血縁者なので丁寧な物言いになる。
「いや、あっちとは無関係だが、娘のルリナ嬢が滝の祖父母のとこに来ていてな。そちらとは交流がある」
警備隊はカザンの監視を頼まれているので、娘ルリナの件はタラクも把握していた。
「なるほど、承知いたしました。警戒を続けます」
この警戒とは森ではなく、カザンの方である。
最近、領主の側近に取り入ろうとしているようなので監視を強めていた。
「すまんな。アイツもそろそろ諦めてほしいもんだが」
「本当に」
二人は揃ってため息を吐いた。
「それで、少年には森の巡回のことは伝えてあるんですか?」
タラクは森の小屋の前で、ポカンとした少年の顔を思い出す。
「あ、忘れたー」
森の休憩所を回るだけでも時間が掛かる上に夜間の確認もある。
そのため、戻るのは翌日になるのだ。
タイキーはテクスに何も説明せずニーシス老に預けて来てしまった。
「ちゃんと話さないのは悪い癖ですよ、タイキー様」
「うー」
書類仕事は慣れているが、口で説明するのは苦手である。
頭を抱えるタイキーをタラクは「父が話すでしょう」と慰めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、テクスはニーシス老の手伝いをしながら、何度も森の方を見ていた。
「気になるかい?」
「あ、はい。遅いなあと」
もう夕食の時間になる。
早く館に帰って準備をしなければならない。
「ああ、それなら大丈夫。若旦那様からテクスさんの世話は頼まれていますので」
夕食どころか、おそらく戻るのは翌日になると聞いてテクスは驚く。
「知りませんでした……」
「若旦那様はそういう大事なところが抜けていらっしゃるからなあ」
ニーシス老は苦笑した。
当然、テクスは今夜、この小屋に泊まることになる。
夕食には肉料理がたくさん出てきた。
森は狩猟が主であり、野菜より肉のほうが入手し易い。
「すごい豪華ですね」
テクスが感激する。
タイキーの家では健康を考え、どちらかというと野菜が多い。
「坊ちゃんくらいの年齢なら肉はたくさん食べなきゃいけませんから」
「坊ちゃん……」
テクスは実家ではつい最近までそう呼ばれていた。
しかし養父母が後継を実子に決めたため、テクスは今、使用人同然になっている。
「遠慮なく食べてくださいね」
「は、はい」
ぼんやりしていたテクスは慌てて肉を口に運んだ。
「あ、そうだ。教えて頂きたいことがあって」
テクスは無理矢理話題を振る。
「なんでしょう?。わたくしで分かることでしたら」
ニーシス老は優しく微笑む。
「『神眼』ってなんですか?」
タイキーは教えてくれない気がする。
「若旦那様は王都ではそのように呼ばれていたみたいですね」
「ニーシスさんも知ってたんですか」
「まあ、息子がしばらく王都の警備隊におりましたので」
息子のタラクは結婚をきっかけに故郷イガリスに戻って来たが、それまではタイキーの後輩として王都警備隊で働いていた。
「ですが、わたくしがお世話したのは、タイキー様がイガリスの館に来られた五歳から、王都の兵学校に行かれた十五歳までです」
祖父一人孫一人の家庭で、王都からの距離もそんなに離れていないため、休暇には必ず帰って来る。
祖父が亡くなり後を継いだが、王都警備隊の仕事が忙しくてなかなか辞めさせてもらえなかったそうだ。
昨年、四十歳になって、ようやく戻って来た。
「わたくしどもは大旦那様が亡くなられた後、若旦那様が戻られるまで館と土地の管理を任されていただけでございますので」
王都での生活までは分からないと言う。
「そうですか。じゃあ、子供の頃はどんな感じでしたか?」
テクスはタイキーが自分くらいの年齢の頃、何をしていたのか興味があった。
「そうですねー」
ニーシス老は思い出を探るように少し考える。
「とても口数の少ない方でしたね」
しかし、静かだったというわけでもない。
「話すことが苦手というだけで、とにかく動き回っておられましたよ」
少し変わった子供だったと笑う。
ニーシス老は当時、妻と子供二人で館内に住んでおり、他に使用人は通いの庭師と掃除婦だけ。
タイキーの父親の葬儀は、イガリスではなく、亡くなった街で秘密裏に行われた。
翌日、タイキーは祖父と初めてこの街にやって来る。
「おそらく父親は彼をどこかに預けて働いていたのでしょうね。タイキー様は大変周りに気を使う子供でした」
五歳であるにも関わらず、黙って、人に頼らず動き回る。
「わたくしどもが何かを言う前に動く、不思議な子供でした」
自分のことは自分でやり、頼まれてもいないことを勝手にやる。
「教えていないことでも、ちゃんとやってくださって驚きました。例えば食事の用意も、どこに食器があるのか、誰の分なのか。正確に並べていましたので」
不気味なほどだったと、ニーシス老は思い出しながら苦笑した。




