その13・過去を知る
世の中は、同じ努力をしても皆が同じ結果を得られるわけではない。
「人にはそれぞれ持って生まれた性格があり、与えられた環境の違いがあります」
「一般的にですが」と言って、ニーシス老はテクスのカップに何度目かのお茶を注ぐ。
「特に優れた結果を出せた者たちは環境に恵まれたと言えるでしょう。しかし、時にはそれらがなくても頭角を現す者はいます」
テクスは頷く。
決して恵まれた環境ではなくても、極稀に成功することはある。
「『天才』ですよね」
「よくご存知ですね。その通り。生まれながらに神から与えられたと言われる才能を持つ者たちです」
世間的によく知られているのは芸術家や武芸の達人など。
唯一無二といわれる才能は、ただ与えられるのではなく、開花させるには人並みならぬ努力も必要であり、それも才能の内だとされている。
「それが何か……え、と、タイキー師匠にも『才能』が?」
テクスの言葉にニーシス老は穏やかに微笑み返す。
「それが『才能』と呼ばれるものなのかどうかは分かりませんが」
五歳でイガリスの館に来た時、あまり喋らないタイキーに祖父が訊ねたらしい。
「何故、他の者に対して自分から話し掛けないのか」
最低限の挨拶はするし、相手から話し掛けられれば返事はする。
しかし、他の人が何かしようとすると、その前に彼は動いているのだ。
「タイキー様には分かるのだそうですよ。その人が何をしようとしているのか、何を欲しているのか、が」
だから言われる前に体が動く。
「は?」
テクスは信じられなかった。
これまでタイキーの行動を見ていても、特に怪しい様子はなかったと思う。
「大旦那様がタイキー様と話し合われて、王都に出るまでにずいぶん改善されたのです」
動く前に話し、声を掛けて、事前に分かっていたとしても知らなかったことにする。
それはそれはかなり厳しく指導されたそうだ。
「わたくしの子供たちが監視役になりましてね。子供ですから遠慮はありません。どんどん大旦那様に言いつけましたので、タイキー様も気を張っておられましたよ」
そう言ってニーシス老は笑う。
当時の館にはタイキーの他に子供が二人いた。
ニーシス夫妻の子供で、タイキーの一つ年下の男の子と、さらに二つ下に女の子だ。
特に息子のタラクはタイキーを追いかけ回していた。
「タイキー様は次第に逃げることが上手くなりまして、半年も経つと門から外に出ておりました」
鉄門扉はいつでも開いていて、不用心に見えるが田舎ではよくあること。
観光客も危険な森の近くには来ないし、森に入らなければ使用人たちも何も言わなかった。
あまり敷地内から出なかったタイキーも一人で出入りするようになると顔見知りも増える。
野菜など食材を届けに来る食料品店の息子ハマト、近くの湖の漁師の娘ミリーリ。
三人で遊んでいる姿を見かけるようになった。
「おそらく、その二人には知られたくなかったのでしょう。タイキー様はいつの間にか普通の少年らしくなられておりましたよ」
「ですが」とニーシス老は顔を顰める。
十五歳になり、王都の兵学校に入ると周りが知り合いばかりの田舎とは違う。
一年後に後輩としてニーシスの息子タラクが訪ねた時、タイキーは様子がおかしかった。
「イガリスに初めて来た頃と同じように誰とも喋らなくなり、授業以外は寮に引きこもっていたそうで」
長期休暇になると逃げるようにイガリスに戻って来る生活をしていた。
「同級にカザン様がいたせいかもしれません」
あることないこと吹聴する親族。
「それは嫌ですね」
テクスも顔を顰めた。
「大旦那様も気づかれたのでしょう。領主様と国の役所に正式にタイキー様を後継とする届けを出されました」
高齢を理由に祖父は隠居し、財産や地位の全てをタイキーに譲ったのである。
そのため、健勝な両親がいるカザンには、祖母の実家の当主であるタイキーは目上となった。
かなり悔しかったらしく、カザンは結婚を期に無理矢理両親を隠居させて当主になった、というおまけ話がつく。
「それで『神眼』というのは?」
テクスの興味はそこにある。
「わたくしは王都警備隊での若旦那様を知りませんが」
息子のタラクは五年ほど一緒に働いていたという。
「子供のころの経験のせいか、日頃は息子から逃げ回っていたらしいですよ」
ニーシス老は笑うが、テクスは首を傾げる。
それでは仕事にならないだろう。
「タイキー様は見習い期間が終わるとすぐに事務方に回されたそうで、外回りのうちの息子とはあまり顔は合わせなかったようで」
「それでも」と、ニーシス老が少し声を落とす。
「納得のいかない事件に関しては、うちの息子にこっそり再調査を依頼なさっていたのです」
それが真犯人の逮捕に繋がるとタラクの評価はかなり上がっていった。
高過ぎる評価に困ったタラクは、結婚のため帰郷する際、自分の上司に打ち明ける。
上司は驚いたが、タイキーのことは勘づいていたらしい。
「息子は、困ったことがあればタイキー様に協力してもらうようにと同僚に引き継いで帰ってきましたよ」
そのうちに王都警備隊内部で公私ともにタイキーを頼る者が増えていく。
「お前はわしの手伝いだけしておれ!」
見かねた隊長の一言で、タイキーは若くして副隊長に任命されることになった。
「お世話になった隊の方々が『神眼』だなんだと持ち上げたのでしょう」
ニーシス老は苦笑した。
しかし、実績がなければ噂にもならないと思う。
テクスは寝床に入っても色々と考える。
「人の行動が読めるってことでしょ?。それって悪人には困るやつだよなあ」
そしてぼんやりと、テクスを引き取ろうとした中年男性の顔を思い出した。
確かに父親の部下だが、商会の仕事もあって忙しいはずなのに、わざわざここまでやって来た。
「オレが世話した」と言っていたが、テクスにはそんな記憶はない。
せいぜい部下として養父を訪ねて来た時に挨拶をした程度だ。
「まさかね」
なんだか背筋がゾクッとして毛布を頭から被った。




