その2・記憶を整理する
タイキーは使用人もいない一人暮らしだ。
祖父が亡くなった後、残っていた使用人をすべて仕事を斡旋した上で解雇している。
館の正面から右手にある通用口から入るとすぐに厨房を改装した台所付きの食堂。
隣りは同じく改装した居間兼寝室で、タイキーは日常生活をほぼこの二部屋で過ごしていた。
おおよそ館の規模に見合わない主人の居室であるが特に困ることはない。
ただ来客用には向かないため、その時だけは正面の表玄関から左手にある応接室を使う。
二階は全て客室になっているが、祖父が亡くなってからは滅多に使われず、埃を払うため空気の入れ替えだけは小まめに行っていた。
タイキーは淹れたお茶を食堂のテーブルに置き、幼馴染のミリーリと向かい合って座る。
「ありがとう、キーくん。それで、何の用?」
「商会を辞めると話してきた。明日から畑の手入れは自分でやるよ」
「まあ!、邪魔くさがりのキーくんが?」
ミリーリはタイキーより二つ年上で、昔から弟のように世話を焼いてきた。
タイキーの性格はよく知っている。
ニヤけた顔のまま、じっと彼を見つめた。
「分かったわ」
笑い飛ばしながらも彼の決断は尊重するようだ。
「それで、その後はどうするの?」
笑みを消した顔でミリーリは訊ねる。
「のんびり余生を楽しむさ。それに、後継がいないこの家の財産や墓もどうするか決めたい」
タイキーは、この街に戻って来る前から考えていた。
「ああ、それって終活って言うんだっけ」
お茶のカップを手に持ち、ミリーリが頷く。
「終活?」
タイキーは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「自分が亡くなった時に備えて、遺族に迷惑が掛からないように身の回りを整理したり、財産の行き先を指定する作業らしいわ」
実際には財産より借金を残して亡くなる者が多いため、役所が予め調べるように推奨している制度らしい。
「でもキーくんなら今からでも結婚相手は見つかりそうだけど?」
「いや、それはない」
タイキーはキッパリと否定した。
「じゃあ、髪はもう染めないの?」
タイキーには亡くなった祖父の遺言がある。
髪の毛は剃るか、染める、というものだ。
タイキーは幼い頃、父親と二人暮らしだった。
五歳の時、騎士だった父親が大怪我を負い、治療院に駆け付けた祖父がタイキーを引き取ったのだ。
今際の際に父親と祖父が言葉を交わしているのを見ていた記憶がある。
「祖父様からも父の遺言だと言われて髪の毛は伸ばせなかったなあ」
引き取られてからもずっと短くしていたが、さすがに十歳になる頃には伸ばす許可が出る。
しかし妥協案として「伸ばすなら髪を染めろ」と言われた。
短髪の間は分からなかったが、祖父も父親も濃い茶色だったのに、タイキーの髪の色は銀に近い白だった。
この国では地域で多少の違いはあるが、ほとんどの人の髪は茶系、または黒系で、稀に赤っぽい髪色が存在する。
薄い色は明るい金髪か、せいぜいが灰色。
タイキーのような白銀色は珍しい。
強いて言えば年寄りには多少存在する。
金髪の白髪混じりが一番近いだろう。
祖父は様々な白髪用の染粉を入手してくれた。
白髪染めは富裕層の女性が使うもので、結構高値だと知ったのは王都に出てからである。
やがて一番入手し易く、落ちにくい色である黒に落ち着いた。
邪魔臭かったが祖父の教えを守り、王都でもずっと染め続けた。
確かに珍しく、子供では目立つ色合いだ。
だが、どうしてそこまで隠さなければならなかったのか。
少年タイキーが王都に向かったのは、それが知りたかったからという理由もある。
「それで。王都で何か分かったの?」
「いや、なにも」
と、大袈裟にため息を吐く。
だけど。
「両親の……父の話は少し聞けた」
『王都警備隊』の仕事の中で、亡くなった父親が騎士隊にいた頃の同僚に会うことができたのである。
「そう、良かったわね」
ミリーリはそれ以上は訊かず、帰って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
タイキーは、二年の兵学校後に父親の知り合いを訪ねた。
父親は兵学校を優秀な成績で卒業後、騎士養成所に入り、そこも無事に卒業して騎士見習いになった。
そこまではタイキーも祖父から聞いて知っている。
同僚だという人物は騎士団を辞め『王都警備隊』にいた。
「そうか、坊主があの時の」
それ以上は言葉に詰まり、話してもらえなかった。
しかし、何か知っていることは確かだ。
タイキーは警備隊に就職。
隊長になったその人の部下に収まり、高齢を理由に上司が退職するまで付き纏った。
最後には。
「しゃあないな……だが、誰にも言うなよ」
「はいっ、隊長」
シワの深い顔を顰め、『騎士の恥』として葬られた話をしてくれた。
「お前の親父さんは警護対象のお嬢様と駆け落ちしたんだ」
「えっ」
知らなかったタイキーは唖然とする。
「だが、約二年後に発見され、お嬢様は連れ戻された」
その際、父親は行方不明になっている。
五年後、実家に「見つかった」と連絡が届いた。
知らせてくれたのは、当時、王都警備隊にいたこの人である。
その時、父親は大怪我を負い医療施設にいた。
五歳の息子タイキーと共に。
「お前の母親が誰かはワシも知らんぞ」
「は?」
タイキーは、母親は死んだと聞かされて育っている。
今さら母親の話が出てくるとは思わず、驚いた。
しかし、上司からはそれ以上の情報は得られなかった。
思えば、幼い頃からタイキーの髪は短かった。
母親のいない家庭で育ち、物心が付いた頃にはいつも頭を剃られていた。
「とうさま。どうして僕の頭は他の子と違うのですか?」
「すまんな、キー。お前は生まれた時から髪の毛が抜ける病なのだ。こうして剃ったほうが病には見えぬだろう?」
タイキーは自分の髪を見たことがないので、ただ頷いた。
しかし、病という割に薬を飲んだり、治療を受けたりした記憶はない。
ただ父親の言葉を信じるしかなかった。
「もしかして母親に関係あるのか?」
「いや、まさかな」
笑ってごまかしたタイキーの若き日の記憶が蘇った。




