その4・少年を預かる
翌朝、タイキーは元気な声で目が覚めた。
「おじさん!、馬だ。馬がいるよ!」
そう叫びながら、テクス少年が二階から駆け降りて来たのである。
「ああ。館の裏は小さい牧場になってるんだ。山羊が二頭と馬が一頭。あとは鳥が何羽か適当に遊んでる」
タイキーは欠伸をしながら答えた。
「見に行ってもいい?」
気に入ったのか、テクスは目を輝かせている。
「もちろん、いいよ」
昨日の印象より子供らしい様子に自然と笑みが溢れた。
タイキーの朝は家畜の世話から始まる。
館の正面になる鉄門と鉄柵以外の三方の周囲は、頑丈な木柵と森に囲まれていた。
前庭は畑だが、裏庭は牧場で小さな厩舎と鳥小屋がある。
馬は、王都を出る時に警備隊でずっと一緒だった相棒で、同時期に引退したので買い取って連れて来た。
山羊は、亡くなった祖父がタイキーと暮らすようになった折に「子供には山羊の乳が良い」と聞いて購入したそうで、それ依頼、番で飼い続けている。
鳥は、湖が近いせいか色々とやって来て馬たちの邪魔になるので、牧場の隅に餌台と寝床を作ったら勝手に棲みついたのだ。
毎朝、産みっぱなしになっている卵を探して、ありがたく回収している。
テクスに伝えると嬉しそうに籠を持って駆けて行った。
軽く汗を洗い流し、着替えて朝食にする。
パンにゆで卵、ハムに自家製野菜の付け合わせの朝食だ。
「おじさ、あ、タイキーさんは、おひとりなんですか?」
興奮状態だったテクスは、落ち着いたら少し恥ずかしくなったらしい。
顔がほんのり赤くなり、目を逸らしている。
「キーと呼んでくれ」
「キー、さん?」
「うむ。俺は気ままな一人暮らしで、動物たちが家族みたいなものだよ」
テクスは「いいなー」と呟く。
「動物が好きなのか?」
「あ、はい。王都では馬車の馬くらいしか見たことがなくて」
働いている馬は緊張しているので傍に寄るのは難しい。
特に子供は何をするか分からないので馬も警戒する。
「そうか。じゃ、乗ってみるか?」
「えっ」とテクスがタイキーの顔を見る。
食器を片付けて裏庭へ向かうと、慌てて追いかけて来た。
シーヤという名の栗毛の老馬である。
「こいつは俺が王都にいた頃からの相棒でね。おとなしいから心配いらん」
使い慣れた鞍を乗せる。
優しく撫でながらテクスを紹介し、匂いを覚えさせた。
「よし、乗ってみるか」
まずタイキーが跨り、テクスに手を貸して自分の前に乗せる。
「わあっ、高い!」
嬉しそうに楽しむ少年にタイキーは優しく手ほどきした。
牧場を一周した後、テクスだけを乗せてタイキーは横に付いて歩く。
飲み込みは早いようで、これならばすぐに一人でも乗りこなすようになるだろう。
軽く昼食を取り、午後からは何をしようかと考える。
「街の観光案内でもしようか?。それとも、湖で魚釣りがいいかな?」
タイキーは食後のお茶を飲みながら話を振ってみる。
「釣り!」
テクスが叫ぶ。
美しい容姿に合わない年相応に活発な子供である。
「でも、出掛けてしまうとテクスのご両親が到着した時に連絡が取れないな」
おそらくエリリアンからはこの家に連絡が来るはずだ。
「えっと、それは、大丈夫じゃないかな。たぶん……」
テクスは目を逸らす。
「どうしてだ?」
「家には小さな妹と弟がいるし、両親はたぶんゆっくり来ると思うんです」
到着には二日か三日は掛かるだろうと言う。
「それでも心配しているだろうし、何か連絡してくるかもしれないよ?」
タイキーなら、いくら賢い子供でも見知らぬ街にひとりで放置なんてできない。
「うちの場合はそれはない、かな」
何か引っかかる。
タイキーはじっと少年の顔を見た。
「ご両親が来ると困ることでもあるのか?」
「あー、えっとー。ごめんなさい」
とうとうテクス少年が自白した。
「両親は来ないと思います。僕は一人で来ました。だけど、ちゃんと許可は取ってます」
どうやら一人で家を出て来たらしい。
事前に一人で出掛ける話はしたと言うが、まさか知らない街に行ったとは思っていないだろう。
タイキーは頭を抱えた。
テクス少年は、父親がジェジェ商会本部の幹部であり、エリリアンが王都にいた頃は何度か会ったことがあるそうだ。
「出掛ける時に父に話をしようと本部に寄ったら、各地に向かう荷馬車が並んでて」
エリリアンがいる街へと向かう荷馬車を見かけ、そのまま黙って荷台に潜り込んだと言う。
タイキーは無理に追い出したりしないと約束して、さらに話を聞く。
「僕は、その、養子なんです」
子供のいない夫婦が子供を引き取り、その何年か後に実子に恵まれるという話はよくある。
テクスは六歳の時に施設から引き取られたが、翌年妹が生まれ、さらに二年後に弟ができた。
両親と揃いの茶色の髪と瞳をしている妹弟。
家族の中でテクスだけが金髪だった。
それは両親が、容姿を含め商売に有利になるような子供を希望し、彼を選んだからである。
「両親によく似た妹弟を見てると、僕だけ違うんだなって」
差別されているとか、虐待されているわけではない。
ただ自分だけが家族の中で異質な存在だと感じる。
「今、僕がどんなに頑張って商売の勉強をしても、せいぜい父の部下です」
将来、家を継ぐのは妹か弟になるだろう。
自分がやっていることが何もかも虚しくなってしまったらしい。
「それで一人で出て来たのか」
「……すみません」
「謝ることじゃないさ。でも、家族は心配してると思うぞ」
「そうでしょうか」
先ほどまで元気に走り回っていた少年は、すっかり意気消沈していた。
「ま、とりあえず、しばらくうちに居ればいいさ」
「いいの?、ほんとに?」
テクスの顔がパッと明るくなる。
「エリリアンに話をしてからになるけどな」
商会に顔を出して、テクス少年を預かる話をしてこなくてはならない。
なんとなくだが、タイキーはエリリアンが少年の事情を知っていて自分に預けたような気がした。




