その1・仕事を辞める
こんにちは
初めての方は初めまして、いつもの方はお久しぶり!
今回も完全新作となります
隙間時間にお付き合いいただければ幸いです
タイキーは、見かけはパッとしない中年男だ。
彼が住むイガリスという街は国の中心から少し外れた地方都市の一つ。
周辺には山や湖など風光明媚な場所が多く、都会から来る観光客で賑わっている。
街中も美しく整備され、大通りには色とりどりの煉瓦造りの建物がずらりと並んでいた。
「なんだって?、もう一度言っておくれ。 タイキー」
恰幅の良い中年女性の視線が、申し訳なさそうに苦笑を浮かべている男性にギロリと刺さる。
「だから、エリリアンさん。すまんが、この仕事を辞めさせてほしいんだ」
彼らがいるのは裏通りにある五階建ての建物。
『ジェジェ』という名の商会で、街の人々に必要なものを売ったり貸したりする雑貨店だが、本部は王都にある。
四階の支部長室で責任者のエリリアンは顔を顰めていた。
濃茶の髪をきつく結び、眼鏡を指でクイッと上げる。
「理由は?。金かい?」
活気溢れるこの街は、年中人手不足で仕事ならいくらでもある。
待遇の良い職場を求めて転職する者は少なくない。
「いやあ、俺ももう四十を過ぎた。腹も出てきたし、体力的にもしんどくてね」
わざと腹を撫でる男に女性上司はフンッと鼻から息を吐く。
「お前さんにそんな無茶な力仕事なぞさせちゃいないはずだけど?」
「まあ、それはそうなんだが」
黒髪に白いものが混ざる男性はポリポリと頬を掻いた。
タイキーには祖父が残してくれた家があり、多少の蓄えもあるため、幼少期を過ごしたこの街でのんびりと余生を送るつもりだった。
「何が余生だ、まだ四十歳じゃねえか!。まだ動けるうちは働け」
心配した幼馴染に無理矢理この商会に連れて来られたのである。
この国では、全ての男子は十五歳で兵士になるための検査があって、女子は希望者のみが受けられる。
結果に問題がなければ、全員が王都の兵学校に収容されていく。
そして、現在は戦時ではないため、二年間、兵士としての訓練を受けるのである。
成績が良ければさらに上の騎士養成所へ進むこともできるが、多くはそのまま王都で就職、もしくは郷里に戻って行った。
タイキーは兵学校を卒業してから、二十五年間を王都で暮らしていた。
王都とイガリスは馬車でも二日、騎馬なら丸一日飛ばせば着く。
家族は祖父一人しかいなかったため、休日になると頻繁に帰っていた。
十年前、祖父が亡くなり正式に家督を継いだ。
しかし、仕事を辞めさせてもらえず、王都と街を行ったり来たりの生活が続いていた。
やっと一年ほど前に王都を引き払い、正式にこの街に戻って来たのである。
前職は『王都警備隊』所属の兵士。
商会側はそれを見込んで彼を警備の予備員として雇った。
タイキーは仕方なく繁忙期だけ手伝う約束でこの商会に入ったのである。
普段は警備員として控え室で待機しているが、生来のお人好しのせいで困っている人を放っておけない。
頼まれればどこにでも顔を出す。
商会の誰かが怪我や病気で急に休んだ時など、代理として呼ばれる事も多い。
また最近では、忙しい幹部たちに代わって新人の世話係もしている。
おかげで一年の間に、ほぼ全ての部署での対応が可能となってしまった。
そろそろ新人も育って暇な時間も多くなってきていたタイキーは、ちょうど良い頃合いだと思った。
「もう俺がいなくてもなんとかなるでしょ」
すると、部屋の隅で成り行きを見守っていた男性が会話に入ってきた。
「よろしいですか?、タイキーさん」
支部長秘書の青年である。
「私はあなたがいないと困る者はいっぱいいると思います」
「そんなこと」
「いえ、あなたのような方は滅多にいませんから」
若い秘書はニコリと微笑んだ。
「あなたは標準的な容姿の上、お人好しで大変世話好きです」
どの部署に行っても違和感なく溶け込めるのは一種の才能だと言う。
「数字にも強くて、経理の手伝いまでやってくれたのは驚いたわ」
エリリアンもウンウンと頷く。
「『王都警備隊』では事務を担当していたので」
タイキーは前職での苦労を思い出して苦笑する。
「とにかく、しばらくこの話は預かっておくわ」
「はあ」
タイキーは軽く礼を取り、部屋を出た。
そのまま一階まで下りて通用口から外へ出た。
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エリリアンは何度目かのため息を吐く。
「支部長。とにかく、彼を引き留めてくださいよ」
秘書の言葉にエリリアンは「分かってるわよ!」と声を荒げた。
なんでも卒なくこなすことは簡単にできることではない。
彼は元兵士でありながら威圧感がなく、誰にでも愛想が良い。
店の者だけでなく、客のお年寄りや近所の子供たちにも好かれている。
珍しいことだ。
「しかし、なんであんな人が都落ちしたんですかね」
有能な秘書は、そこだけが解せなかった。
王都なら元警備隊の肩書きだけでも高給の仕事はあるし、わざわざ田舎に帰る必要もない。
独り身の彼には養うべき家族はいないのだから。
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タイキーの家は、街から南西にある森の近く。
まずは街の中心にある大通りを突き当たりの湖へ。
湖畔に沿って森に続く遊歩道があり、それを歩いて行くと途中で小径に折れた。
しばらくして雑木林に隠れた厳つい鉄門扉が見え始める。
人の身長の倍の高さがある門は誰でも入ることができるので、軽く押すだけで開く。
真っ直ぐに続く通路の先、二階建ての館。
それが街の名士であった祖父が残したタイキーの家だ。
門から館までの通路の左右、本来なら前庭に当たる部分は現在、畑になっている。
そこに人影があった。
「あら、早いわね。 お帰りなさい、キーくん」
「ミリー、来てたのか」
近所に住む幼馴染のミリーリは、すでに孫もいる人妻である。
一人暮らしの中年男を心配して、たまに顔を出す。
「ちょっと話がある。中でお茶にしないか」
タイキーは彼女を誘う。
「珍しいわね。せっかくだから、ご馳走になろうかしら」
二人は建物の右端にある通用口から館の中へ入った。




