その3・依頼を受ける
タイキーは、夕食には少し早いが食事にしようと考えた。
商会の近くに贔屓にしている食堂がある。
混まないうちにと家から歩いて向かう。
「いらっしゃい、キーさん。今日は早いのね」
看板娘で小柄なモリーナが明るく声を掛けてくる。
器量良しでクルクルとよく働く人気者だ。
「ああ、暇なんでな。今日のオススメを一つ」
「父さーん、キーさんにいつものー」
もうひとりの看板娘ヒラッテが注文を受けて厨房に向かう。
細身の長身でモリーナの妹だ。
「あいよ」
厨房から野太い父親ハマトの声が聞こえてきた。
この食堂は父親と娘の姉妹で営んでいる。
タイキーは父親のハマトとはミリーリ同様幼馴染で、十五歳でこの街を離れるまで三人でよく連んでいた。
「ハマ、奥さんの調子はどうだ?」
厨房に顔を出して声を掛ける。
「ああ、今日は大丈夫だ」
ハマトの妻は病気がちで、体調が良くない時は家族が付き添うため、食堂は人手が足りなくなる。
そんな時はタイキーが手伝うこともあった。
「いつも心配かけてすまんな」
「何言ってんだ。世話になってるのはこっちの方だって」
この街では祖父と二人暮らしだったタイキー。
街を出た彼に小まめに連絡をくれていたのが同じ歳のハマトだった。
「お待たせー」
「お、ありがとよ」
パンと焼いた厚い肉に付け合わせの野菜、具沢山のスープ。
「あのさ、タイキーおじさん」
フォークを手に持った彼にヒラッテが小さく声を掛けてきた。
「ん?、どうした」
タイキーも体を寄せて囁く。
「今度、暇な時に相談に乗って欲しいことがあるんだけど」
ここの娘たちはタイキーにとっても自分の娘同然である。
「分かった、いつでもいいぞ。商会は辞めることにしたからな」
「ええっ!、仕事辞めちゃうの?」
ヒラッテが声を上げる。
「シーッ、声がデカい」
混み始めた食堂内で二人はコソコソと話し合う。
「なんなら今でもいいが?」
「いや、あの、それは」
周りをチラッと見ながらヒラッテの顔が赤くなる。
タイキーは揶揄うように笑う。
「まあ、俺は暇だからいつでも声を掛けてくれ」
そう言って、その日は食事だけで店を出た。
「あ、キーさん!」
食堂を出たところで、タイキーはジェジェ商会からの使いの少年に捕まった。
「エリリアンさんがお呼びです」
「え、今からか?」
もう空は暗くなり始め、商会の営業時間は終わっている。
「すみません」
申し訳なさげな少年の後について行くと、エリリアンが支部長室で待っていた。
「何か御用で?」
「ああ、タイキー。 申し訳ないが、お前さんに頼みがあってね」
そう言って男性秘書に視線を投げる。
秘書は頷き、コホンと咳払いをした。
「申し訳ないのですが、子供を一人預かってもらえませんか?」
「はあ」
王都本部の偉い人の子供らしい。
「よくある話さ。親が用事が出来ちまって、子供だけが荷物と一緒に先に届いたんだ」
エリリアンが舌打ちする。
本部との定期便の荷馬車に乗って来たらしい。
貨物用の速さ重視の移動で疲れたのだろう。
支部長室のソファに十二、三歳くらいの少年が眠っている。
「でも、なんで俺が」
「親が追いついて来るまでだ。店の者は皆んな忙しいし、王都育ちの子供を田舎の宿に一人で泊まらせるわけにはいかないし」
旅行客で賑わう街にも裏の顔はある。
少年は上品な服装と金色の髪をしていた。
こんな美形の子供ひとりを宿に放り込むことは出来ない。
エリリアンが選択したのは、誰にでも愛想の良いタイキーに預けることだった。
「うーむ、まあ、暇なのは俺くらいか」
タイキーは仕方なく引き受けた。
とりあえず、もう日が暮れる。
「おい、坊主」と、タイキーは少年を揺すり起こす。
「んふ」
小さく声を漏らし目を覚ました。
「ここは?」
「イガリスの街だ。腹減っただろ?」
少年は眠そうな目をパチパチさせた。
「なんか食いに行くか?」
タイキーの声に顔を上げ、室内にいる大人たちを見回す。
エリリアンの顔を見て安心したように微笑み、頷いた。
「はい」
タイキーは少年と目線を合わせるように膝をつく。
「その前に自己紹介だな。俺の名前はタイキーだ。坊主の名前は?」
「テクスです」
「じゃあ、テクス。ご両親が来るまで俺が世話係になるが、いいか?」
テクスはもう一度エリリアンを見た後「はい」と言って立ち上がった。
「よろしくお願いします」
きちんと礼を取る。
さすが王都から来た子供だ、と大人たちは躾の良さに感心した。
タイキーは少年を連れて表通りを歩く。
いつもの食堂はすでに満員。
諦めて観光客目当ての屋台を周り、いくつか惣菜を買い込んで帰ることにした。
「食べたいものはあるかい?」
「はい!。でも、自分で買いますよ」
テクス少年は革の小袋から硬貨を取り出して支払う。
「ほう。さすが商人の子だな」
二人で色々と買い込んで森の家に向かった。
タイキーはすでに夕食は済ませている。
食卓に買ってきた料理を並べ、テクスを座らせた。
「食事しながら待っててくれ。俺は客室の準備をしてくる」
「わかりました」
テクスが食事を始めると、タイキーは彼の荷物を預かって二階へと向かう。
右端の角部屋はタイキーが王都に出るまで使っていた子供部屋だ。
この部屋が一番見晴らしが良い。
ここをテクスに使わせることにした。
照明や窓の開閉の確認。
軽く清掃し、予備の寝具を運び込んで整える。
そしてテクス少年の旅行鞄をベッドの上に置いた。
「しかし、あんな利発そうな、しかも容姿の良い子供を一人旅させるかね」
エリリアンによると、テクスは裕福な家のお坊ちゃんに間違いない。
なのに、護衛も侍女も付いて来ていなかった。
元王都警備隊であるタイキーは、嫌な予感がした。
「まあ、悪い子ではなさそうだ」
エリリアンが自分に預けた意味はいまいち納得していないが、テクス自身に悪い印象はない。
タイキーはしばらく少年を預かることにした。




