その8・湖で釣りをする
台所で食器を片付けながら、テクスはクスクスと笑う。
「すごかったですね、あの男の顔」
「父親が従兄弟同士らしいんだけど、昔から何かと張り合ってくるんだよな」
未成年の頃、カザンはたまに両親に連れられて祖父の元に遊びに来ていた。
タイキー自身は彼が結婚してから十数年間は会っていなかったが、祖父が亡くなってからは何かと口を出してくるようになった。
カザンは王都で二年間、タイキーと同じ兵学校にいたが、卒業前に怪我をして退学している。
学校では、成績の良かったタイキーと比べられるのが嫌だったらしく、盛んにタイキーの父親の悪口を言いふらしていた。
しかしながら、それは騎士団の恥として封印されていた話であり、カザンは先輩兵士たちに目を付けられることになる。
それが退学することになった怪我に繋がったのでは、という噂だ。
つまりは自業自得である。
「ほんとに懲りないな、アイツは」
何かと理由をつけて金を無心に来る。
今回のことも、税だと言ってタイキーから金を受け取って、借金の返済に当てる気だったのだろう。
そんなことより。
「ちと遅くなったが、今から釣りに行くか」
「うんっ!」
二人で畑の堆肥置き場から餌になる虫を捕まえて器に入れる。
タイキーは物置から釣竿を出し、テクスは釣った魚を入れる籠を持つ。
「夕食は魚料理ですね!」
「あはは、そう上手くいくかな」
鉄門を出て湖畔の遊歩道を終点まで歩く。
そこにはこの街で人気の美しい滝がある。
「うわあ、すごい」
上品で優雅な流れであり、落差も少ないため、近付いても水音はそこまで五月蝿くはない。
軽く上り坂になった先、開けた場所に観光客向けの土産物店を併設したカフェがある。
「こんにちは」
タイキーはカフェに顔を出し、店主の老夫婦に挨拶する。
「あら、いらっしゃい」「久しぶりだね」
テクスもペコリと挨拶をする。
「おや、お連れさんかな。珍しい」
「うちの孫娘と同じ年頃かしら」
老夫婦は目を細めて微笑んだ。
カフェの傍、滝の川上にある小さな淀みは恰好の釣り場になっている。
旅行者は湖で釣りをするので、ここは地元民しか知らない穴場。
陽が落ちるまで釣りを楽しんだ。
釣り果はまずまずである。
多少大きさにバラつきはあるが、十分に食べ応えがありそうだ。
「早く帰って、これを夕食に頂きましょう!」
テクスは鼻息を荒くする。
「まあ、待て」
タイキーは魚の入った籠を持ってカフェに入って行った。
「お願いします」
カフェの店主に魚を渡す。
「はい。承知いましました」
「えっ」とテクスが困惑していると、タイキーは席に座り、手招きした。
「今日はここで料理してもらって食べて帰ろう」
タイキーは、釣り果は毎回店主に頼んで干し物にしてもらっていた。
今日は料理してもらい、食事を楽しむことにする。
「ああ、なるほど!」
そういえば、タイキーの家には料理人はいないし、テクス自身も魚は捌いたことがない。
テクスは納得した。
「よろしければ、今日は皆で頂きませんか?」
すでにカフェは閉店時間を過ぎており、他に客はいない。
タイキーは食事代を負担するからと店主夫妻を食事に誘う。
「おお、ありがとうございます。孫娘が来ておりまして、ご一緒させて頂いてよろしいですかな?」
「勿論です」
「お待たせいたしました」
カフェのテーブルに魚料理を中心とした夕食が並ぶ。
「わあ、美味しそう!」
テクスは自分が釣った魚が皿に乗っている姿を見て目を輝かせた。
「失礼いたします」
そこへ美少女が現れ、優雅に礼を取る。
タイキーはテクスに声をかけた。
「改めて紹介しよう。この店を経営しているシューサさん夫妻だ。シューサさん、彼はテクス。俺が世話になっている商会から、しばらく預かることになりまして」
「よ、よろしくお願いします」
テクスが美少女の前で赤くなる。
「こちらこそ、よろしく、テクスくん。私たち夫婦はタイキーさんのお祖父様には大変世話になってね」
夫の言葉に続き、妻は孫娘を紹介する。
「孫のルリナですわ」
「テクス様、初めまして。ルリナです」
「は、はい、よろ、よろし、く!」
しどろもどろになるテクスに大人たちは微笑む。
「タイキーおじさま、お会いできて嬉しいです」
ルリナはタイキーに微笑む。
「今年成人いたしまして。親元から離れて、こちらに手伝いに来てくれましたの」
シューサ夫人によると彼女は当分の間、祖父母の家で同居するそうだ。
「そうか。もう成人か、早いもんだな」
タイキーが美少女に微笑むと、彼女の頬がほんのりと赤くなった。
和やかに食事が始まる。
ルリナはテクスより三つ年上だが、王都で暮らしていたという共通点があり、話は弾んだ。
「もうだいぶ暗くなったな。すみません、遅くまで」
食後のお茶を飲み干し、タイキーは荷物を片付ける。
「またいつでもいらしてくださいね」
ルリナはタイキーに寄り添って、店の外まで付いて来た。
「今度、おじさまの家にお邪魔してもいい?」
「あはは。お祖父さんの許可をもらってからな」
「分かったわ、きっとよ」
幼い子供のように甘えるルリナの姿に、テクスはすでに失恋した気分になった。
遊歩道はポツリポツリと街灯はあるが、それほど明るくはない。
暗い夜道をカフェで借りたカンテラの灯りで歩く。
タイキーは足取りの重いテクスを振り返る。
「どうした、テクス」
「なんでもない」
テクスはふいっと顔を逸らす。
「ルリナが気になるのか?」
「うっ」とテクスはそれ以上、言葉が出ない。
「あの娘はやめておけ」
タイキーから思わぬ言葉が聞こえ、テクスはカッとなる。
「僕には不似合いだとー」
「あれは、昼間来たカザンの一人娘だ」
「え」
カフェのシューサ夫婦は家から追い出されたカザンの両親であり、タイキーにとっては親戚に当たる。
ルリナは、カザンと離婚した母親と一緒に家を出た実の娘だった。
「そんな……」
タイキーの祖父が彼らを匿い、街から離れたあの店を任せたのである。
「付き合うなら覚悟がいるぞ」
テクスはしばらく立ち止まっていた。




