その6・前職の話をする
夜になるとタイキーは風呂の準備をする。
「結構広いねー」
「使用人用だけどな」
タイキーの館の浴室は、二階の客室や主人用の部屋には一人用がついているが、一階の使用人用はまとめて入るために数名で使える大きさになっていた。
簡素だが王都の警備隊尞よりマシだとタイキーは思っている。
広いのでテクスと一緒に入ることにした。
タイキーは警備隊寮で大勢での入浴には慣れているし、テクスは妹弟の世話をしていたので特に忌避感はない。
「明日、もう一度エリリアンさんとこに行ってみるよ」
テクスを預かるにしてもきちんと話しておくべきだ。
「うん」
テクスは風呂に浸かりながら頷く。
「んで。お前は将来、何になりたいんだ?」
これからどうしたいのかと訊ねる。
兵士なら、十五歳になればどうせ兵士になる検査がある。
商人なら、テクスはもうジェジェ商会に所属しているようなものだ。
「……まだ分からない」
タイキーはテクスの頭をくしゃりと撫でる。
「そうか。まあ、ゆっくり考えろ」
嫌そうな顔をしながらも、テクスはその手から逃げなかった。
風呂から上がり、窓から入る夜風に当たりながら髪を乾かしていると、テクスがじっとタイキーを見ている。
「キーさんって、きれいな身体してますよね」
「はあ?」
タイキーは、どうとってよいか分からず複雑な顔になった。
「あ、ごめんなさい!。変な意味じゃなくて」
テクスは真っ赤になって首を横に振る。
「商会本部や僕の家にいた護衛の兵士さんたちは、皆さん傷があったり、怪我をされている方が多かったので」
「あー」
確かにタイキーの身体には目立つ傷跡らしきものはない。
「そりゃあ、俺は警備隊でも内勤が多かったからな」
見習いの頃から隊の文官補佐をやらされ、最終的には副隊長という名の事務責任者だった。
「あまり現場向きな人間じゃないんだ。エリリアンや皆には内緒だぞ」
戦闘が不得手と知ると侮る者は必ず出てくるのであまり表立って話したことはない。
タイキーは片目を瞑り、ニヤリと笑う。
テクスは何度もウンウンと頷いた。
『副隊長』というと強そうに聞こえるが、タイキーの場合は単に近付きたい相手が隊長だったため、訓練の合間に彼の仕事を必死で手伝ってきただけだ。
それが書類整理だったので、そのまま副隊長を押し付けられたのである。
しかし、テクスはタイキーの告白に首を傾げる。
「でも、どうして僕には教えてくれるんですか?」
タイキーは最初から優しかった。
上司からのお願いという命令だとしても、テクスには気安く接してくれている。
「そりゃあ、そっちが俺に対する態度と同じように返しているだけだ」
そういえば、テクスも家に戻されるのが嫌で、普通なら商会関係者には隠したいことも話している。
「だって、キーさんって話しやすかったから」
知り合ったばかりなのに何故かこの人なら信用できると思った。
「俺も、テクスなら良いと思ったのさ」
タイキーが笑う。
テクスは少し顔が熱くなり、夜空を見上げ、満天の星を眺める。
都会とは違う穏やかな空気を吸い込んだ。
翌朝、いつも通り家畜の世話から始まる。
朝食の後、タイキーは鞍を出してきた。
今日はテクスをひとりで馬に乗せる。
「いいんですか?」
「乗ってみたいんだろ?」
「うん」
テクスを乗せた馬の手綱をタイキーが持ち、一周してから手綱を任せた。
「焦るなよ、ゆっくりだ」
「は、はいっ」
緊張が伝わってくるが、老馬シーヤは気にせずに歩き続ける。
子供好きな賢い馬だ。
テクスをシーヤに任せ、タイキーは離れて見守った。
昼食はハマトの食堂で摂ることにして、先に商会に向かう。
珍しく正面から入り、受付で訊ねる。
「エリリアンさんはおられますか」
タイキーの真面目な顔に受付嬢は顔を引き攣らせた。
「お、お待ちください」
昨日のうちに面会は打診してある。
秘書に確認が取れたようで受付嬢が戻ってきた。
「支部長室へどうぞ」
「ありがとうな」
タイキーがニコリと笑うと一気に周りの空気が和み、
「もうやだ!、タイキーさんったら」
と、受付嬢に背中をバンバン叩かれた。
支部長に入るとエリリアンと秘書が待っていた。
タイキーの予想通り、エリリアンはテクスの事情を察しており、家出の可能性も考えていたようだ。
「あなたに任せるわ。彼を預かっている間は出勤しなくてもうちからは今まで通り給金を払います」
「そりゃどうも」
つまり、商会はまだ辞められないということである。
テクスに関して何か連絡があれば誰かに言付けてもらうことになった。
「いらっしゃーい」「いつものでいい?」
食堂に入ると看板娘二人が迎えてくれる。
「ああ、頼む」
厨房に近いテーブルがタイキーの定位置だった。
チラリと厨房を覗くとマッサ青年の姿が見える。
タイキーの視線を感じたヒラッテが近寄って来た。
「えへへ、私と彼でここの二階に住むことになったの」
嬉しそうに小声で話す。
ハマトの一家は妻の療養のため、湖の近くの静かな場所に家がある。
新婚夫婦は食堂の二階にあった物置きを片付け、住居にしたようだ。
「そか、良かったな」
末永く仲良くしてくれればよいとタイキーは微笑んだ。
「そうだ。午後からは釣りにしよう」
思い立ったタイキーの声にテクスが破顔した。
「ほんと?!」
「ああ」
そうと決まればテクスは一気に料理を平らげる。
しかし、そういう時に限って邪魔が入るものだ。
タイキーの顔見知りは彼がこの食堂の常連だと知っている。
駆け込んで来たのは街の警備隊の兵士だった。
「タイキーさん、ちょっと」
警備兵は耳に口元を寄せて囁く。
「例の男が街に入りました」
「そうか、ありがとう」
タイキーはカザンという男を警戒している。
その男はタイキーにとっては亡くなった祖父の姉の孫で、父親同士は従兄弟だ。
だが、タイキーには特に身内という意識はない。
何故なら、カザンはタイキーの家の資産を狙って祖父や使用人を脅していた前科があり、この街の警備隊からも要注意人物として目をつけられているからである。




